第219話 世界に羽ばたいておるわ!

「…………」


 クシの陽葬が終わった後、ディーヤは近くの小屋で振る舞われたココアを膝に抱えて座りながら俯いていた。


「……ディーヤよ。クシは大丈夫だぞ! あっちにはお前の両親にアシュカもいる! 寂しくは無い!」

「……まだ生きてたんダ」


 ディーヤが思い出すのはクシの最期だった。弟は確かに生きていた。背負ったとき自分の背中を掴んで必死に生きて帰ろうとしていた。


「ディーヤが間に合わなかった……ディーヤのせいダ」

「ディーヤ……」


 なんと声をかけて良いものかとスワラジャが、くっ……と涙目に拳を握っていると、


「ディーヤ、貴女はクシを救ったの」


 ネハはそっとディーヤに視線を合わせる様にしゃがむ。


「クシは一人で戦ってた。でも、ずっと辛かったハズよ。そこに貴女が来てくれた」

「……でも……ディーヤは……何も出来なかっタ」


 ひれ伏しなさい。

 笑いながら命を蹂躙するメアリーを思い出す。だが今は……あの時の様な怒りの感情は湧かなかった。


 心に残るのは悲壮感と無力感。

 ディーヤは【極光剣】……巫女様より『恩寵』を受けた『三陽士』。けど……それは本当に相応しいモノなのカ……?


「『恩寵』を……巫女様に返ス……」

「むぅ……」

「ディーヤ……」


 両親の死、義母アシュカの死、クシの死。

 ディーヤは己の中にあるハズの“戦う意思”を何も感じられなかった。







 問題は山積みだが、最低限の道筋が見えているのが救いだ。

 オレは『宮殿』から対岸へ向かう船を待っている間、少し状況を整理する。


 【夜王】の実力は良くても『剣王会』の一席クラス。オレとクロエでかかっても勝てない相手じゃない。だが、やはり問題は“不死”だ。

 夜の侵攻が進めば進む程、奴のストックは多くなる。今は、驚異となる『太陽の民』に狙いを絞っている故に『ナイトパレス』だけで済んでいる・・・・・が、ここを抜かれたら本当に全てが支配されるだろう。


「ったく……本当に勘弁しろよな」


 『死の国』の時は能力を制限無く使えたが、ここは間違っても『遺跡内部』。『シャドウゴースト』が出現する懸念から全力を出せない縛りがキツイ。

 脱出の目処が立っていない状況で『シャドウゴースト』が現れたら“詰み”だ。

 カイルにはいつも以上に『霊剣ガラット』を使わない様に徹底させてる。故に今回の作戦ではその選択肢は無いモノとして考える必要がある。


「あ、おじさーん」

「船待ち?」

「ん? おう、お前らも帰りか?」


 プリヤとチトラが寄ってくる。ヴェーダってヤツへの報告は終わったみたいだな。


「アタシは遠征任務で溜まってるから一発ヤッてから休む」

「グリフォンの世話。ある」

「ご苦労さんだな」


 『太陽の里』では上空にグリフォンを利用して滑空する者や、手紙を運んでいる様子が絶えず確認できる。

 崖に囲まれている関係上、空路はかなり重宝している様だ。


「おじさん、怪我大丈夫? じんわり血が滲んでるけど」

「痛みは止めてる。流石に落ち着いた場所を見つけて治療するさ」

「【水面剣士】に斬られたんだよね?」

「後、ゼフィラ様にも」

「加減を知らねぇ女の相手は苦労するんだ。お前らは男に優しくしてやれよ」


 戦いにくい相手ばかりで、余計な傷ばっかり増えやがるぜ。


「あはは」

「了解」


 プリヤは少しオープン過ぎるが、その分他人との距離感は分かるだろう。

 チトラは寡黙な分、真面目に物事を判断出来そうだな。


「おじさん。『戦士長』ってやっぱり、死んじゃったのかな?」

「…………」


 そんな二人は曇った表情で聞いてくる。やれやれ……


「それはシヴァと話して一時間も無いオレよりも、お前らの方が解ってるんじゃないか?」

「…………だよね」

「『戦士長』より強い戦士。居ない」


 少しだけ明るさが戻ったが、根本的な解決には至らない。

 『星の探索者』でマスターを誰もが頼りにする様に、リーダーってのは精神的な支柱でもある。先の見えない状況下では更に強く求めるだろう。


「アイツは言ってたぜ。『太陽の民』が危機に陥った時、“虹光”が現れるってな」

「あー、そうなんだ」


 ん? プリヤの反応が薄いな。


「虹光を発生させる『太陽の戦士』。おとぎ話」

「そうなのか?」

「『宮殿』に“虹光”はあるけど、アレって攻撃能力は一切無いんだよね。死んだヒトの軌跡が還る場所だからさ」

「『戦士長』ロマンチスト」


 あらら。オレとしては深い意味がある発言かと思ってたが、シヴァのヤツも夢見る大人だったって事か。


「おじさん。泊まるトコ決めてるの?」

「いいや。その前にオレの面子と合流する」


 魔力反応を辿ればカイル達の場所はわかる。


「服を買いに行ってるなら、多分……千華さんに捕まってるじゃないかな」

「千華?」


 どっかで聞いた名前だな……どこだったか……


「千華さん『太陽の民』の服作ってる。戦士の服は皆、千華さんの作品」

「ほー」


 『太陽の戦士』は国に置き換えると正規兵士の様なモノだ。その衣服を任されていると言う事は、相当な信頼と腕前があるのだろう。あっ、


“ばっはは! ジパングの和服は全て『千年華』による製造が主! 耐久性と動きやすさを考慮し、軽い素材を調和させる裁縫技術を確立したのは千華の所業! “眷属”に誘ったが断られてな! あやつは今頃、世界に羽ばたいておるわ! ばっはは!”

“俺の服も魔力に応じて精霊化する様に作ってくれてよ。やべー女だったぜ”

“ジパングでは『千年華』以外の服は誰も着ないわ”

“カグ、ラは知、らない。でも、同族、会ってみ、たい”

“…………眷属になる前、世話になった事がある”


 【始まりの火】の眷属がこぞって評価していた『土蜘蛛』の女らしい。あのヤマトが人間だった頃に世話になった人物って……『妖魔族』の寿命ってどうなってんだ?


「おじさん、その様子だと千華さんと知り合いだったりする?」

「千華さん。謎多い人。服に厳しい」


 本人確定か……だが、これは思わぬ収穫だ。

 千華が外から来たのであれば、ここから脱出する手がかりを得られるかもしれん。

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