第108話 嘘はダメ

 初めてだった。

 ファング様は常に正面から私を見て指導してくれた。

 クロウは隣に立って一緒に歩いてくれた。

 だから……初めてだったのだ。


「クロエ、オレの後ろに居ろ。必ず帰れる」


 私に背中を向けてくる存在は――






「クロエ……何を言って――」

「ローハン、私はね。誰よりもクロウを信じてた。クロウを護る……あの子が私の生きる意味の全てだった」


 世界でたった二人の家族。目の見えない私の世界はクロウを中心に広がっていた。

 ずっとそれで良い。私の世界はクロウが居てくれるだけで……それだけで良かった。けど、


「私も変わるものね。『星の探索者』に入って、クロウと同じくらい貴方の事を信じる様になったの」

「……そりゃ単なる吊り橋効果ってヤツだよ。何度も危険な所を助けられりゃ誰だってそうなる。オレはイケメンだしな」


 そう言うローハンの声はニヒルに笑うが、それは少しだけ私を遠ざけようとしているみたいだった。


「私は目が見えないから、外見はあまり印象に残らないわ。だから相手の心を探るの」

「ファングの爺さん直伝か……」

「ええ。おかげで嘘を見抜くのが得意になった。親身になればなるほど正確にね。貴方の事も」

「……どこまでわかんの?」

「ふふ。知りたい?」

「……今後の参考にする」

「貴方はずっと自分の為ではなく、他人の為に戦ってきた、って事くらいはね」


 片足の無いクロウ。

 目の見えない私。


 実の両親でさえ不要にされた私たちは、ファング様に拾われた。そして、この世界で私達姉弟が生きる為には……私が強く、強く強くならないと行けなかった。しかし、


「貴方の近くだけは私は“強さ”だけを必要としなかった」

「そいつは……だいぶ過大評価だな」

「そんな事はないわ」


 だから、だったのだろう。


「ローハン、クロウの死を貴方はどう感じてる?」

「……アイツは戦士だった。あんな事はオレにも出来ない」


“代償を払う。それが『僕』で――【呼び水】で――ようやく……この世界は赦されるんだ”


「……ええ。私にも出来ないわ」

「ずっとさ……ローハンさん、ローハンさんって元気に声をかけてくれてよ」


 ローハンは片手で自らの顔を隠すように覆う。


「クロウが側にいるとさ……【オールデットワン】の事を忘れられたんだ」

「…………」

「……クロエ……すまん……オレは……もう失わないって決めてたのに……『原始の木』の眷属で……『霊剣ガラット』の所有者で……あの時……クロウを救えたのはオレだけだったのに……」

「……ローハン」

「オレは……臆病者だ……なにより……お前の大切な弟だった……世界でたった二人の家族だった……だから……」


 ローハンは私と同じだった。

 強くなければ何もかも失うと考えて、いつもいつも、自分に出来る最良を考えてる。そして、誰もが安心出来るように、困難な状況でも何でもない様子で軽口を叩くのだ。

 きっと、マスターの前でも。だから……今、クロウの為に泣いてくれるのは彼の本心なのだろう。


「……ローハン、私もクロウの為に泣いていい?」


 私がそう言うと彼は優しく抱き寄せてくれた。


“姉ちゃんはローハンさんと気が合うと思うよ!”


 クロウ、私たちはもう大丈夫……

 彼も私も……目一杯泣いて……一緒に明日を歩いて行くから。






 久しぶりに泣いた。

 母さんの前でも最後に泣いたのは十代の頃だったってのに、不覚にもクロエに泣かされた。

 それだけ、クロウの事は家族だと思ってたし。本当に弟の様な存在だった。


「ねぇ、ローハン。さっきの約束……叶えてくれる?」

「…………話の入り方が卑怯じゃねぇか?」


 クロウを引き合いに出すなよ。


「あの子もこの形を望んでた」

「……卑劣な女め」

「ふふ。それに貴方が言い出した事で、それに対して貴方に拒否する権利はあると思う?」

「しれっと望むモンじゃねぇだろうがよ……」


 これってジャンケンで勝ったから一生を添い遂げましょうって言ってる様なモノだろ。


「クロエ……オレは――」

「でも、今すぐ一緒にはなれないわ」


 オレが意を決して返答しようとすると割り込む様にクロエが告げる。


「ファング様と約束してるの。アイン様に挑む事を。だからまだ、剣は捨てられない」

「……アインの婆さんに挑むのかお前……」


 どうやらファングの爺さんと、とてつもない約束がクロエにはあったようだ。


「【星の金属】の弟子達は彼女を満足させるために存在する。かつて、二代目【武神王】が彼女に敗北を刻んだ瞬間を今一度、って」

「……偉大な親を持つと子は苦労するな」

「人の事を言えないわよ」


 オレらは互いに育ての親には苦労させられてる事を笑った。


「ローハン。私が全部の重荷を下ろせたら、剣を置く場所になってくれる?」

「オレに拒否権はねぇんだろ? それに……お前が側に居る安寧も悪くはなさそうだ」






「ところで、カイルの事はどう思ってるの?」

「アイツは娘みたいなモンだ。最初は息子だと思ってたけどな。まさか女だったとは……」

「そう。その様子だと、手は出していないのね」

「当たり前だ。そんなつもりでアイツを弟子にしたワケじゃない」

「ふーん。カイルに欲情もしない?」

「………………しない」

「ローハン。嘘はダメ」

「くそったれ」

「じゃあ、私のテントに行きましょう」

「おい、待て何でそうなる」

「予防しておくわ。貴方がカイルに手を出さない様にね」

「いや……別に今までも耐えて来た――」

「嫌なら切り落とすしか無いわね」

「……ここ一番の良い笑顔で言うなよ」

「じゃあ、行きましょうか」

「あ、ちょっとぉ……手を引っ張る力が強いよぉクロエさん。て言うか、お前がやりたいだけだろ!」

「黙ってついて来なさい」

「だから……剣を出して笑顔で言うことじゃねぇって……」


 一晩中、逃げられなかった。

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