第84話 眷属の家族

 『剣王会』の創設者――シルバー・ファングは『ターミナル』で最も高い場所にある集合霊園に居た。

 死が日々発生する『ターミナル』において死体は火葬され、名も無き墓地へ入る。名の判る墓標に入った遺体は限られていた。

 その名のある墓標の一つにファングはバームクーヘンを置くとパイプに火をつけた。


“パイプ格好いいです、ファング様! 僕もパイプの似合うダンディーになりますよ!”

 

「誕生日おめでとう、クロウ」


 ファングの目の前には“クロウ・ヴォンガルフ”の名前。

 息子同然に育てたクロウの遺体はゼウスが運んで来てくれた。おかげで、こうして誕生日には大好物だった、バームクーヘンを供えてあげられる。


「……お前が死んでもう何年になるか……」


 ファングは永く生きる弊害として、時間の感覚が曖昧になっており娘と息子との思い出も薄れていく事を自覚していた。

 そんな二人との記憶を少しでも覚えておく為に毎年、この日にクロウの墓標にやって来るのだ。

 すると、


「――ファング」

「レイザック」


 『獣族』『兎』のレイザックと鉢合わせた。二人は『武神王』の弟子である為、技術交換をする事も多々ある間柄である。


「レイモンドの悲報か?」

「息子の事は心配していない。妻の墓参りだ」


 と、レイザックは近くの名の無い墓標へ歩み寄る。


「命日か?」

「近い内に『ターミナル』を離れる。クルカントの『金属』が帰って来てないらしい」

「なに?」


 『武神王』の二番弟子【義手】のクルカントは旅先で死去したと判断されていたが、彼の持つ『金属』が【星の金属】の元へ帰って来ていないらしい。


「昨日、【キャプテン】が来たのを覚えているか?」

「ああ。小生とお前でも勝てるかどうか判らない相手だったな」


 来訪した【キャプテン】クライブは『武神王』との対談を望むも、偏差値の低い『ターミナル』の人間はソレを拒否、そのまま戦闘になった。

 【水剣一席】【炎剣一席】【地剣一席】が交戦するも止められず【大剣一席】によって何とか足を止めたが、そこへシルバーファングとレイザックが参戦し『武神王』へと取り次いだのだった。


「そもそも、古代語を喋れるヤツが『ターミナル』にいない」

「イレギュラーな事だ。深く考えなくても良いだろう」


 そして【キャプテン】と『武神王』は古代語で会話をし、必要な事を伝えると彼は席を立つ。【キャプテン】の腕前を見た『武神王』は対戦を望んだそうなのだが、


“我、存在証明、戦うに有らず”


 と言い去って行ったとのこと。


「おかげで『剣王会』も多くの奴らが天狗の鼻を折られた。ありがたい事だ」


 世界に1億人近くのメンバーが居る『剣王会』において、各々のカテゴリーで一席を確保する事は強さの証明としては十分なモノだろう。

 ソレが、武を極めていない者に叩き伏せられたのだ。今まで一席で胡座を掻いていた者達も研鑽を始めるのは当然の事だった。


「師に【キャプテン】から忠告があったらしい。【創世の神秘】の“欠片”が盗まれている、と」

「それで、クルカントか」


 クルカントは師より“義手”を与えられた選りすぐりの強者だった。次の『天下陣』にて師を越える事を宣言し、100年無双の旅に出ているのだが……数日前に師が彼の死を確認した。


「ヤツ程の武を殺す相手だ。適当なヤツでは返り討ちに合う。故に私が行く」


 基本的に『武神王』の弟子に加入時期による優劣は無い。皆、横並びの武人であり次の『天下陣』の枠を狙っている好敵手でもある。


「墓参りは願掛けか?」

「『ターミナル』から出る時はいつも寄っている」


 花を置き、祈りも済ませるとレイザックは立ち上がる。


「ファング、気が向いたらで良い。レイミーの事を気にかけてくれないか?」

「優しく止める事は出来んぞ?」

「必要なら骨の2、3本は折っても良い」


 言っても聞かない娘は相変わらず不良じみた事を繰り返しては『剣王会』の世話になっている。


「苦労しているな」

「それはお互い様だろう? 聞いたぞ。『剣王会』にお前がした“通達”の事を」

「あれか」


 数年前、ローハンが『ターミナル』へやってきた時にファングが彼を殺そうとして未遂に終わった。その後、ファングは『剣王会』へ一つの“通達”を出したのである。


「蛆虫の中でも一級品のクソ野郎にクロエがなびくくらいならどんな手を使ってもヤツを始末する」


 強さを求める過程で不要なモノを切り捨て続けてきたファングは成り行きからクロエとクロウを引き取り、育てた。

 目が見えないクロエと片足のないクロウの世話を面倒だと感じていたが、弟の為にひた向きに武を望むクロエへ修行をつけた。

 するとクロエはとんでもない才覚を持っていた。クロウも自分に出来ることを進んでやり、自分と姉をサポートする。

 そんな姉弟の存在はファングにとっていつの間にか掛け替えのない家族になってたのだ。

 加えてクロエは容姿も美麗で、目が見えないと言う事もあって『剣王会』に席を置いた時は多くの者に狙われた。

 その後、ファングの親バカに加えて、クロエ自らで二冠を取った事で軽々に話しかける者は成りを潜めたが。


「史上初だっな。『剣王会』で二冠を取った者は」

「故に誰も寄り付かんと思ったが……」


 まさか、警戒心の強いクロエが外で言い寄られ、肌を許すとは……

 『星の探索者』は世界中を動き回るクラン。故にあの蛆虫は捕捉できん。

 『ターミナル』にクロエが帰ってきた時に入れ違いになることを嫌ったファングは座して待った。

 そして何も知らないローハンがやってきたのだが、仕留め損なったのだ。


「娘を持つ身として助言だが……コントロールは難しいぞ?」

「クロエの意思は尊重するが……あのクソ野郎だけは駄目だ!」


 クロウを死なせ、クロエを泣かせたヤツだ。絶対に殺す。

 しかし、ヤツは……もはや『ターミナル』へは寄るまい。故に『剣王会』全体に通達を出したのだ。


 ローハン・ハインラッドを始末した者にクロエとの婚姻を認める、と――

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