第44話 シャドウゴースト

 黒い影に姿を含める表情さえも塗り潰されたローハンへ30体の『枝人クロエ』が向かう。

 その様子を見ているモノは二つあった。


『あれが、マスターの言っていた【オールデットワン】か』 


 一つはボルック。場を俯瞰できる丘の上から一部始終を記録する。


「△○◆✕□□」


 もう一つは『太古の原森エンシェント・ネイチャー』。ネイチャーにとって、森に存在する全てのモノは目であり、耳であり、己自身である。故にどこに居ても木々が存在する限り、ネイチャーからは逃れられない。


“身体能力上昇”


 ローハンは向かってくる『枝人クロエ』の群れへ逆に距離を詰めると先頭の一体の首を掴み、押し倒す様に地面に叩きつける。


「――――」


 そして、『枝人クロエ』の群れの中心で停止。そのローハンに対して『枝人クロエ』達は少し距離を取ると無数の“水の刃”を放つ。


“魔力増幅”


 チリ……と、ボルックは熱源を感じ、ネイチャーは『炎魔法』の初動を感じ取った。


「『上昇火炎フレイム・ストリーム』」


 詠唱も動作も無い状態でローハンを護るように発生した火柱が“水の刃”を蒸発させた。

 そして、炎は消えると僅かな火の粉だけが空間を舞う。魔法の後隙。今度は水属性を付与した木剣がローハンへ向けられる。


再始動リサイクル


「『降下火炎フレイム・スコール』」


 形を失った炎の柱が再び形を成し、今度は降ってくる。

 『枝人クロエ』は咄嗟に水属性を全身に付与し耐えるが、火力は圧倒的だった。水付与を貫通する熱量にそのまま燃え尽きていく。


『魔力を現象に変えるのではなく、現象を魔力に戻したのか』


 ボルックはローハンのやっている事を的確に把握していた。

 何かしらの魔法的現象が起これば、それを魔力に変えて使い回す。現象を深く理解し、更なる創造力が無ければ使えない。


 マスターはローハンは“眷属”の中で一番優秀だと言っていた。故に【オールデットワン】が強いのではない。

 元々高い素質のあるローハンが【オールデットワン】だからこそ、“強い”のである。


『無限に戦う事を想定された“禁術”なだけはある』


 『人樹』が排除しようとしているのはそう言う相手。しかし、そうだと理解すれば。


「――――」


 根がローハンを絡めとろうと地中から沸き出す。正面から相手をする必要はない。地面の中へ引きずり込む。


 ミシ……


 ローハンは姿を完全に覆う程の根に巻きつかれるが、その姿は地上から消えない。

 場に耐えている……のではなく、そもそも根の力程度ではローハンを呑み込む事が出来ないのだ。


“属性付与『斬』”


 と、ローハンを覆う根がバラバラに切り刻まれ、拘束は簡単に解除される。

 手刃。ローハンは己の腕に『斬属性』を付与し、単純な腕の動きだけで根を切り裂いた。その振り抜いた一瞬の隙を背後から――


「――――」


 『枝人クロエ』が刺突を一閃。完全な死角と気配も音もない動きでローハンの身体を貫く――――


“五感強化”


 刺突は空を貫く。無駄の無い動きで完璧なタイミングの刺突を読み切っていたローハンは、振り向きつつ脇を通す様に身体を開いてソレをかわす。


本物クロエに比べれば雑魚だな」


 眼も鼻も削ぎ落とした様に黒く塗り潰されたローハンの顔が『枝人クロエ』へ向く。

 攻撃に失敗した『枝人クロエ』は“水の刃”を放ちながら後退――


「退くタイミングが遅すぎるぜ?」


 再始動。“水の刃”を魔力に変えて消滅させつつ、再構築。『枝人クロエ』の身体に這わす様に水を走らせると、バラバラに切り刻む。


「『水刃』。この使い方が基本だ。目に見えて飛んでくる“水の刃”なんぞに当たるヤツはクランには居ねぇぞ」


 全滅。30体の『枝人クロエ』は、1分と経たずにローハンへ傷一つ負わせる事なく機能を停止した。


『圧倒的だ』


 ボルックは素直に称賛する。

 理解が追い付けば追い付くほど、敵わないと思わせる程の能力。この状態のローハンは正に無敵と言っても良いだろう。しかし、


『来たぞ、ローハン』


“ウフフ”


 ソレは蜃気楼の様にゆらりと、黒い“ゼウス・オリン”が現れた。


接続アクセス――」


 ゼウスの姿を形作るソレに対してローハンはパン! と両手を合わせると、地面から魔法陣が刻まれた『土壁』が黒ゼウスを囲む。


「『ガリアの封――』」

「ロー」

「――――」


 あまりにもソレはいつも通りだった。

 日常、出会う度、再会したとき、に名を呼ばれた時と同じニュアンスで放たれる彼女の呼び声。

 故に、ほんの一秒ほど展開が止まった。


「あらあら」


 いつの間にか『土壁』をすり抜けた黒ゼウスはローハンの目の前にいた。

 コロン、といつもと変わらない仕草で首を傾けて微笑んでいる。あっ……とローハンが気づいた時には小さな指で軽くデコピンをする動作に移っていた。


 クソが――


 ローハンは冷や汗を浮かべながら己の未熟を笑った。

 放たれたデコピンは、ローハンを巨大なハンマーで殴り付けたか如く、ミシッと歪ませると『巨大人樹』へ吹き飛ばした。


『リミットが始まったぞ、急げローハン』


 『黒いゼウスシャドウゴースト』は吹き飛ばしたローハンへ小さな歩みを進めながら、


「パン――」


 と、合いの手を始めつつ、電流が腕に溜まり始める。

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