第220話 金貨500よ

「うーん……」

『だ、大丈夫ですか? レイモンドさん』

「まだ頭がクラクラする……」


 『千年華』の店内で椅子を集めて簡易ベッドにした上でレイモンドは顔にタオルを乗せてダウンしていた。リースが心配そうに声をかけながら、パタパタと飛ぶ。


「レイモンド、鍛え方が足りねぇぞ!」

『カイル……』


 カイルはインナーとパンツ姿で腰に手を当て告げた。レイモンドがダウンした原因が体力不足だと思っているらしい。


「遠征の疲れと重なったみたいね。鼻血は止まったからちゃんとご飯を食べて休みなさい。カイル、こっちに来て」

「おう!」


 千華の手招きにカイルは修復によりデザインが少し変わった自身の服を見る。


「修繕に加えて腹部と腰回りに布地を足したわ。着心地を確認したいから一度着てみて頂戴」

「よっしゃー」


 試着。前よりもフィットし、動いても違和感は無い。


「すげー、前よりも軽く感じる……後、パンツ丸出しじゃない!」

「後、これを履きなさい」

「あ! れぎるす! じゃない? なんか短いな」

「ショートスパッツって言うのよ。貴女、動き回ると普通にパンツ見えてたから、今後はコレを履きなさい」


 ショートスパッツ装備。


「なんか違和感ある……」

「慣れれば気にならないわ。加護を重ねてあるから全く無意味ってワケじゃない。履き続けなさい」

「わかった。ありがとう!」

「よろしい」


 カイルのお礼に千華も満足した様に微笑む。


「レイモンド、貴方の服も終わってるわ。そろそろ起きて着な――」


 と、千華は不意に言葉を停止すると視線を店の入り口に向けた。服と巣の両方に集中力を割く事は殆んど無いので、ここまでの接近に気づかなかったのだ。

 レイモンドは魔力反応から顔のタオルを取り身体を起こす。

 カイルとリースは“?”と頭に疑問詞を浮かべた。


「レイモンド、彼かしら?」

「はい」


 すると、扉にノックの音が響く。


『すみませーん。ここに『人族』の女の子と『兎族』の青年と、しゃべる『結晶蝶』来てますかー?』

「あ、おっさんだ!」






「ほー、悪くないな」

「だろ? 動きやすさも変わらないぜ! でも少しだけ、スパッツはごわごわする……」


 修復されたカイルの服は、デザインをそのまま残しつつ少し厚みが増えて加護が強まっている。下はスパッツを履いてパンチラ対策も完璧だ。

 流石って所か。


「おっさん。俺わかっちまったんだ……『共感覚ユニゾン』も『霊剣ガラット』が抜けないのも服のせいだったんだよ!」


 オレはレイモンドに服を着させながら調整している千華を見ているとカイルがそんなことを言ってきた。


「……レイモンドー、リース。カイルはどうしちゃったんだー?」

「前からこんな感じじゃないですか?」

『あはは……』

「今なら抜ける気がする!」

「店内では止めとけ」


 これで良いわよ、レイモンド。とあちらの作業も終わった様子だ。


「カイル、レイモンド、リース。里で滞在する宿を押さえて来てくれるか?」

「わかった!」

『少し散策もしてみたいね』

「あ、僕は……外にはちょと……」

「レイモンド、この外套を着て行きなさい。軽い『認識障害』がかかってるから、取らない限りは周りに気づかれないわ」


 千華もオレの意図を察したのかレイモンドにも外へ行くように促す。何があったのやら。


「里に明るくないカイルとリースだけじゃ不安だから、レイモンドも一緒に行ってくれるか?」

「確かに……見張りは必要ですね」

「早く行こうぜ、レイモンド! この服で動き回りたい!」

『行きましょう』


 と、大型犬を散歩に行くかの如く、リースを肩に乗せたカイルに引っ張られてレイモンドも店を後にした。


「あんたが千華だな?」


 オレは広げた道具を丁寧に仕舞う千華に問う。『始まりの火』の眷属たちが絶賛していた『土蜘蛛』の女。種族的にも相当な情報網を敷いているだろう。

 故にオレの動向はここまで読まれていた可能性が高い。会話の主導権は渡せねぇな。


「その質問に答える前に服を脱ぎなさい」

「……それは意味があるのか?」

「あるわ。破れた服を見てると修繕しないと気が済まないの。後、怪我もしてるでしょ? そっちも縫ってあげるわ」


 怪我はついでかよ。

 千華は椅子を持ってきてオレに向けると、座りなさい、と手をかざす。取りあえずは従うか。





「貴方達、外から来たのね」


 パンいちまでひん剥かれたオレは散髪でじっとするかのように椅子に座って手の届かない位置の傷を縫って貰っていた。

 流石は裁縫のプロ。針の刺さる痛みが全く感じない。


「ここでの“外”ってのは『遺跡』の外で良いのか?」

「ええ」


 傷を縫い終わった千華は次にハンガーにかけたオレの服へ視線を向ける。そっちの方が本命のようで顎に手を当てて真剣に観察していた。


「あんたの事は昔、ジュウゾウの爺さんから聞いた」


 その言葉にピクリと反応する。


「そう。ジュウゾウ様は元気?」

「ああ。スサノオもナギサもヤマトもな。カグラは……面識ないだろ?」

「ええ。『土蜘蛛』は私とその子で最後って事も聞いたわ」


 レイモンドと先に会ってたみたいだし、その辺りの事情は聞いているか。


「ハクは? 彼は今でも多くを救ってるでしょ?」

「ハク? 誰の事だ?」

「“眷属”【宵宮の医師】白士はくしよ。皆から、ハク先生って言われてない?」

「いや、オレがジパングに行ったときは――」


 ふと、オレはジュウゾウ爺さんの昔話を思い出す。

 『土蜘蛛』の首魁が起こした百鬼夜行。そのキッカケとなったのは“眷属”の一人を討った事だった、と。


「多分、死んでる。推測するに――」

「『土蜘蛛』に殺されたのよね?」


 千華は服を見ながら答えを口にした。


「彼は『妖魔族』ともわかり会えると信じてた。よく、大森林に行っては『妖魔族』を治療してたから。思想が綺麗すぎたのね」

「『始まりの火』の眷属は全員が歴戦の猛者だと聞いているが」

「ハクは別。彼は無式様を治療する為に“眷属”になったの。元はただの町医者なのよ?」


 千華の口調は少し懐かしむ様だった。同時に悲しさも感じられる。


「それで『土蜘蛛』はヤマトに斬られたのね」

「レイモンドから聞いたのか?」

「推測よ。昔から『土蜘蛛』には過激な思想が根付いていたから。頭目は【大妖怪】気取りだったし」


 『土蜘蛛』の全滅に関しては、当然だと受け入れている様子だ。ある程度、千華の性格がわかってきた。

 血筋よりも、繋いだ関係を重視する。良くも悪くも利害よりも信頼関係で動くタイプか。


「ふむ。500ね」

「何がだ?」

「服の修繕費、金貨500よ」


 千華はオレの服を見つつ、とんでもない事を口にした。


「ほあ?」


 オレの口からはそんなマヌケな声しか出なかった。

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