第12話 お帰りなさい

「なぁ。なぁおまえ!」


 異臭と衛生管理の概念がないスラム街は最下層と更に下層で国から見捨てられた街だった。

 そこに隠れ住む古い友人を会った帰りにゼウスは一人の孤児の少年に声をかけられた。


わたくしに何か用かしら?」

「おまえさ、あたまいいんだろ?」


 教えてくれよ。ここから抜け出す方法を――






 オレは剣が身体を貫いたまま、襲いかかる騎士どもに相対する。


「お前らには30%出してやるよ」


 皆殺しは決定だが、攻撃箇所は絞らないと遺跡都市が消滅する。

 クロエを助けに来て、オレがその可能性を潰すのはナンセンスだ。


「とりあえず、頭を潰すか」


 オレは標的を定める様に、ジャンヌ大佐と目を合わせた。

 その女の瞳は油断も驕りもない。ただただ目の前の敵を殲滅する、兵士の目をしている。

 悪くない眼だ。ああ言うヤツは総じて手強い。


「馬鹿が。させるかよ!」


 投げ槍が横からオレを貫く。『獣族』『狼』の男による投げ槍は脇腹に刺さる。


「一人で何が出来る?」


 次に鎖がオレを拘束するように巻き付いた。それは力自慢の様に筋肉を隆起させる『オーク』の腕に繋がっている。


「どっこいしょっ!」


 『鬼族』の男が振り上げる大槌がオレに影を作る。

 あらゆる攻撃が飛んでくるが、他を巻き込むのを恐れてか物理ばかりだ。それなら――


「全部無効だ」


 オレは全身を雷に変異させ、物理攻撃を透過。ついでに『オーク』と『鬼族』に『雷魔法』をぶつけて吹き飛ばす。


「!!?」

「ぐおぉ!?」


 落雷と同じくらいだったんだが……死んでねぇな。質の良い鎧を着てやがる。


「『精霊化』だ! 総員! 魔法迎撃!」


 ジャンヌ大佐の適切な指示が飛び、全員が眼の色を変える。オレは身体に刺さっていた剣を大佐に投げ返した。


「……」

「難なく取るなよ」


 一応は電磁加速を入れたんだが、ボールでも取るようにパシッと柄を掴みやがった。


 炎と土。雷となったオレを消滅させようと、うねるようにその二つが左右から襲いかかる。


「良くわかってやがる」


 『精霊化』とは、自然にある現象そのものに身体を変化させる魔法だ。結構難しい術式らしく、使えるヤツにはオレも片手で数えるくらいしか会ったことがない。


「だが、それが100点じゃない」


 オレは実態に戻ると『音魔法』を発動。手の平に魔力を溜める。


「『音破』」


 両手を打ち付け、レクス少佐達へ放った一撃よりも数十倍の超音波を周囲に拡散させる。

 それはオレに向かっていた炎と土が吹き飛ぶレベルの一撃。ビリビリと大気が震え、対策の無い奴らは生物的本能から耳を塞がざる得ない。


接続アクセス


 オレは怯んでいる騎士団全員をまとめて仕留める為の魔法を発動し――


「てっきり、高みの見物が好きなのかと思ったぜ?」


 ジャンヌ大佐が斬り込んできた。コートを置き去りする程に速い踏み込みによる剣撃は、オレ以外なら瞬時にバッサリだっただろう。


「私が剣を振ると他を巻き込み兼ねないからな」

「お互い様ってヤツか?」


 オレは逆手で剣を抜いて受ける。重い一撃に刃が欠けた。やるねぇ。受け流す技術を越える一閃だ。


「終わりだ」


 ジャンヌ大佐はつばぜり合いはせずに半歩退くと剣を横に寝かせる構えて告げる。溜めてるな。防御ごと斬り飛ばす気か。


「それは安直だぜ?」


 逆にオレは踏み込んでその一閃の初動を止める。そこへ、周囲の援護が入り、無数の飛び道具がオレへ飛来した。


「立ち直るのが早いな」


 だが、魔法の発動は阻害出来ていない。オレは『土壁』を囲むように出現させる。


「意味はない。一瞬で粉々だ」

「その一瞬があればお前らは死ぬぜ?」


 細い雷が天から落ちる。それは1本、2本と増えていくと、オレとジャンヌ大佐以外の面子は空を見上げた。

 ジャンヌ大佐もオレから眼を離さないのは流石だ。しかし、もう意味はない。


「星の一撃だ。“死兵”なら消えても問題ねぇだろ?」


 奴らが見たのは天空に現れた“巨大な雷の槍”。本来の出力は10%程度だが……この陣営を消し去るには十分。オレは精霊化でかわせるし。


「天から地へ」

「貴様!」


 それは最早、魔法と言う概念を越える天変地異。面倒に強い奴らをまとめて殺るなら、コレに限る。

 

「『ゼウスの雷霆らいてい』」


 カッ、と光った瞬間。“巨大な雷の槍”は彗星のように『ギルス騎士団』の陣営に落ちる。

 着弾と同時に『土壁』もジャンヌ大佐も、その他大勢の達人級の騎士団を全て巻き込み、一帯を更地に変える。

 奴らの姿が目の前で影になり、影さえも残さぬ閃光に呑まれ、消滅する様に消え去った。


 




 と、思ったんだけどなぁ。


「ハァ……ハァ……ハヒュ……」


 そこには全力で走ってきたカイルと、愛弟子を乗り物代わりに背負わせている年齢詐称ロリクランマスターが居た。


「ロー。わたくしの“雷霆”を勝手に使って。もー」


 ありがとう、カイル。と、クランマスターは地に降りる。わざと“雷霆”を見せつけやがったな、このロリババァ。


「ジャンヌ大佐。今ので解ったでしょう?」


 彼女は呆然とする騎士団の中を、すたすたと歩いてジャンヌ大佐に語りかける。


わたくしが居なかったら貴女達は死んでいたわ」

「だが生きている。故に我々の価値は続いているぞ」


 おお? スゲーなこの女。今のを経験しておきながら戦意がまるで落ちねぇ。彷彿とさせるねぇ。『英雄』ってヤツを。


「困ったわぁ。どうすれば皆納得してくれるかしら?」


 オレとジャンヌ大佐を仲裁する為にクランマスターは間に入る様に止まると、うーん、と可愛らしく首をかしげる。

 良い歳なんだから、そう言うの止めとけよ、バァさん。


「……」

「何もするな、ジルドレ」


 お? サリアも居たか。ジャンヌ大佐の腹心ことジルドレ中佐の後頭部に拳銃を突きつけてやがる。

 相変わらずコソコソするのが上手な女だ。


「【魔弾】サリア・バレット……その眼に見居られるのは……おっかないですねぇ」


 ジルドレ中佐は愛想笑いを浮かべながら軽く両手を上げる。


「ジャンヌ大佐――」


 すると、クランマスターは『音魔法』でジャンヌ大佐に何かを伝えた。


「……それは本当か?」

「ええ。わたくし達は探求が出来ればそれで良いの。事が終わったら貴女達に譲るわ」

「この場の方便でないと言う保証は?」

わたくしは何でも出来るけど。嘘だけはつかないの。長い人生だと信用は一番大事だからね」


 ニコッと純真無垢な笑みでジャンヌ大佐に告げるクランマスター。さて、どうなる?


「総員! 剣を納めろ!」


 引き際はわきまえてるみたいだな。

 騎士団の面々は緊張感から放たれた様子で誰もが肩を下ろした。


「怪我を負った者は先に治療だ! この騒ぎを『龍連ロンレン』と『教団』に悟られるな!」


 撤退も迅速か。祭り騒ぎが終わり、オレもようやく剣を鞘に戻せた。


「ロー」


 出口へ向かおうとすると声がかかる。

 何か言うことは? とクランマスターは笑顔を向けてくる。


「すみませんねぇ。手癖が悪いモンで。“雷霆”を使っちゃって」

「そうじゃないわ」


 違ったか。じゃあこっちかな。


「ただいま、マスター」

「お帰りなさい。わたくしの眷属」

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