第23話 ちょっと待てやジジィ

「おい、ちょっと待てやジジィ」


 明らかにカイルをロックオンしてるジジィにオレは話しかける。


「ふん。貴様か……邪魔するでないわ!」

「そりゃ邪魔するぜ。何せ、そいつはオレの弟子だからな」

「なんだとぉ!?」


 ジジィの関心がこっちに向いた。


「お前を今からぶっ殺す。言い残すことはあるか?」

「……貴様にはわかるまい」


 するとジジィは、ツゥ……と涙を流し出した。


「“炎剣イフリート”を持ち、極め、そして数えきれぬ程の歳月が流れた。本来ならばワシは英雄として迎えられ、妻と共に家族と過ごすハズだった……」


 おー、何か語り出したぞジジィ。隙を見つけたらバッサリ行こう。


「それがこの仕打ちよ! ワシはただ帰りたいだけなのだ……【千年公】に会えた時は希望を見出した」

「え? じーさん、ゼウスさんと会ったのか?」


 その場の全員がジジィの話を取りあえず聞く。チッ、中々隙を見せねぇ。


「うむ。彼女はワシを助けてくれると行った。故にワシは助けて貰おうとしたんじゃ」

『マスターならば可能だっただろう。何故、ここに留まっている?』

「……」

「ちょっと聞いてるんですか?」

「……」

「おいコラ、ジジィ」

「……」

「えっと……なんでここにいるんだよ」

「それはな」


 このジジィ。カイル以外と会話をしねぇ。神経を逆撫でするのが上手い野郎だ。


「ワシの中の抑えきれぬ情熱が自然と【千年公】の臀部を触っておったのだ」

「「「……」」」

「そして、ワシは思い出してしまった……おっぱいを触ってない! と!」


 そして、ジジィはレイモンドとボルックに護られるカイルを見る。

 このジジィか。クランマスターが遺跡から出る原因を作った理由は。


「この千載一遇のチャンス。逃さんぞ」


 “炎剣イフリート”が揺らめく。

 あー、もう確定だ確定。コイツは殺す。泣きわめいても殺す。たとえ天使に生まれ変わっても何度でも殺す。


「ジジィよ、この場でお前に賛同出来るヤツは一人も居ねぇ。だから、おとなしく死んどけや」

「ならば、貴様から屠ろう」

「え? おっさんが戦るの?」


 カイルはジジィの言ってる事を全て飲み込み切れず、展開だけがどんどん進むので困惑している。

 そりゃそうだ。オレだってよくわかんねぇもん。ただ一つ言えることは……


「見境なく手を出すと、ぶつかるぜ」

「何にだ?」

「テメェの死だ」


 サリアが居れば間違いなく脳天をぶち抜いてただろうな。

 オレは剣を抜き、少し離れた間合いからジジィに対して集中する。


「……言っておくが、おっぱいを前にした今のワシは最強だぞ!」






 ぴりぴりとした雰囲気が辺りを包む。


『ローハン。本気か』


 ボルックはおっさんが本気マジでジイさんと戦り合う様子を悟った様だった。

 俺はおっさんの本気を今まで見たことがなかった。

 今も滅茶苦茶カッコいいんだけど……その全力がどれ程のモノなのか見れる事の方に意識が向く。


「ボルックさん。援護は?」

『必要ない』

「“炎剣イフリート”ですよ? 念のために僕らも割り込める様に――」

『ローハンは滅多に本気を出さない。しかし、それはそこまでする必要が無いからだ』

「でも『シャドウゴースト』が出るんじゃないですか?」

『それも考えているハズだ。その上で“炎剣イフリート”を越えるだろう』


 俺は向かい合う二人から目が離せない。

 伝説の剣を持つジイさんと、未だに底を見たことのない師匠おっさん


「……」

「……」


 静寂が辺りを包む。

 風もない晴天に揺らめく“炎剣イフリート”。

 異様な集中力がおっさんからも伝わってくる。

 両者抜き身の剣。そして、異常なまでに空気がヒリつく中、二人は全く動こうとしない。


「動かないな」

「お互いに先手待ちと言った所でしょうか?」

『いや、戦いは既に始まっている』


 キュイン、とボルックの目が分析する様に動いた。


『相手の先を制する技術があるのは知っているな?』

「ああ。クロエさんが良くやるヤツだろ?」


 確か“先の先”って呼ばれてる技術だ。なんでも、相手の動きを先に読んで先手を叩き込む技だとか。


『今、二人は“先の先”で互いの起こり・・・を見極め合っている。動き出した時、決着までの流れをシミュレートし終えたと言う事だ』


 つまり……動くと同時に決着がつく。

 そして、先に動いたのはおっさんだった。


「死ねコラ!」


 僅かな脱力から急接近しての突き。ジイサンはまだ動かない。

 

「やるのぅ、若造。じゃが、お前は死んだ」


 おっさんの剣にジイサンは貫かれるが、炎が揺らめく様にその一閃をかわす。炎化だ。物理攻撃は無効である。

 側面へ形を作り直したジイサンが、おっさんへ“炎剣イフリート”を振るう。

 しかし、“炎剣イフリート”は精霊化をしていないおっさんをすり抜けた。


「今のって――」

『クロエの使う“見切り”だ。精霊化をすれば攻撃が後手に回る』


 すり抜けたと見える程に無駄なく刹那を避けたのだ。

 一歩間違えれば一瞬で焼き尽くされる状況に、おっさんは平然と踏み込んでいる。


「攻撃が……すり抜けてる」


 “炎剣イフリート”はいくら振られてもおっさんをすり抜ける。

 攻撃は当たらない。しかし、おっさんの攻撃も炎となるジイサンには届かない。


「ボルックさん。これってどうやったら決着になるんですか?」

『今は互いに読みの中にいる。それを上回った方が相手の命を捉える』


 今の段階では技を繰り出すのは互いに隙が大きいと察している。故にただの剣撃の応酬が続いているのだ。

 そして、


「カッカッカ」


 僅かにおっさんの服が焦げ始めた。均衡が崩れ始めたのだ。


「そこか?」


 溶けた足元の雪におっさんの歩幅が僅かに乱れる。その瞬間をジイサンは逃さなかった。


「灰刃」


 高温の斬撃をジイサンが見舞う。


「――なに……?」


 だが『灰刃』が届く前に、おっさんの剣が跳ね上がり、炎となったジイサンの腕を斬り落としていた。


「互いに雪が溶けるのは読んでたが、それがどう転ぶのかまでは読みきれてなかった様だな」


 付与魔法属性『水』。クロエさんが得意とする魔法だ。

 即席の付与魔法はその要素が直になければならない。先ほどまでは高温で水分は残さずに消滅していたが、今は雪解け水が残っている。


「クランマスターへの仕打ちは、それでチャラにしてやるよ」

「おのれぇ!!」


 ジイサンの全身が燃える。


「大紅蓮焦――」

「させるかボケ!」


 おっさんはジイサンの身体に殴り付けると『水』の属性付与を直接見舞った。


「がぁぁぁぁ!!?」


 ジイサンは炎の身体が消えるようにしぼんでいく。完全消滅の危機を察したのか、実体に戻った。


「くたばれ!」


 おっさんはその隙を逃さず、袈裟懸けに剣を振り下ろした。トドメの一閃は実体となったジイサンの身体を通過する。






 オレの一撃にジジィは身体から鮮血を吹き出し、膝を突いた。


「馬鹿な……このワシが……“炎剣イフリート”を極めた……このワシが……」

「良い勉強になったろ? ジジィ」


 勝者としてオレは一度剣を降ってジイサンを見下ろす。肺と心臓を断った。絶対に助からないし、助ける気もない。


「武器に頼ってると、それ以外に殺される。対人経験が少なすぎたのが仇になったな」

「くっ……最後に……望みを聞いてくれぬか? せめて……おっぱいを――」

「うるせぇ。死ね」


 オレはジジィの首をはねた。

 “炎剣イフリート”と同化してたんだ。何を手札に隠し持っているかわからない。

 首が身体から離れると同時にジジィは炭化すると身体もボロボロと消滅した。

 雪の上に、トサッと“炎剣イフリート”だけが落ちる。


『死んだ様だな』


 ボルックは“炎剣イフリート”が鞘に収まって目の前に現れた事でジジィが死んだ事を認識していた。


『流石だ』

「これ以上、時間を取られるのは不本意だからな」


 オレは“炎剣イフリート”を手に取る。鞘からは抜かない。多分オレには適正がないからだ。


「おっさん、“炎剣イフリート”壊さないのか?」

「最初はそのつもりだったが、所持者が居なくなったならストフリの傷はなんとでもなる」

「ふーん」

「コイツは欲しがるなよ? いくら『七界剣』とは言え、コイツが使えるかは完全にくじ引きだからな」

「じゃあ、持ってても意味ないんじゃないか?」

「まだまだ世界が解ってねぇな我が弟子よ。こんなん売るに決まってんだろ」


 世界に七振りしかない宝剣だ。クランマスターの鑑定書があれば相当な値で売れるぜ。


「老後が益々安泰になったってモンよ!」


 思いがけない収入にオレは“炎剣イフリート”を抜けない様に念入りに封印すると背負った。


『相変わらずだな』

「ローハンさんって……こんな人なんですね」

「おっさん……」


 なんだか三人の視線が冷ややかだな。お前らな……金は天下の回りものだぞ!


「終わっただかぁー?」


 すると、タルタスが崖からひょっこりと現れた。良いタイミングだ。


「ちゃっちゃとストフリの傷を治して、“中層”に行くぞ」

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