第11話 特別に30%で相手してやるよ

「うお! すっげー! おっさん! これ運転出来るの!?」

「当たり前だ。言っておくが、コイツは速ぇぜ。遺跡都市まで一時間もかからんからな」


 ジルドレ中佐はオレの要求の一部を飲み、空挺を一台渡してくれた。

 細長く、移動に特化した空挺は魔力で宙に浮く。本来なら遺跡都市付近でしか利用出来ないのだが、それなりにいじってあるようだ。多分、ウチのクランマスターだろう。


「ローハン殿。貴殿方に手を出さない件は私では判断しかねます。故に我らの部隊の長と会って頂きたい」

「ああ。いいぜ」

「おっさん! これどうやって浮いてんの!?」

「おー、田舎者丸出しのリアクションは止めろよー。て言うか、お前、空挺は見たことあるだろ?」

「遠目からだけだからさ」


 空挺には積載の関係があるので、少し勿体無いが食料は置いて行くか。紅茶と魔石。後、替えの効かない道具を持ってカイルも乗せたら重量は良い感じだ。


「よっ」


 オレは空挺に股がる様に乗り、魔力で機関を掌握する。何かしらの細工の様子はない。しかも改造の仕方が馴染みある感じだ。やっぱりクランマスターか。


「良いぞ、カイル。乗れ」

「おっしゃ!」


 カイルも同じように股がって後ろに乗る。すると、空挺は少し揺れた。


「わっわっ!!」

「おふぅ!?」


 驚いてしがみつく愛弟子のおっぱいがオレの背中で潰れる。ああ、うん。想定してたから。うん。


「他は四人を治療し、安定したら一時帰還をしなさい」


 オレがカイルのおっぱいに変な声を出している傍らで、ジルドレ中佐は残りの部下に指示を出す。

 すると、ソーナちゃんがこっちを見る。


「まだ終わってないわよ! カイル! 次に会ったら絶対ぶっ殺してやるから!」

「おう! 俺も負けねぇぜ!」

「きー! 余裕ぶって! うっぷ……おぇぇぇ」


 あんまり喋るな、と他の隊員から治療を受けているソーナちゃん。『音破』はしっかり効いてるな。


「行きましょう」


 そう言ってジルドレ中佐は先行するように空挺を浮かび上がらせる。


「カイル、一つ言っておく」

「何?」


 オレも空挺を浮かび上がらせる。


「唾は飲み込むな。鼓膜が吹っ飛ぶぞ」

「え? う! ぎぃ!?」


 停止状態から急に高速飛行へ移行する空挺の後ろでカイルは必死にオレにしがみつく。

 オレも最初に乗ったときはこうだったなぁ。運転してたのがクランマスターだったからしがみついてもラッキースケベは何も無かったが。


 オレ達は本来かかる道中を大幅に短縮して遺跡都市へと入った。






「困ったわ」

「……」

「困ったわね」

「……」

「どうしましょう」

「マスター。これ見よがしに、あたしの回りでウロウロするの止めてくれる?」


 遺跡都市から少し離れた深緑の中にあるベースキャンプで銃の整備を終えた『エルフ』の女――サリアはわざと目の前を行ったり来たりするゼウスを見た。


「サリア、大変よ。ジャンヌ大佐と話が決裂したわ」

「前から仲が良かった訳じゃないでしょ?」

「折角、空挺を改造してあげたのに。恩を仇で返されたのわたくし

「その対価は、物凄く割に合わない『湯沸かしセット』だったとあたしは記憶してるけど?」

「あらそうかしら? でもQOLは上がったでしょう?」

「重宝はしてるけどね」


 サリアは銃の整備の間に沸かしていた湯でコーヒーを淹れる。ゼウスにも砂糖とチョコレートを入れた物を差し出した。


「サリア。術式までキチンと整えておいてね」

「今度は何をしてきたの?」

「ローが戻って来るわ。カイルと一緒にね」

「アイツが?」


 サリアは怪訝そうな顔を作る。


「クロエを救出に来てくれるって」

「引退するとか言ってた癖に?」

「ええ。カイルが説得したそうよ。師弟って良いわね♪」


 ゼウスは椅子に座って湯気の立つコーヒーを見る。


「……トラブルが余計に増えそうな気がする」

「そうね。遺跡都市も賑やかになるわ♪」

「それ、駄目なパターンでしょ?」


 うんざりするサリアとは対照的に、ゼウスは帰省する息子を楽しみに待つような表情でコーヒーを啜った。






「おっと。コイツは罠みたいな形になっちまったな」

「おっさん……」


 オレとカイルは遺跡都市へやってきた。カイルからすれば帰還と言った形が正しい。

 空挺が降りた場所が『ギルス』の国旗が掲げられた陣営である事以外は。


「……」


 良い感じに満ち溢れる殺意。周囲を取り囲む『ギルス騎士団』の面子は様々な種族で構成されている。

 正面にはこちらに鋭い視線を向ける隻腕のコート女。雰囲気的にアレがボスだな。他とはふた回りほど格が違う。


「はは」

「おっさん……なに笑ってんだよ」


 カイルは『霊剣ガラット』を背から腰に構えたまま、冷や汗を流している。

 オレとしては馴染みのある雰囲気だ。戦時中を思い出す。


「いや、なに。随分と懐かしくてな」

「はぁ!?」

「お前は何もしなくていいぞ」


 すると、ジルドレ中佐がコート女に近づくと語りかける。


「ジャンヌ大佐」

「ジルドレ。この状況の理由は後で聞く。コイツは何だ?」

「【銀剣】のカイル・ベルウッドです」

「知ってる。そっちのおっさんだ」


 やっぱり……もうおっさんの歳かぁ。ソーナちゃんにも言われたけど、面と向かって言われると時の流れの残酷さを感じちゃうね。

 いや……髭を剃ればギリ青年で行けるか……?


「彼はローハン殿です。封鎖部隊を容易く制圧しております」

「レクスをか?」

「はい。恐らくは……【オールデットワン】かと」

「ハッ!」


 それを聞いてジャンヌ大佐は鼻で笑った。おー、やんのか? 容赦しねぇぞ?


「ローハンとか言ったな? そこのオヤジ」

「そーですよ、ジャンヌ大佐。何の変哲もないオヤジですぅ。紅茶を届けないといけないので帰っても良いですか?」

「ハッ! 面白いヤツだ!」


 ジャンヌ大佐は笑うが、それはうわべだけだと分かる。眼がよ。笑ってねぇのな。


「【オールデットワン】。これはお前の名か?」


 これは肩をすくめて答える。


「ジルドレ中佐にも言ったけどな。オレは【霊剣】のローハンだ」


 すると、ジャンヌ大佐は一度、キンッと剣を鳴らす。


「レクスは私の片腕だ。ジルドレと同じくな」

「そーかい。そいつはすまんね。三日は動けねぇぜ?」

「なら、お前も三日は動けない様にするのが公平な事だと思うが?」


 なんだその超理論。まぁ……立場的にわからなくもない。


「三勢力の一つとして他になめられない様にするのは解るが……些か品性にかけるぜ?」

「おっさんが言う?」

「カイルちゃんは冷や汗を浮かべて黙ってなさい」


 心臓に悪いんだよ! この緊張感に慣れろ。

 そんなオレとカイルのやり取りを断罪する様に、ジャンヌ大佐は逆手で剣を抜くと地面に突き立てて柄尻に手を乗せる。


「我々には後ろがない。故に何も選ばないし、選ばせはしない」

「言うねぇ」

「貴様は私の部下に手を出した」

「馬車道を封鎖するのがいけねぇよ。皆困ってんだ」

「それはそちらの都合だろう?」

「じゃあ、それもそっちの都合だ」


 オレとジャンヌ大佐は互いに意思を探る様に目を合わせる。


「総員。殺せ」


 囲んでいる殺気が全てオレらに向けられた。


「カイル。『霊剣ガラット』は抜けそうか?」

「さっきから抜こうとしてんだけどさ! なんか無理!」


 矢が飛翔。オレはソレを掴み止めると次にカイルへ投げ槍が飛んでくる。『土壁』……発動しない? オレは剣で弾く。


 一旦、防御を固めようとするも、魔法の発動を妨害してるヤツもいた。良い人材が揃ってやがる。


「しょうがねぇな。カイルよ」

「抜けろー」

「カイルー」

「何!? 今忙しいんだけど!」


 ふぬぬー! と力を込めるカイル。

 『霊剣ガラット』はそんな事で刃は見せない。お助けアイテムじゃないんだ。そこら辺のレクチャーは今度にして今は――


「これ、クランマスターに渡しに行け。紅茶と魔石だ」

「こんな時に何言って――」

「着地は自分で何とかしろよ?」


 それだけを言ってオレはカイルの襟首を掴むと魔石の一つを使い、無理やり風魔法を発動。陣営の外へカイルを高らかに放り上げる。


「! おっさん!!?」


 この状況で巻き込まずに済ませる自信はない。愛弟子にはもっと強くなって貰わねば。着地はちゃんと出来るだろう。


 すると、オレの身体に剣が刺さる。剣投げんなよ……ジャンヌ大佐。


「しょうがねぇな。お前らは特別に30%で相手してやるよ」


 そこまで出すのは海王蛇レヴィアタンを殺った時以来か。ここ以外を更地にしないように気をつけねぇとな。

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