第258話 混乱

 その通達は『ナイトパレス』全域を混乱に陥れた。


 『古夜の盟約』を終え、『ナイトパレス』は【夜王】スピルの先導の下に新たな地へ移動する。

 唐突な宣言。何も聞かされていなかった多くの貴族や民衆はざわめき、王城の前に押し掛けるほどではなかったものの、真意の確認を各領主へ願い出る。


「陛下、どういう事ですか!?」

「新たな地へ行く? これまでこの地で築いたモノを全て捨てる程の価値があるのですか!?」

「我々は夜でなければ生きられない! この地を除いて、どこで生きると!?」


 王の間にて、説明の為の謁見を許された領主や首都の貴族達から出る言葉の大半は不安。スピルはそんな彼らに、


「『太陽の民』との摩擦は水面下で大きく成りすぎたのだ! 彼らは我々を追い出さんと戦力を整えている!」

「戦いましょう! 陛下!」

「そうだ! 我々にはここしか無いんだ!」

「ならん! 過去にたった三人の『太陽の戦士』でさえ敗北を期したのだ! 戦えば敗北は必至。我らの血と文化を後世に継ぐ為にも……ここを去る以外の選択肢はない!」

「しかし……」

「今は生きる事を考えねばならん! 後世のより良い未来の為にも!」






「ブラッド君」

「ブラッド様」


 スピルへの謁見を求めて首都へ足を運んだブラッドは、未だに抗議が行われてる王の間を出るとタンカンとリリィに声をかけられた。彼らも先程の謁見に参加していたらしい。


「久しいな。二人とも」


 手紙でのやり取りは頻繁だったが、直接会うのは数年振りである。


「君に『太陽の民』に関して少し聞きたいんだ」

「よろしくて?」

「ああ。構わん」


 主な話題は『新天地』と『太陽の民』。

 その二つの内『太陽の民』の情報を持つブラッドへその共有を求めたのだ。

 ブラッドはそのまま首都にあるタンカンの屋敷へ足を運ぶ。


「早速で悪いけど……」

「『太陽の民』。ブラッド様個人としてはどれ程の接点がお有りで?」

「まだ、兄が当主に着いていた時、『三陽士』の一人と接点があった」

「『三陽士』?」

「『太陽の戦士』の中で最上位の三人だ。過去に『ナイトパレス』がたった三人に大敗を受けた戦い……それを成した三人は彼らだったのだろう」


 『ナイトパレス』の歴史を習うのなら誰もが知っている事だ。そして、『太陽の大地』には近づいてはならないと学ぶのである。


「未だに存在しているのですわね?」

「屋敷から『昼夜の境界』方向に不自然なトーテムポールがあっただろ?」

「うん。ルークさんが近づいたり話しかけたりしない様にって言ってた」

「アレは『三陽士』の一人【極光壁】のアクセスポイントだ。【極光壁】はトーテムポールを自在に移動し、その場に出現する」

「と言う事は……私達は常に見張られていたと言うワケですの?」

「そんなモノじゃない。あくまで移動先と言うだけの話だ」


 ナイト家は代々【極光壁】とは好意的に交流をしてきた。時には互いの特産品を交換する事もあった程である。

 それもブラッドの代で途切れる事となったが。


「ブラッド君の目から見て、『太陽の民』は陛下の言う通り攻めてくると思うかい?」

「…………少し、俺の事を話そう」


 ブラッドはナイト領の先代がどの様な最後を迎えたかを二人に話した。


「なんと言うことですの……」

「それじゃあ『太陽の民』全員が僕達、『ナイトパレス』の住人に敵意を持ってるってこと……?」

「……俺の見立てではそれは無い」


 ライラックは『太陽の民』側では『ナイトパレス』を不可侵にすると判断がついたと言っていた。

 実際、アリシアの件でライラックと意図して会うまでは『太陽の民』の姿は一人も見たことがない。


「その【極光壁】の御方は信用出来るのですわね?」

「ああ。可能なら俺が話してみる」


 今回の件を『太陽の民』側はどんな決断を下したのか。それを確認してからでも遅くはない。何より……


「アリシアはまだ療養中だ。今、アイツを移動させる事は出来ない」

「ですわね」

「うん。僕達の方でも少しでも情報を集めて見るよ」


 前にライラックと会った時は、何かを隠している素振りは何もなかった。しかし、『ナイトパレス』でこれ程の動きが起こった以上、もう一度話をしなければならない。


 ブラッドはタンカンの屋敷を出ると目の前に、


「アナタ」

「アリシア? 何故ここにいる?」


 妻が馬車を待機させて待っていた。


「今はアナタの側に私が必要だとお父様が背中を押してくれたのです」

「お前は子供達の側に居てくれ。この件は私が一人で――」

「一人ではままならない事もあります。子供達はお父様が見ていてくれます。ですから、お側に置いてください」

「…………わかった。一緒に行こう」

「! はい!」


 ブラッドは馬車に乗るとアリシアと共にナイト領へ戻る。

 ブラッド自身も、唐突に始まった事態に先を見出だせない事からも『太陽の民』と近い、自分が動かねばと思っていた。

 故にアリシアが側に居る安心感はとても嬉しく、ついその手を掴んでしまったのだ。


 馬車は半日をかけてナイト領へ。そして、その日……ブラッドは決断をする事となる――

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