第95話 次は出禁にしろ! あのガキ!

「お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」


 失格になったレイモンドは広間にいるオレを見つけると相席しているスサノオとレクス少佐へ一礼する。


「レイモンド、座れ座れ。『バトルロワイヤル』も佳境だぜ」


 手招きし、空いている席に着席を促す。失礼します、とレイモンドは三人と相席へ。


「レイモンド・スラッシュです」

「スサノオだ。よろしく」

「レクスだ。階級は少佐。先ほどは見事な一撃だった」

「一撃?」

「モニター、見てみ」


 オレの言葉にレイモンドモニターへ視線を向ける。

 レイモンドは俯瞰視点となっている中継モニターの映像を見ると、孤島の中心にある『市街地』から東まで、縦に割る様な一閃に驚いていた。


「うわ……ああなったんですね」


 現地では動けず、すぐに失格になったこともあって、“『シャドウゴースト』が出る程の一撃”程度しか認識がなかったのだろう。


「それで。今なら紙を切れるか?」


 オレは最初にレイモンドへ出した課題に関して尋ねる。


「イメージは出来ました。でも、下手にやろうとするとまた、大地を割るかもしれません」

「本懐はソレを完全なコントロール下に置くことだ。後で“月”に関してマスターに聞くと良い。より理解が深まれば“月の魔力”を制御下に置きやすくなるハズだ」

「――はい」


 嬉しそうに返事をするレイモンドを見ると、出来ることが増える度に一喜一憂するカイルと重なる。

 若者の笑顔ってのは、本当に良いモノだな。


「それでカイルは……まだ生き残ってるみたいですね」


 レイモンドは話題を自身の事からモニターへ移す。生存者の表示モニターを見て、生き残りをカイルを含めて四人だけと確認した。


『【水面剣士】! 襲いかかる無数の“カグラ”を斬り捨てて行く! どういう事だ!? この女は息切れしないのかぁ!?』


 実況はクロエの無双にモニターを注目する。明らかにクロエを消耗させるカグラの動きは実に合理的だった。

 しかし、あの程度では何百体とかかってきてもクロエは疲労しない。

 『水魔法』と『音魔法』を使い、さらに『森林』の地形も十全に利用し、最小限の消耗で“カグラ”を一体、一体、丁寧に処理していく。


 あの【牙王】シルバー・ファングの弟子だ。敵の目の前で無様にガス欠するような鍛え方はされてないし、戦いの最中でクロエが疲労で動きを止めた所など見たことない。

 故にクロエは問題なし。問題があるとすれば――


「モニターはカイルを映せよ」


 クロエに注目するのもわかるが、参加者は後四人いるだろがい。


「……ローハンさん。カグラさんって何者なんですか?」


 クロエ無双を見つつレイモンドが問う。その疑問は最もだな。

 孤島全域に展開する分身体は戦闘力を2000に縛られているにしては明らかに規格外。モニターを見ている失格者達は、


 良いぞ【水面剣士】!

 無茶苦茶なガキにお仕置きしてやれー!

 次は出禁にしろ! あのガキ!


 などと、カグラの分身体によって理不尽に退場させられた者たちがモニター前に集まって貶す様に敵視している。カグラがこの場に居たら全員逆さ吊りだろう。


「こっちの方が詳しいぞ」


 オレはスサノオに説明を任せる。


「別に隠す事じゃないんだが。知らないのも当然か」


 と、スサノオはモニターを見上げつつ楽しそうなカグラへ妹を見るように告げた。


「アイツは『妖魔族』の数少ない生き残りだ」






「追撃は来ないわね」


 ソーナは消耗した自分達の元へ新たな“カグラ”が来る事を見越しているが、未だに現れない様子にやきもきしていた。


 敵の意図が掴めない。こちらの排除が目的だとすれば……今は絶好の機会なのに。


「よし! じゃあ、倒しに行こうぜ!」


 状況を整理していたソーナの考えを一蹴する様にカイルは立ち上がった。


「アンタね……もうちょっと考えなさいよ。相手はアタシ達よりも二回りは格上よ。まずは現状を把握しないと――」

「でも、結局はアイツを斬るんだろ? だったら色々考える必要は無ぇじゃん」

「…………」


 コイツ、マジか……マジで考えも無しに進んで“眷属”カグラを斬るつもりなのか?

 身体はボロボロで今も足は震えている。辿り着く事も出来るかわからない状況で、そこまで言い切れるのは――


「あんた、本当に恵まれた環境で生きてきたのね」


 これほどに猪突猛進の考えで、今日まで生き延びてきた事に驚きを隠せない。

 『星の探索者』は相当な実力者の集まりとは聞いているが……コレはあまりにも甘やかし過ぎだ。


「どういう環境が恵まれてるのか知らないけどさ。俺はカグラは斬れると思ってるぜ」

「…………はぁ。素人の考えは――」

「でも、俺一人じゃ無理だ。そもそも、俺は一人じゃ戦えない。いつも皆を助けて助けられて敵を斬ってきた。だから今回もお前とならカグラを斬れると思ってる」


 カイルはソーナへそう告げると、歯を見せて笑った。


「……打算の欠片もない笑顔で言うんじゃないわよ」


 ソーナはポツリを呟く。しかし、その笑顔を向けられて悪い気はしなかった。

 拒否する様子を感じられなかったカイルはソーナが協力してくれる事を理解する。


「そうと決まれば、早速行こうぜ! っと――」


 歩き出したカイルは本人でも分からないくらいに消耗していた。ふらついて近くの木に寄りかかる。


「あはは。ワリ、少し休ませてくれ」

「……ほら、これを飲みなさい」


 と、ソーナは腰に常備している薬水をカイルへ手渡した。


「なんだコレ?」

「『気付け薬ドーズ』よ。飲んだら数時間は疲労感と痛覚が消え、本来と同じくらいのパフォーマンスが出来る。でも回復するワケじゃないから、体力の前借りって所ね。飲むと後に動けないくらいの反動が来るから覚悟して――」

「ぷはー! 喉乾いてて丁度良かったぜ! サンキュー!」

「聞きなさいよ……」


 ソーナは『気付け薬ドーズ』の副作用を知っている故にカイルの躊躇いの無さにどん引きした。

 本来はギリギリのギリギリまで生存する時に使うモノだ。まぁ、後に来る反動がどれ程キツいが知らなければ便利な回復薬と間違っても仕方ないだろう。


「大丈夫、明日の事は明日の俺に丸投げで良いんだ! あ、これ、おっさんの教えてくれた言葉で俺が一番好きなヤツね」

「アンタと居ると、気苦労が絶えないわ……」


 今後、何かの間違いでコイツと組まされる事になったら全力で拒否しよう。


「よし! 行くぜー! 待ってろよ、カグラ!」


 元気になった(と、錯覚している)カイルと、やれやれ、とその後に続くソーナは『市街地』を目指す。

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