第45話 火力不足

 俺とレイモンドは、おっさんがクロエさんの『枝人クロエ』を引き受けてくれたおかげで、大した妨害もなく壁のように伸びた『人樹』の根までたどり着いた。


「すっげー」


 根の壁を貫通するように焼き貫いた穴に飛び上がり、焼け焦げた内部を通りながらその厚みに感嘆する。若干熱がまだ残っていた。


「『アマテラスの火翔』って言ってたね」


 持ち前の聴力にて、この穴を開けたおっさんの魔法を聞いていたレイモンドも驚きながら隣を走っていた。


「アマテラス? って、やっぱりあの人かなぁ」


 スメラギの言っていた、『エンジェル教団』の女の人。そして、おっさんが……あ、熱い夜をヤりあった……


「なぁ、レイモンド。アマテラスってどんな人だと思う?」

「注目する所はそこ?」


 レイモンドは呆れるが、俺としては少し複雑だ。

 個人名の入る魔法はその者が編み出した、または、その者を称賛して名付けられたのだ。それをおっさんが使うって事は……少なくともアマテラスって人と浅い関係じゃないって事だ。


「集めた情報によると、眷属三人を連れて遺跡都市に来てるみたいだよ」

「眷属? って事は……」

「マスターと同じで【創世の神秘】を持つ可能性が高い」


 ゼウスさんが何でも知ってるのは、本人が【創世の神秘】? ってヤツを持ってるからだそうだ。それが何なのかはよく解らないけど、とにかく凄いアイテムって事は理解してる。


「……俺は『霊剣ガラット』だけかぁ」

「カイル、君が何の心配ごとをしてるのか知らないけど、今はクロエさんの事に集中しなよ」


 それもそうか。魔法の事は全然わからないけど、後でおっさんに聞こう。


「よーし、『霊剣ガラット』で『人樹』をズバッと行くぞ! 急ぐぞ! レイモンド!」


 と、意気込むと走る速度が上がった。何かさっきから良い感じに動きが速くなるんだよな。


「『加速』を意識しないで使いこなしてるなぁ。便利そうだ。僕もローハンさんに教えて貰おう」


 俺とレイモンドはおっさんの魔法が開けた穴を抜ける。すると、目の前には『巨大人樹』が見上げる程の高さで鎮座していた。 


「こいつか」

「改めて見上げると貫禄があるなぁ」


 巨大にそびえ立つ樹は、おっさんの魔法で枝が焦げ落ちたものの、それでも力強い不倒さを感じさせた。


「よし、レイモンドは下がってろ。俺が『霊剣ガラット』でズバッと行くぜ!」


 そう言うと、後ろに軽くステップしてレイモンドは離れる。

 俺は『霊剣ガラット』を背中から腰に回すと、軽く深呼吸をしてから『巨大人樹』を切断するイメージを作る。


「おらぁ!」


 抜き放たれた紫色の刃はどんな雨風にも耐え得る『巨大人樹』を容易く両断――――しなかった。


「んがっ!? あれ!? 何だ!? 抜けなぃぃ!!」


 『霊剣ガラット』は鞘から刃を見せようとはしなかった。ここが瀬戸際だろ!? アレをぶった斬って、クロエさんを助けるんだぁぁ!!


「ふにににに!!!」

「あれ? カイル」

「レイモンド! ちょっと待て! もう少しで抜けそう――」

「いや、そうじゃなくて。『霊剣ガラット』、何か薄くない?」

「え?」


 レイモンドに言われて『霊剣ガラット』を見ると、確かに少しだけ薄くなってる気がする。こんなのは始めてだ。


「えー? なんだこれ!?」


 これが抜けない原因だろうか? 俺よりも『霊剣ガラット』の方に問題があるような感じだ。


「ガラットは頼りに出来そうに無いね。僕がやるよ」

「悪い、頼む」


 後でおっさんに聞いて見よう。俺は一歩下がるとレイモンドが前に出る。


「『黒球』」


 レイモンドは目の前に己の魔法で『重力』を丸めた球――『黒球』を作り出す。

 本来、目に見えないモノを形にするのはかなり難しいとゼウスさんは言っているが、レイモンドにとっては朝飯前だ。


 そのまま足元に『黒球』を配置すると、少し勢いをつけながら蹴り込んだ。

 『黒球』は『巨大人樹』へぶつかると大きな破壊は見せず、その巨幹をミシミシとしならせる。

 そこへ、レイモンドは追撃する様に駆けた。


「今、こっちに同じ力で引っ張ったら『巨大人樹キミ』は耐えられるかな?」


 ゼウスさんが言うには物には耐える力ってのが存在していて、それは押した場合と引いた場合で度合いが違ってくるらしい。

 レイモンドは相手にかかる“押す時”と“引く時”の力を同時にかけられる。

 俺は、それの何が強いのかわかんないけど、『巨大人樹』が倒れるならなんでもいいや!


「!!」


 レイモンドの接近に合わせる様に『巨大人樹』は『上昇水流ストリーム』を発動した。明らかに身を守った形だ。

 それでも構わずレイモンドは追撃をしたけれど、なんか水がこっち側に少し引っ張られただけで何も起こらない。

 押していた力も無くなった様に『巨大人樹』は元の姿勢に戻る。


「参ったなぁ」

「レイモンド、どうした? 不調か?」


 『上昇水流』に巻き込まれない様に下がったレイモンドに俺は駆け寄る。


「元々『水魔法』は僕の『重力』と相性が悪すぎるんだ。水って固形物じゃないからね」

「? じゃあ……俺たちに『巨大人樹』は倒せないって事?」


 改めて、どん、と力強くそびえ立つ『巨大人樹』を二人で見上げる。

 やっべ。どうしよう……完全に『霊剣ガラット』でぶった斬るつもりだったから他の案は何も無いんだよなぁ。


「『人樹』の魔力は僕たちよりもずっと多い。このまま攻撃を続けてもジリ貧だなぁ」

「うーん……」

『やはり、こうなったか』


 どうしようかと思っているとヒュッと風を切る音と共にボルックが現れた。


「ボルック!」


 作戦ではボルックは完全な退却要員だった。それが前に出てくる時は、クロエさんの救出が手の届く範囲で可能になった時だけだ。


『カイル、『霊剣ガラット』は恐らく抜けない。ローハンが【オールデットワン】になっている以上、主導権はあちらが上だ』

「えー? て言うか、【オールデットワン】ってなに?」

『詳しい説明は省くが、ローハンのなりふり構わない本気だ』

「おっさんの本気!? マジ!? 見てぇ!!」

「それって……『シャドウゴースト』は大丈夫なんですか?」


 あ、そっか。遺跡内部で暴れ過ぎると、なんかワケわかんない怪物が出てくるんだっけ?


『出現した。今、ローハンが接敵している。現れたのは“マスター”だ』


 そう言うと、ボルックは『巨大人樹』へ歩み寄る。


「それって――」

『解説する時間はない。レイモンド、クロエの心音を探れるか?』

「…………なんとか、聞こえます」

『指示を頼む。ワタシの『圧縮』で直接掘り進む』

「おお! その手があっ――」


 改めて道が開けた時、ピリッと静電気を感じた。あれ? これって……ゼウスさんの――


 と、今度は根の壁が揺れた。大きく響く音からして、相当な勢いでなにかがぶつかった様だ。


『ローハンを信じろ。ワタシ達は一秒でも速く、クロエを助け出す』

「は、はい!」

「――」


 魔力感知が下手な俺でも、だんだん魔力が大きくなるのを感じる。

 これって……『鳴神の雷鼓』じゃね?

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