第260話 私は夢を見ません

 二週間後。王城でクーデターが起こった。

 しかし、それは大規模な戦闘の果てに成ったモノではなく、ほぼ無血にて【夜王】の前に首謀者が立つ形となる。


「近々、誰かが私の前に立つと思っていた。だが……君だったとはな」


 スピルは王座から立ち上がるとそのまま段を降り、目の前に立つブラッドと向かい合った。


「俺が誰の障害も受けずに貴方の目の前に居る事が『ナイトパレス』の総意です」


 王を討ち『太陽の民』を迎え討つ。

 アリシアの死後、ブラッドは集まった身内に向けてそう告げた。

 『ナイトパレス』全ての力を束ねなければ『太陽の民』とは戦えない。タンカンとリリィはブラッドの意思に賛同し、領民も力を貸すと声を上げる。

 スピルの強行に不満を抱く者達がブラッドに賛同しその情報はバードン卿によってあらゆる方面へ届けられた。

 そして……あらゆる者達がブラッドを遮ること無く道を開け、王の間まで妨害無くたどり着いたのである。


「やはり、民の理解は追い付かぬか」

「陛下……何故……この様な無茶な宣言をなされたのですか?」


 ブラッドは国の滅亡を賭けた宣言を唐突に行ったスピルの言動が今でも信じられなかった。


「この世界が間違いである事に気がついたのだ」

「……間違い?」

「何故、我々は太陽を恐れるのか。そもそも、我々はどこからやって来たのか。考えたことはあるかね?」

「…………」

「私も君と同じ様に特に気にかけていなかった。だが……“彼女”が目の前に現れた時、私は全てを悟ったのだ。この世界から出なければならないと」

「何を……言っているのですか?」


 スピルの眼は狂っているモノではなかった。ブラッドを真っ直ぐ見据え真実のみを語る。


「“彼女”が我々に手を出さないのは『ナイトメア』を恐れているからだ。だが……もしも、【夜王】が『ナイトメア』を使えないと解れば我々は即座に排斥されるだろう」


 秘宝『ナイトメア』は代々『ナイトパレス』の王家が継ぐ。しかし、夜を維持する以外の効果を発揮した事はなかった。


「救わねばならない。私はこうなる事を見越し、遺恨を残さぬ為に家族も子も作らなかった。例え、後の歴史に愚王の評されようとも光の下で生きる未来の子供達の為に私が前を歩かねばならない」

「……ですが……今にしか生きられない者達も居ました! 全てを説得する事など不可能であると陛下には解っていたハズです!」

「それでも、時は50年以上を要するだろう。世代が代われば更に遅れる事になる。それでは遅すぎる」

「それ程に……“彼女”と言う存在は――」


 その時、ブラッドは気がついた。スピルの背後に一人の女が立っており、ゾッ、と寒気が走る。


「そ、そそなの、『ナナイトメメメアア』こ、怖くくくななないい」


 ソレは顔が無かった。虹色が渦を巻く様にうねる顔面と三日月を寝かせた様な口元だけが不気味に笑っている。


「ずずずっとととわわたしし縛る。しし幸せになななれれないい」


 スピルは背後を振り向くと、ソレに向かって叫んだ。


「去れ! ■✕※▽!! 『ナイトメア』は健在であるぞ! 我らは――」


 その時、スピルの身体に大きく穴が空いた。心臓から背骨まで丸ごと抉りとる様な攻撃はソレが指先を向けただけで行われた。


「! 陛下!」

「ほほほらぁああ。ここわわくくないいい。きゃははは」


 ソレは次にブラッドに対して意を向けた。


 指先が定められるその時、王座に安置されている『ナイトメア』が唐突に夜を放ち始めた。ブラッドとスピルを護るように夜を展開し始める。


「ああああ!!? もももううししんんででるるくせせせに! あのののおんんんなぁぁ!!」


 ソレは金切り声を上げながら逃げるように消え去った。


「……ここで……か」

「陛下!」


 ブラッドはスピルに駆け寄ると身体を起こす様に抱える。すると、スピルは最後の力を振り絞る様にブラッドを掴んだ。


「どうやら……私では無かった……ようだ……『ナイトメア』は……君を……」

「アレは……何なのですか?」

「……ブラッド……アレの事は……誰にも言うな……この愚王は……決闘の末……お前に負けた……」

「何故……こうなる前に……我々は手り合えなかったのですか?」

「……もう……ソレを考える意味は無い……【夜王】ブラッド……ナイト……民を頼む……」


 8代目【夜王】スピル・ロンドは、ブラッドとの決闘により死亡。

 9代目【夜王】は秘宝『ナイトメア』が認めたブラッド・ナイトが戴冠する事となる。






「…………」


 ブラッドは王城の屋上テラスから首都を眺めていた。

 結局、先代を殺したアレは後に現れる事はなかった。いや……期を伺っているのか何にせよ。


「世界のどこかに居るのであれば、夜が広がればアレと合間見える事となるか」

「陛下」


 そこへクロエが声をかけてきた。ブラッドは外を眺めたまま応じる。


「なんだ?」

「ナイト領より騎兵50が参戦を申し出てています。しかし、規定の200は既に枠が埋まっているのですがどういたしましょう?」

「彼らは私の親衛隊として組み込み、後方補給線の護衛をさせる」

「わかりました」


 クロエは踵を返して出ていこうとすると、


「クロエ」

「何でしょうか?」


 呼び止められ足を止める。


「お前を『ロイヤルガード』に迎えたのはメアリーの推薦であったが、それ以上に私と同じ悲しみを感じたからだ」


 大半の者はクロエの美貌とその強さに目が行きがちだが、ブラッドは彼女の本質を捉えていた。

 盲目である苦労から求めたにしては過剰すぎる“強さ”。故に何かを護る為に研鑽していると感じ、糧となった“悲しみ”も感じられたのだ。


「……弟を失いました」

「最後の瞬間を今でも夢に見るか?」

「私は夢を見ません・・・・


 盲目であるクロエの返答にブラッドは思わず、フッと笑う。


「そうであったな。先の戦争。期待しているぞ」

「お任せください」


 次の日。【夜王】率いる『夜軍』は『太陽の里』へ向けて進軍を開始する――

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