第107話 貴方が欲しいって言ったら

「クロエ、一位だったのね。おめでとう」

「マスター、大袈裟です」


 夕飯時。スヤるカイルが安定した様子を確認しオレらは夕飯を囲っていた。ちなみに当番はオレ。村でも好評のカレーを振る舞う。

 スメラギはマスターに頼まれて出掛けてるらしい。何をやらせてるんだか。


 そんで、話題は当然『バトルロワイヤル』。クロエのヤツ……『ライフルリング』を着けたまま、カグラを圧倒したらしい。まさかここまで強くなってたとは……


「でも“眷属”カグラが居たんでしょ? 正面から戦り合って勝つなんて相当よ」


 戦いの土俵が違うサリアから見ても、今回のクロエの戦績は凄まじいモノだと悟った様だ。


『特に【始まりの火】の眷属は各々のステータスだけでも『剣王会』の一席クラスは軽く越える。更にまだ知らぬ特殊技能を持っているのなら【星の金属】の弟子クラスにも届くだろう』


 ボルックはこれまで記録してきた中でカグラの実力がどれ程の位置に居るかを分析していた。

 ちなみボルックは『機人』である為にカレーを食えないので、クロエから渡された『記録石』にある、『バトルロワイヤル』の映像を皆の前に立体映像で展開してもらっている。


「地面が吹き飛んでる……」

「『妖魔族』ってこんなに強いんですか?」


 サリアは地形を変える程のカグラの魔法に思わず食事の手が止まり、レイモンドはクロエ視点から見る状況に改めて驚愕する。


「『音魔法』と『土魔法』の併用ね。魔力だけ見ても【オールデットワン】クラスはあるわ。それに……【白虎】……ふふ」


 マスターは、カグラの使った【白虎】を見て懐かしみながら、おいひー、とカレーを頬張っていた。


「ま、オレはお前が勝つと思ってたけどな」


 そんな中、オレはクロエに賭けていたチケットを皆に見せる。


“掛け金:金貨100枚……【水面剣士】1.3倍”


「うわっ……ローハン、あんたのそう言うトコひくわ」

「馬鹿言え。金は天下の回り物だぞ。お前の『銃器』の整備や弾薬を作るにも金は必要だろうが」


 取りあえず金があれば大概の事が出来るのがこの世の中だ。


「ローはクロエの事をよく解ってるのね」

「そりゃ、当然ですよ! “秒刻み”で【オールデットワン】状態で首を落とされ掛けましたからね。何より今のクロエが誰かに負けるなんて想像出来なかったんで」


 クロウの件で塞ぎ混んでいたが、本来のクロエならヤマトとも互角に斬り結べる。なんたって、この女は未だ強さが発展途上なのだ。勝手に強くなってるんだから、ヤベーヤツだよ。このまま行けばアインの婆さんにも挑めるレベルになるだろう。


「貴方は私の事をそう見てくれるのね。ローハン」

「まぁな。おかげで儲かったぜ! ワハハハ!」

「…………」

「ローハンさんって一言多いですよね……」

『ワタシにはいつも通りの関係に見える』


 クロエはクランへの加入が一番最初だった事もあって、他のメンツのように目下には見えない。

 出会い方がアレだった事もあるが……何にせよ、対等に会話を出来る友ってのも人生に一人か二人居れば上出来だろう。






「ローハン」


 夕飯が終わり、各々で夜を過ごし始めた頃、近くの川で皿を洗っていたオレにクロエから声がかかる。

 スメラギはまだ戻ってない。一応はあいつの分のカレーは取り置きしてある。


「ん? ちょっと待ってくれ」


 ずっと寝たきりだった事もあり、オレのクラン内での作業は多く分配されていた。まぁ、無理のない範囲でだけど。カイルとレイモンドに指導する以外、他にはやることねぇし。


「よし、これで後は――」


 濡れた食器はマスターの作った『食器乾燥BOX』(動力魔石)に入れてスイッチON。ゴォォォと温風が吹き出す音が聞こえて来る。

 オレは絶対に布巾で拭いた方が早いと毎回思ってる。


「それで、なんだ?」

「約束を忘れたの?」


 『バトルロワイヤル』で1位になったヤツにオレが好きなモンを何でも一つやるって約束。

 カイルをやる気にさせる為に言い出した事だが、別に違える気はない。


「言っておくがオレが用意出来る範囲でだぞ? ちなみに『霊剣ガラット』の譲渡は無理だからな」


 未だにクロエへ『霊剣ガラット』が移らない理由がわからんが、所有者を決めるのはガラットだ。オレじゃない。


「ガラットには未練は無いわ。カイルが持ってきた時から」

「ならいい。そんで、何が欲しい――」

「ローハン、何故カイルに『霊剣ガラット』を持たせて『星の探索者』へやって来させたの?」


 クロエは真剣な様子で尋ねて来た。

 『霊剣ガラット』。所有者が望むモノは“何でも斬る”事が可能な『七界剣』の一つ。

 無論、斬るモノに対して深い知識を要するものの、逆に知識さえあれば、何でも斬れる、のだ。それは“死”と言う概念さえも――


「お前が自暴自棄になってオレのトコに押し掛けて来ても困ったからな」

「茶化さないで。この件に関してだけは」


 『霊剣ガラット』はオレとクロエの関係でも大きな意味を持つ。

 オレは真面目なクロエに観念して肩を竦めると川を見る様に座る。その隣にクロエも座った。


「オレがクランを離れれば色々なモノが変わる事は解ってた。マスターも居るし脱退者は他には出ないとは思ったが……それでも今までとは違う形が必要になる」


 お前も塞ぎ混むだろうし、とクロエを見ると彼女は額に手を当てて過去の自分を思い出していた。


「……未熟だったわ」

「そんな事はない。身内を失う痛みはオレも死ぬほど理解してるさ」

「……貴方の方が辛かったハズよ。だって……その手にかけたんでしょ?」

「…………」


 クロエは、心配する様にオレの手を握る。


「測る方が間違ってる。オレの悲しみとお前の悲しみは比べるモノじゃない」

「…………」


 互いに大切な者を間近で失った者同士、その辛さは感じている。

 クロエはオレに身体を預けるように傾けて来た。


「……ローハン、欲しいモノを言っていい?」

「おう。なんだ?」

「……貴方が欲しいって言ったら承諾してくれる?」

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