第43話 死兵中隊

 包帯を巻いた拳が空を切る。


「ふー……」


 正拳。肘打ち。膝蹴り。手刀。足刀。

 洗練された動きは、己の身体機能が万全になったことを確かめる為のモノだった。


「体調は戻った様だな」


 ギリス陣営。

 その野営地ベースキャンプを展開するのは『ギリス王国第五騎士中隊』。

 馬車道を制限していたレクスの部隊に所属するソーナは鍛練の手を止めて、現れた隻腕の司令官――ジャンヌへ敬礼する。


「楽にしていい、ソーナ二等兵」

「ハッ!」


 ソーナは敬礼を解くとジャンヌも近くに座る。


「お前はローハン・ハインラッドと馬車道で一戦交えたんだったな」

「その情報には語弊があります。私は、カイル・ベルウッドを優先して抑えました」

「フフフ、レクスからは私情が入っていると聞いてるぞ?」

「……否定はしません」


 ソーナの返答にジャンヌは笑う。


「すまんすまん、咎めているワケじゃないんだ。我々はそう言う段階をとっくに越えている・・・・・。どんな形であれ、部隊として機能し任務を達成するのなら私情でも構わん」

「しかし……期待には応えられませんでした」

「戦場に立つとすぐ隣から死が襲ってくる。故に生き残る事が我々の勝利だ。だが……それで故郷に帰れるかはまた別の話。死兵である限り、常に戦場に身を置く心構えは絶やすな」

「はい!」

「それに、お前も【銀剣】に実力が劣っていたワケではない」


 ジャンヌも『星の探索者』の現メンバーの事は詳細に調べてある。

 今期の遺跡都市ではどの勢力が敵になるのかわかったモノではない故の“備え”だ。


「……確かに、直接的に戦闘不能に追いやられたのはローハン・ハインラッドの攻撃でした」

「ジルドレとレクスから聞いている。そして、ヤツが【オールデットワン】と言う事はほぼ確定だろう」

「【オールデットワン】……ですか?」

「“数字持ちの軍隊ナンバーズ・アーミー”」


 コツ、とジャンヌの説明を補足する様にジルドレが現れた。

 ジャンヌは視線を向け、ソーナは敬礼するが、ジルドレは楽にするように手をかざす。


「第三次千年戦争において、各国が造り出した戦力の事ですよ、ソーナ二等兵」

「そうか、ソーナは開戦当初はまだ訓練兵だったな」


 ジャンヌの部隊は国境近辺の防衛任務に就いていた事で開戦時に最前線で剣を振るう必要があった。

 斥候による水面下でのつつき合いは終わり、本格的に旗を掲げての進行。


 ギリスを含む、六つ全ての国が隣接する一つの広大な荒地――『グリーズアッシュ』を占領しようと軍隊を展開した。

 各国の目標は『グリーズアッシュ』の中心にある大きな砦。

 その砦は、いつから存在しているのかわからず、過去二度に渡る戦争においても破壊する事が出来なかった強固な砦だ。

 しかし、『グリーズアッシュ砦』を開戦初期に手を出す事はどの国も躊躇った。


 理由はただ一つ。

 砦を占領した部隊は残りの五か国から総攻撃を受けるからだ。

 『グリーズアッシュ砦』は戦争において戦略的にも大きな価値がある。故に他国に利用される事だけはどの国も避けたかった。

 その思想的牽制から砦は開戦当初から無人を維持され、先に磐石な補給線の確保から始める。

 万全の態勢で『グリーズアッシュ砦』を機能させる。そうなれば砦を手に入れた国が勝利国、となるハズだった。


「戦争の流れと勝利条件は頭に入っているな?」

「はい。『グリーズアッシュ砦』を我々の機能下に置く事。それが目標だと夢に見るほど言われました」

「我々の中隊も、情報部の命令で『グリーズアッシュ砦』の奪取に動いたのですよ」

「奪取……ですか?」


 どこかの国に先手を取られた。当時の最前線の情報を殆んど持たないソーナでも、祖国ギリスは後手に回ったのだと察する。


「戦争では“数字持ちの軍隊ナンバーズ・アーミー”がもっぱら噂だった」

「【エレメントフォース】、【トライシスター】、【ツインアイズ】そして、【オールデットワン】」


 それほどに有名なヤツだったのか。あのオヤジ。


「ソーナ二等兵、勘違いしてはいけませんよ? この中隊は“数字持ちの軍隊ナンバーズ・アーミー”を討つ事は充分に可能でした」


 ジャンヌが直々に鍛え上げた部下たちは、他の部隊でも中隊を率いる事が出来る程のスペックを持つ。更にジャンヌの指示がなくとも各々で部隊を形成し、連携し任務をこなしていく天然軍としての動きも可能だ。


「セオリーが通じる相手ならな」

「……『グリーズアッシュ砦』には何が居たのですか?」


 ジャンヌはその時を思い出す様に気迫が増す。ソーナは軽率な質問だったかと、冷や汗を流した。


「【オールデットワン】だ」


 他の“数字持ちの軍隊ナンバーズ・アーミー”ならばいくらでも対策を立てていた。なんなら【ツインアイズ】は返り討ちにした事さえあった。

 しかし、【オールデットワン】だけは――


「まず、第一に情報がなかったのです」


 ジルドレが当時を思い出し語る。

 行動を起こす際に必要なのは何よりも情報だ。戦時中なら、表で剣を振る者達よりも、裏で情報を取り合う密偵の方が熾烈な戦いになっていただろう。


「『グリーズアッシュ砦』への偵察部隊は尽く全滅した。故にこの中隊が直接的に奪取と情報収集を任された」


 ジャンヌは失った左腕を思い出す。


「【オールデットワン】はヒトではない」

「ヒト……じゃないんですか?」

「正確には、ヒトが必要とするモノを不要としていると言った方が正しいでしょうね」

「眠らず、食事を取らず、水も飲まない。一定の範囲に入った“生き物”を全て殺す。後に情報部が“全てを殺す一兵オールデットワン”と名付けた」


 【オールデットワン】だけは、他の国が名乗る“数字持ちの軍隊ナンバーズ・アーミー”とは違い、後に数えられたのだった。


「お言葉ですが大佐。大佐と率いる中隊ならば、撃破は可能だったのでは無いですか?」

「ええ。可能でしたよ。小隊四つを犠牲にし、大佐も左腕を失い、更に魔法妨害に、空爆まで継続的に行い、仕留めました」

「え? 仕留め――」

「【オールデットワン】は一体だけじゃなかった」


 ギリスが『グリーズアッシュ砦』を占領する。それで戦争は終わる。そう思った時、別の【オールデットワン】がその場に現れたのだ。


「我々は何とか逃げ延びましたが、大佐を逃がす為に更に二小隊が犠牲になりました。作戦は失敗。そして――」

「上層部は国内の士気を維持するために私たちの失敗を隠し、英雄として祭り上げる為にこの部隊は『グリーズアッシュ砦奪取作戦』で全滅したと祖国に通達した」


 その発表が出された時、ジャンヌは腕の治療の為に気を失っており、目を覚ました時には死兵となっていた。抗議の機会を完璧に逃してしまったのである。その後は細い情報を頼りに『遺跡都市』にて“願いを叶える珠”を手に入れることにしたのだ。


「私は何としてもお前達を生き返らせ・・・・・、家族の元へ還す。祖国とは話を進めていてな。“願いを叶える三つの珠”を餌にもうじき実を結ぶ。こんな無能な指揮官で窮屈かもしれないが、もう少しだけ私に付き合ってくれ」


 ジャンヌはそれだけを言い残すと立ち上がり、踵を返した。ジルドレもその後に続く。


「大佐!」


 その背にソーナは敬礼しながら声を上げる。


「必要であれば! この命をいつでも使ってください!」

「……フッ、レクスの指示を追って待て」

「ハッ!」


 ローハン・ハインラッド。別名は【霊剣】……か。


“お帰りなさい、私の眷属”


「……ジルドレ」

「はい」

「『星の探索者』及び、【千年公】には特に注意をしておけ」


 【千年公】はローハン・ハインラッドを“私の眷属”と言った。それは――


「【オールデットワン】の親か、それとも『星の探索者』のクランマスターか……」


 あの屈託のない笑顔を作る腹の中にどちらの真実を秘めるのか。

 見定めなければ、今度こそ部隊は全滅するだろう。

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