第259話 全てを終わりにする!!
「――なんだ?」
「この臭い……」
ブラッドとアリシアの乗る馬車はナイト領に入り、屋敷に近づくにつれて鼻をつんざく焦げた臭いに思わず窓を開けて外を見た。
「! 領主様!」
操馬師が思わず叫ぶ。
屋敷から煙が立ち上っている。その様子にブラッドは一度馬車を止めさせた。
「操馬師、馬車を首都へ引き返せ」
「は、はい!」
ブラッドは馬車から降りると引かせている三頭の内の一頭を牽引から外し跨がる。
「アリシア、このまま首都へ引き返すんだ。いいな?」
「ブラッド様はどうするのです……?」
「領主として何が起こっているのかを把握する」
かつて家族を失った悲劇がブラッドの中に甦る。故にアリシアを失わぬ為の判断だった。
「こちらから手紙が届くまでナイト領には決して近づくな」
そう言い残し、ブラッドは馬を駆らせ屋敷へ向かった。
「…………」
ライラックの言った言葉が偽りだったと考えたくはなかった。だから、屋敷が燃えているのも事故か小火で『太陽の民』は関係ないと――
「…………」
思いたかった。
屋敷の前には従者達が座らされ、彼らを見下ろすように五人の『太陽の戦士』が目の前に立っていた。
各々が『
従者達はこれから自分達の身に起こる事に怯えて、助けを求める様に震えるしかない。そこへ、
「……これはどういう事だ?」
「! 領主様!」
乗馬して現れたブラッドの姿に従者が気がつくと懇願する様に声を上げる。
『太陽の戦士』達もブラッドへ視線を向け、一人の杖を突いた『太陽の民』の老人が前に出る。
「貴殿が彼らの長かな?」
「ブラッド・ナイト。この領地の主をしている」
ブラッドは馬から降りつつ、ライラック以外の『太陽の民』と始めての会話だった。
「
「……こちらには不可侵だと聞いているが、貴方たちの行動は『太陽の民』の中で決まった方針と言う事か?」
「我々は皆が戦士であり末期まで戦う。だが……その尊厳を踏みにじられて黙っている程、甘くはない」
「……我々と何が関係ある?」
「終わると思ったか?」
老人がドン、と杖を突くとブワッと『陽気』が広がった。それに呼応し屋敷の煙が強くなり炎となり燃え始める。
「…………」
「この地より去るのだろう?」
「……望まぬ者は多い」
「我々は家族を奪われた者達だ。恋人、親、そして……子供。お前達をこのまま逃がしはしない」
老人の本気の殺意が宿る眼。再び杖をドンッと突くと屋敷の炎は一気に膨れ上がる。
ソレが戦いの合図となった。
老人の横から二人の『太陽の戦士』がブラッドへ襲いかかる。
一人は拳を、一人は手刀に光を溜め、接近――
「我々はお前たちの捌け口ではない」
ブラッドは目の前が切り取られた様に感じる不自然な歩法で間合いを詰め、拳が光る者の懐へ入り、肘鉄を胸部にめり込ませる。
「かは……」
「抵抗はする」
心臓に微量の電流を流し、一人を無力化すると覆い被さられない様に身を引く。
「殺す!」
光る手刀が身を引いたブラッドを貫かん勢いで放たれるが、次の瞬間『戦士』は世界が回転し空を見ていた。
背を地面につけて倒れる彼に、ブラッドは間髪入れず胸を踏みしめるとパリッ……と電流を流し、初手の『戦士』と同じく無力化する。
「会話が成り立たんのなら、魔物と変わらん」
「コイツっ! 足蹴にしやがった……俺たち『戦士』を!」
残り二人がブラッドに対して殺意を向けて前に出ようとするが、老人が杖でそれを制する。
「小技を良く使う。弱卒の戦略だ」
「その小技によって二人倒れ、残り三人だ。だが……」
ブラッドは倒れている『太陽の戦士』二人をチラリと見る。
「蘇生措置をすれば、二人はまだ助かるぞ」
「敵に命を握られるなど屈辱の極みだ」
「そうか」
ブラッドは自分からは間合いを詰めない。あくまで敵の出方を見て、それに対するカウンターを決めるのが基本的な戦闘スタイルである。
「我々はお前達を逃さない。故に――」
老人が杖先を跪かせている従者の一人に向けた。『陽気』の波動をまともに受け、従者は内部から燃え上がるとそのまま死に絶える。
「誰からでも問題あるまい」
「全員逃げろ!」
殺される恐怖とブラッドの言葉に従者達は立ち上がって逃げ始めた。
ブラッドは従者達が逃げ延びる為にも攻めに転じざる得ない。正面から接近する。
「兄貴の仇だ! 死ね!」
接近するブラッドに対して、一人の『戦士』が前に出ると最大出力の『光拳』を放ってくる。
「……俺は幸運だ」
ブラッドは向かってくる『光拳』に対して半身にかわすと、伸びきった腕を取り、関節を極めつつ前のめりに頭を位置を低くさせる。そして、浮き上がる様に顎下から『戦士』の顔面を蹴り上げた。
「お前の様にならない“縁”があった」
『
その影から『戦士』の跳び蹴りが奇襲する。ブラッドは飛び離れて回避した。
「貴様は……戻った家族の遺体が腕だけだった事はあるか?」
「ない。だが……目の前で兄が焼き崩れる屋敷の呑まれる様は今でも忘れん」
旋回。『戦士』の足技がブラッドへ向けられ、それは途切れることなく襲いかかる。
「俺は絶対にお前達を許しはしない!」
ブラッドは足技をしゃがんで避けつつ、『戦士』の軸足を払う。しかし、『戦士』は手を地面に着き、軸を作ると蹴りの振り下ろしがブラッドの頭を捉えた。
「かっは……」
衝撃にブラッドの視界が揺れ、身体がよろける。『戦士』は勝利を確信し、追撃を行おうとした時、盛大に転んだ。
「! なに……? 足が――」
片足が動かない。ブラッドはダンっと踏み込むと渾身の拳を『
「はぁ……はぁ……」
「こうも――」
ドンッ、と老人が杖を突いた事により放たれる『陽気』がブラッドに当てられる。
内部から焼かれる様な『陽気』に思わず膝をつく。
「ハッ……ハッ……」
「小技を上手く使うとはな。だが、所詮は児戯の枠に過ぎん」
老人は近づかない。距離を保ったままでもブラッドを殺せると分かっているからである。
「苦しんだのか……絶望したのか……ワシの孫がどの様に死んだのか……貴様にわかるまい……いや……」
再び、『陽気』が当てられる。ブラッドの肌に火傷が走り、服も焦げ始める。
従者達は場から去った。この老人は杖を突いている事からも素早く動けないのだろう。
「殺した当人を前にせねばわからぬ! 絶対に……そいつを目の前に引き釣り出してくれよう!」
憎悪の感情から放たれる『陽気』をブラッドはまともに受けてしまった。
体内が焼ける……水分が沸騰する感覚に意識が――
その時、ブラッドを優しく抱きしめる者が居た。
「…………何を……」
「大丈夫です。ブラッド様」
『陽気』が老人から放たれ、ブラッドを護る様に抱きしめるアリシアがソレを受ける。
「アリ……シア……やめろ……」
「約束……しました……」
『陽気』が更にアリシアの背に浴びせられる。
「私はブラッド様の……お側に……居ます。居ますから……」
周囲に火をつけるほどの『陽気』が放たれる。それでもアリシアはブラッドを抱きしめる腕だけは離さなかった。
「ずっと……」
ゴッ! と周囲を焼け野原にする程の『陽気』が放たれ、アリシアの腕から力が抜けてブラッドにもたれ掛かる。
「一緒に……」
それがアリシアの最後の――
「あ……う……ぁぁぁぁ……」
ブラッドは事切れたアリシアを抱きしめた。彼女の命が目の前で消えたことを信じたく無くて、感情のままに涙を流し、声を上げてただただ、強く抱きしめる。
「わかったか……それがワシらの悲しみだ! 貴様らはソレを――」
その時、老人の胸から手刀が突き出た。
ゴフ……と血を吐き、老人は後ろ眼で手刀の主を見る。
「ゼ……フィラ……」
「弁明は聞かない。お前は最早『戦士』でもなければ『太陽の民』でさえもない」
「ワシらは……」
「恥を知れ」
『
すると、遅れて何人かの『太陽の戦士』が場に駆けつけ、倒れている戦士たちの安否を確認する。
「ゼフィラ、コイツらはまだ生きて――」
ゼフィラは倒れている者達に歩み寄ると、各々にトドメを刺した。
「生かす必要はない。だが遺体だけは『太陽の民』として処理する」
「やれやれ……スワラジャさんがまた渋るぞ。全員、遺体を持っていけ」
戦士達が遺体を抱える中、ゼフィラはアリシアを抱き寄せるブラッドへ近づく。
「…………」
なんと言って良いのか。ゼフィラが口淀んでいると。
「何度だ……」
ブラッドが俯いたまま静かに口を開く。
「……我々は……」
「何度……私から……家族を奪う? 次はなんだ? 領民たちか!? 友か!? 子供達か!?」
“我々で終わりに……せねばならんのだ……この連鎖を……”
「ならば……私が全てを終わりにする!! この全て……全てを支配し――」
“ブラッド”
“お兄様”
“ブラッド様”
“アナタ”
「二度と理不尽に失わない世界を築いてやる!!」
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