第257話 新たな地

「あら、アナタ。その方は?」

「私の古馴染だ。遠方で医師をやっている」


 ブラッドは、ライラックの肌色を隠すように袖の広い服を貸して、頭にターバンを巻き、そのまま医師と言う形でアリシアを診てもらう事にした。


「奥方、ライラックと申します」

「アリシアです。アナタ、私はそこまで酷く――」

「ミッドも居るんだ。念のため、診てもらってくれないか?」

「……わかりました」


 ブラッドの懇願する声にアリシアはネストーレとメアリーをメイド達に任せて外へ出るように告げる。


「失礼する、奥方」


 ライラックはベッドに横たわるアリシアの手首や首筋を調べる様に触ると、ゆっくり手を離す。


「実に健康体だ。倒れた原因は疲労が重なっただけだろう」

「そうですか。ブラッド様、言った通りでしたでしょう?」

「私が心配性なのは昔からだよ」


 先生を送っていく。今日は休みなさい。と告げてライラックと共に部屋を出た。

 そのまま屋敷の外へ出ると馬房の近くで結論を聞く。


「どうだ?」

「問題なく治せるモノだ」


 その言葉にブラッドは心底安堵の息を吐いた。


「『太陽の民』でも『陽気』のコントロールが未熟な子供に良く起こる過剰摂取状態だ。我々は『影陽花』と言う花を茶にして摂取し、体内の『陽気』を散らす事でコントロールしている」

「なら妻も同じ様に『影陽花』を飲めば――」

「同じ効果を期待できるハズだ」

「その花はどこにある?」

「私が持ってこよう。『太陽の里』ならばどこでも手に入るモノだ」


 本来なら『陽気』が大量にある日陰でしか育たない花。故にここらでは全く採れないのだ。


「恩に着る」

「それは私の言葉だ。君の役に立てる事だけが最後の心残りだったのだよ」

「最後?」


 ブラッドはライラックの口にする“最後”と言う言葉を聞き逃さなかった。


「娘が私の後を継ぐ。今後はトーテムポールの接続権限は全て娘に移る事になっていてね。君との約束があった為に無理を言って今の役職に着いていた」

「……そうだったのか」


 互いの国で時は進んでいる。ブラッドはここまで恩義を返そうとしてくれるライラックに改めて心から感謝した。


「『影陽花』の『陽気』を散らす効果は一時的なモノだ。この地にいる限り、再び同じ症状に陥るだろう。暫くはこの地を離れた方が良い」

「どれくらいだ?」

「5年は様子を見た方が良い。そうすれば奥方にも『陽気』の耐性が少しは備わるハズだ」

「……わかった。善処する」


 今はアリシアの容態とミッドが無事に産まれる事だけを考え、その後の事はそれから考えれば良いと優先すべき事を見定める。


 次の日、トーテムポールに行くと『影陽花』が一束置かれていた。

 ライラックの姿は無かったが、もう二度と会うことはないと何処と無く察し、それを煎じたお茶をアリシアへ飲ませる。


 その後アリシアの体調は回復し、ミッドは無事に産まれた。ネストーレとメアリーにも産まれたばかりのミッドを抱えさせ、家族の一員である事を教えて迎え入れる。


 そして、屋敷が静まる寝床の時間帯。ブラッドはミッドを抱えてあやすアリシアへ告げる。


「アリシア。君と子供達は暫くナイト領から離れる方が良い」

「……前に入らした、ライラック様より何か言われたのですか?」


 ブラッドはアリシアに起こった事を全て話した。『太陽の民』であるライラックに協力して貰った事も。


「『太陽の民』……の方だったのですね」

「ルークが死んだ今、知る者は殆んど居ないが、ナイト家は『太陽の民』とは僅かに交流があった」

「ですが……私が来たときから一度も彼らを見たことがありません」

「…………悲劇があったのだ」


 ブラッドは『太陽の民』に兄と妹を殺された事を語る。


「……ご立派です、ブラッド様」

「……何故そう思う?」

「アナタ様は『太陽の民』を許したのです。お義兄様とエマ様を失っても尚、恨み辛みを糧にする様な生き方は選ばなかった。私はそんなアナタ様を誇りに思います」


 ずっと心に残っていた“負”がようやく全て消え去った様にブラッドは感じた。

 自分の選択は間違いでは無かったのだと……項垂れて心から涙を流す。


「アナタが安心するのであれば、お父様を頼ります。それでよろしいですか?」

「ああ。手土産に野菜を……いや、バードン卿はこちらに良い印象は持たれていないな」


 アリシアの父であるバードン卿はナイト領に来たことは一度も無かったとブラッドは記憶している。呼ばれた首都のパーティでは顔を合わせたくないのか、バードン卿は毎回欠席していた。


「ふふ。実はお父様は何度かお忍びでやって来ているのですよ? ネストーレやメアリーの事は大層可愛がっております」

「そうなのか……」

「黙っておくように言われておりましたので」

「やれやれ……その様子だとまだまだ隠し事がありそうだな」


 一週間後、数人の護衛と女給を連れてアリシアは子供達と共にナイト領を去る。その際に、


「父上、母上は病なのですか?」

「少し疲れただけだ。ネストーレ、お前が気にする必要は――」

「僕が治します! 『ナイトパレス』一の医者になって!」

「……ああ。頼んだぞ」

「はい!」


 ネストーレの頭を撫でていると、わたしもー、とメアリーも寄って来たので撫でてあげた。

 そして、馬車は首都へ出立する。


 数日後には無事に首都に着いた旨の手紙が送られ、バードン卿もとても喜んでいる事も記載されていた。


 ブラッドはアリシアのやっていた事務仕事を従者達と協力してこなしつつ、忙しくも三週間に一度届く、手紙を楽しみに領主としての日々を過ごす。

 アリシア達がナイト領を離れ一年が経った頃、来客があった。


「! 陛下!?」


 トコトコと馬で荷を引きつつ農地から傷物の野菜を貰って屋敷に戻っていた所を、情報広場にいるスピルの姿に驚いた。

 護衛も最小限で、ブラッドに気がつくと振り返る。ブラッドは即座に馬を降りると跪く。


「ナイト卿。立ち上がってくれ。私は通りすがりなだけだよ」

「は、はい……すみません。このような汚らしい格好で」

「構わんよ。私の方こそ、急にやって来たのでな。帰るついでに噂のナイト領を見ておきたかったのだ」

「何なりとお申し付けください。そうだ、屋敷で休まれては? 良いリンゴ酒が出来たのです」

「いや、早急に首都へ帰らねばならなくてね。戻ったら『ナイトパレス』全域に通達を出すが……出会えたのも縁だ。君には先に伝えておこう」

「なんでしょう?」


 スピルはゆっくりとソレをブラッドへ告げた。


「『ナイトパレス』は『太陽の大地』を『太陽の民』へ返し、一年後に新たな地へと移動する」

「――な、何を……」

「多くの反発も想定しているが、それでも成さねばならない。ナイト領は特に『太陽の民』との距離が近い。早めに移動の準備を始めたまえ」

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