第146話 “世界を滅ぼす”願いだってぇぇ!?

 魔力と世界の結びつき。


 空間に漂う魔力が使用者によってあらゆるエレメントに作用する理由として、魔力そのモノにそれらの“記録”が残っているからだった。

 故にゼウスはこう考えている、


“空間に漂う魔力は常に世界を記録している”と――


 『記録魔法』『レコード』。

 それは魔力をエレメントではなくもっと本質的な記録――“映像”として場の状況を知覚する事が可能な魔法だった。

 発動には様々な制約はあるものの、ゼウス程に世界を理解している者ならば即座に直近の出来事を目の前で垣間見る事が出来る。


「うわ。スゴいっス!」

「魔法陣も無しに一瞬で『レコード』を……ゼウス様の魔法は桁が違いますね」

「ありがとう、二人とも」


 ゼウスは『星の探索者』のベースキャンプにて共に居るセルギとソイフォンに微笑む。

 そして、目の前で半透明化した“ボルック”、“スメラギ”、“サリア”の様子を観た。


 流石に音声までは再現出来ない。しかし、行動から何をしていたのかは推測出来る。

 三人は暫く話していた様子だったが、不意にその姿が消えた。


「あれ? 『レコード』はここで終わりッスか?」

「続いてるわよ。三人はどこかへ行ったのではなく……何者かに転移させられた?」

「…………」


 ゼウスは『レコード』を停止し、ボルックの調査端末を操作すると三人が直前まで見ていたモノを表示する。


「これね」

「どじょう……調査結果っスか?」

「何か調べていたみたいですね」


 表示される結果は当事者以外が見ても理解できない。そう、当事者・・・以外には――


「ボルックとスメラギは気づいたのね」

「ゼウス様は何か知ってるッスか?」

「ゼウス様。貴女様とクランメンバーからすれば我々は劣るかもしれませんが、事情があるなら協力させてください」


 遺跡都市を通過した光。ソイフォンは直感ながらも、その謎はゼウスが抱えている事情に繋がっている気がしていた。


「ありがとう。でも、この件はわたくしが直接関わったワケじゃないの」

「そうなのですか?」

「ええ。“世界を滅ぼす願い”に対抗したのはわたくしの――」


 ゼウスは【原始の木じぶん】が記録している当時の事を二人に語り出す。






 約5500年前――大雨の上がった早朝。

 間も無く夜明けだと言うのに、厚い雲が永遠の夜を連想させるが如く太陽の光を遮っていた。

 水平線の彼方には“光の翼巨人”が浮いている。ソレが海の上を進むと周囲の生き物が死に絶え海面に浮かび上がっていた。


「…………」


 【創生の土】は大陸の崖の上からソレを見ていた。


「止める事は叶いませんでした、ガリア」


 【原始の木】の透明な姿が実態を帯びるように彼の後ろに現れる。


「“意思”はありました。受け答えも可能です。しかし……最早止まるモノではありません」

「君が声をかけても無理なら、この世界でアレを対話で止める事は不可能だな」

「余を急に呼び出すとは。一体何用だ?」


 ボゥッ、と炎が形を成す様に【始まりの火】が現れた。


「無式。良く来てくれた」

「久しぶりです、無式」

「ん? エデンもるだと? ガリアよ、同窓会の為に呼んだのならば余は帰るぞ」


 【原始の木】が居るのなら、武力行使はまず起こらない。ソレを理解している【始まりの火】だからこそ、この場に呼ばれた事は不毛だと感じた。


「アレは何ですか?」


 更に三人の背後から、キチキチキチ、と砂鉄が音を立てて形を成し【星の金属】が歩み出てくる。


「アインまで呼んだのか。益々、余の出番は無いな」

「無式……貴方の新しい“眷属”……スサノオと言いましたね? 是非、戦いの席を用意して欲しいのですが」

「断る」

「アイン、貴女の意欲を満たせる相手はあちらに居ますよ」


 【原始の木】の言葉に【星の金属】は【創生の土】と並んで水平線からこちらの大陸へ進んでくる“光の翼巨人”を見た。


「アレは“価値”がありません。空気に打を撃ち込んでも意味は無い」

「ちょっと、ちょっと! これは一体どういう事だい!?」


 冷静な場の空気に感情が割り込む。

 雨上がりに漂う周囲の水分から形を成した【呼び水】は、場の面々を見てそんな声を上げた。


「ニーノさん。久しぶりです」

「やぁ、エデン。君のくれた苗はシティーで順調に育っているよ。一度見に来ると良い。って! そう言う事を言える雰囲気じゃない! 何で僕達が全員集まってるのさ!」

「相変わらず、スズメよりもうるさい小娘よ」

「ニーノ、叩いても良いですか?」

「無式! アイン! き、君たちは少しは淑女レディに対する品性と言うモノをだね!」

「ニーノ」


 水平線を眺め続ける【創生の土】に呼ばれて【呼び水】は、そそくさと二人を振り切ると慌ててその隣に立つ。


「ガ、ガリア。エデンは良いとして、無式とアインを呼んだのは君かい!? あの二人ならクライブとネイチャーの方がまだマシだ!」

「アレを見てくれ。君ならばアレが何なのか判るだろう」

「何だって……うっ……ひゃぁ!?」


 【呼び水】は水平線より近づいてくる“光の翼巨人”を見て驚きに身を引いた。


「な、なんだい!? あ、アレは!? あんなの……非常識どころか、世界の摂理が歪んでいる!」

「どれ程の“願い”だ?」

「願い? 願い……確かにアレは“願い”だ。しかも……“世界を滅ぼす”願いだってぇぇ!?」


 【呼び水】は驚いてばかりだった。それ程に目の前の光景は非常識なのだ。


「何をどう放置したら、この世界に対してアレだけの対抗現象が起こるんだ!? 君たちはこの地上で何をしてたんだい!?」

「絵画と言うモノは描いてみるのも良い」

「『スケアクロウ』を一体増やしました」

「『宵宮』を作っておる」

「最近弟子を迎えました」

「……君たちの怠慢でないと言う事だけは解ったよ……」

「どうやら、思った以上に事態は切迫してる様だ」


 そこへ、コツ……と【創生の土】と同じ格を持つ男が現れる。


「君がタワーから出るなんてね、ルシアン」

「この眼で見ておくべきモノだと判断したのだ、ニーノ殿」

「そうかい。じゃあ僕は帰ろう。ルシアンが居るなら僕は要らないからね」

「それは駄目だ。貴女がこの場に居ないと私は“眷属”として力を存分に発揮できない」

「ええ!? 別に君が本気を出さなくても他の皆で何とかなるさ! 僕はケーキを食べ――あ! ちょっと! 『水牢』は卑怯だぞぉ!(ごぽごぽ)」


 逃げようとした【呼び水】をルシアンは球状に丸めた水の中に捕獲すると【創生の土】の横に並び立つ。


「アレ程の“願い”。基盤となっているのはこの世界の力ではない」


 “光の翼巨人”を見たルシアンの言葉に【創生の土】も情報を開示する。


「あちらの地方には太古の『遺跡』がある。あらゆる世界を繋ぐ関係上、漏れ出るエネルギーも相当なモノだ」

「ではアレは、もう一つの世界そのモノと言う事か」

「この場に有り続けるだけで摂理が大きく歪む。『封印』しなければならない」

「妥当だ。しかし、“願い”は叶う瞬間まで尽きる事はない」

「では、押し返す必要があるな」

「『遺跡』まで、で良いでしょうか?」


 【始まりの火】と【星の金属】も二人の横に並ぶ。


「僕は何も出来ないからね!(ごぽごぽ)」

「私とニーノさんは周囲への被害を抑えます。皆様は存分に」


 その言葉に全員が本気を出す事を意識する。それ程でなければ世界が滅ぶ。


「世界を救う。だが、この瞬間はまだ無理だ。故に“世界を滅ぼす願い”を『封印』する」


 【創生の土】の言葉により戦闘が開始された。

 いつの日か、目の前の“願い”を救う者たちが現れる事を願って――

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