遺跡編 第四幕 何を思い何を願う?

第109話 手合わせ願おう

 ヤマトは毎夜、遺跡都市を一人で歩く。

 秩序の無い遺跡都市の夜は昼間の喧騒とはまた別の――蠢く様なざわめきが、絶えず闇の中を移動している。

 ソレはローハンやクロエでさえも、余程の用事が無ければ出歩く事はしない程に警戒する時間帯だった。

 しかしヤマトは、闇が口を開く夜の遺跡都市を平然と歩く。


「…………」


 まだ見ぬ強者。

 己が刃を研げる相手。

 命を片手に掛け合う感覚。

 ソレを久しく感じていない。


 それでも焦りはない。世界には多くの強者がいる。想像もつかない怪物もいる。

 故郷は妖魔の国。相手には事欠かない。しかし、ソレは今日こんにちまで全て超えて来た。


“強さこそ全て”


 “勝利”とは、強ければ必然とついてくるモノ。ならば私が追い求めるモノは――


「理解の外にいる強者……又は“環境”……か」


 その時、割れた月の光が届かぬ闇から、這い出る四人の襲撃者がヤマトの死角から襲いかかる。


「『宵宮の刀』ヤマトだ」


 向かってくる襲撃者に対してヤマトは足を止めただけで振り向かずに告げる。

 彼らの武器はナイフ、剣、青竜刀、爪。

 全てに無色の猛毒が塗られ、掠めただけで死に至る。ヤマトは腰の刀に手を添えた。


「手合わせ願おう」


 刀が鯉口を切る。

 “最強”が放つ刃は何人たりとも防がれた事はない・・・・・・・・――






「うぬぬぬ……」


 カイルは目の前に置かれた蝋燭の火に集中していた。

 ボッ、ボッ、と風の無い空間で蝋燭の火が意思を持つように揺れる。


「カイル、良い調子よ」


 ゼウスは朝食を作るボルックが起こした焚き火から炎の一部を掬う様に『炎魔法』を発動すると、カイルに意識させ続ける。


「うぐぐぐ……くそぉ……」


 蝋燭の火は動いてる。自分の魔力が干渉している事はカイルでも解っていたが、ソレより先に行かない。

 すると、フッ、と蝋燭の火が消えた。


「あ……ああああ」


 失敗。集中力が途切れて、くたっ、となる。


「魔法は本人の精神状態や疲労具合にも左右される。朝御飯を食べて元気になれば次は蝋燭の火を手元に持ってこれるわ」

「そうかなぁ……」

「大丈夫よ、カイル。二日前は蝋燭の火は動いてすらいなかったじゃない。凄い進歩よ」


 『バトルロワイヤル』でカイルは魔法を使える土壌を開拓した。故に後は本人のイメージだけなのだ。


「何なら、炎よりも水から始めた方が良いわよ。手に取れる分、やり易いだろうし。ウチには魔術師顔負けの『水魔法』のスペシャリストがいるし」


 朝食を席に座って待つサリアの助言が飛んだところで、


「おはようございます」

「……あー、皆おはよう」


 クロエとローハンが一緒に現れた。


「おはよう、二人とも」

「おはよ」

「おはよ! クロエさん! おっさん! って、なんでおっさんは疲れてんだ?」

「中々眠れなくてな……」

『深刻な体力の低下が見られる。ローハン、君の身体の機能は完調時と比較し62%ほどだ。夜はきちんと休む事をお勧めする』

「この女に言ってくれ……」


 ボルックの冷静な分析にローハンは隣でツヤツヤするクロエを示唆する。


「定期的に運動しないからよ」

「お前はまだ現役だろうが……オレはもう引退してんだよ……」

「クロエさんとおっさん……あ! まさか隠れて特訓か!? ずりー! 俺も混ぜてくれよ!」

「ふふ。カイルはこう言ってるけど?」

「お前にはまだ早い」

「えー! 何だよそれー! 俺も特訓!」

「朝食を先にしてから騒いでよ、皆。もー」


 やれやれ、と嘆息を吐くサリアは昨晩にローハンとクロエが何をやっていたのか理解している。

 『音魔法』で音は消していた様だが、二人の関係を知っている故に察せるのだ。

 そこへ、レイモンドがやってくる。


「おはようございます。何の騒ぎです?」

「ふふ。いつものよ」


 楽しそうにメンバーの様子に眺めるゼウスに、いつも通りですか、とレイモンドも同調した。


主様マイマスター

「うわっ!?」


 スッ、と近くの木の影からスメラギが帰還。気配や魔力反応を全く感じないスメラギの出現にレイモンドは素直に驚いた。


「お帰りなさい、スメラギ。ごめんね、大変な事を任せて」

「某はこれこそが存在意義! 誇らしき任務……主様の役に立てて光栄です!」

「ふふ。簡単に結論だけ教えてくれる?」

「ハッ! 我々は『遺跡都市』を去るべきです。本日中にでも」






「ヤマトはれんか……」

「毒、狙撃、奇襲。更に信頼関係を築こうにも何を考えてるのか解らないですね」


 『龍連』No.2の地真チシンは側近の睡蓮スイレンと共に情報ボードの壁を見ていた。

 『龍連ロンレン』陣営は『エンジェル教団』へ抗争を仕掛ける準備を前々から進めていた。

 彼らが行うのは、傭兵を雇って敵を煽る。可能であれば少しずつ戦力を削ぎつつ、相手の情報収集も平行して行う、と言ったモノ。

 遺跡都市は無法地帯。狙われる理由など星の数ほどある。前金を握らせ、殺せればさらに倍の金額を報酬として支払う。

 『龍連』が遺跡都市の勢力の一角として根付いている理由は武力は勿論だが、糸目をつけない金払いの良さにもあった。


「とにかく、今警戒する者は五人」


 特に警戒が必要な者は写真と共に目の前のボードに貼り出されていた。


 エンジェル教団『六人指導者』の一人、【光人】キング。

 キングの配下である【始まりの火】アマテラス。

 アマテラスの眷属である、ヤマト、スサノオ、カグラ。


 元々、警戒する者はキング一人だけだった。しかし……アマテラスとその眷属が来た事で一気に戦力比が傾いたのである。


「特にアマテラスとヤマトだ。コイツらを何とかしない限り、珠に触れるどころか拝む事も出来ん」


 チシンは比較的に別格の二人を重点的に調べていた。

 スサノオとカグラに関してはある程度の対策は練った。しかし、アマテラスとヤマトに関しては水面下で多くのアプローチを仕掛けているが、打開策は未だに掴めずにいる。

 相対しても止める事さえも出来ないだろう。


「どこか遠くへ誘き出すのはどうです? アマテラスは知らない物語を御執心だと聞きましたが」


 睡蓮スイレンは倒す方向ではなく珠を奪うまでの間、場から遠ざける事を提案する。


「いや、あの女は“願いを叶える珠”の近くが最良だと考えている。珠を中心に生まれる物語に御執心なのだろう」


 昨晩、ヤマトへ襲撃者を雇ったが全員返り討ちに合った。


「ナタクとワンリンを呼びますか?」

「いや……頭目に時間もない。面子はこのままで行く。それに完全に手詰まりと言うワケでもない」

「『ギリス』ですね」


 この遺跡都市に存在する三つ目の勢力『ギリス王国騎士団』は現在沈黙している。


「うまく奴らをこの抗争に乗せれば……アマテラスとヤマトの隙をつけるかもしれん」

「失礼しますよ、若」


 そこへ、糸目で長身のタオがやって来た。


「【千年公】が頭目の見舞いに来ました」

「立ち会う。スイレン、手段と金に糸目はつけなくて良い。『エンジェル教団』と『ギリス』の内情を探れ。些細な確執してもいい。何らかの火種が欲しい」

「はい」

「タオ、お前は馴染んだか・・・・・?」

「ふふ。だいぶ私とは相性が良いみたいでしてね。早く試してみたい所ですよ」


 ご機嫌なタオはウズウズしていた。賭けではあったが、予期せぬ戦力増加は『龍連』には追い風だった。


「ゼウスのあねさんに相談してみるか……」


 チシンはダメもとで、世界一の知恵者にアマテラスとヤマトの問題を話すに事した。

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