第154話 運命にスタイリッシュされてやがる
「うわぁぁぁ!!?」
『ひゃぁぁぁぁ!!』
ローハンの後ろを走っていたカイルは唐突に横から発生した海壁に飲み込まれて、流れるままに違う地点に吐き出された。
「うぇぇ……ゲッホッ! 海水飲んじまった……」
『びしょびょです……』
むせるカイルと羽がしおらしくなるリースは呼吸を整えると立ち上がる。
「ケッホ……リース大丈夫か?」
『だ、大丈夫です。飛べます』
カイルはパタパタと飛ぶリースに、いつでも肩に乗って良いからな、と告げ、改めて状況を見渡す。
「ヤベ……おっさんとはぐれた」
『海底迷宮』に降りてくる時に大まかに全体を見たが、視界に収まり切らない程に広大だったと朧気に覚えている。
『カイルはローハンさんと合流する方法とかあります?』
「ない! いやー、いつも見つけてくれるのはおっさんの方ばっかりだったからさー」
『ええ!? 魔力の感知とかで探れないんですか?』
「そう言うのは苦手なんだ。大丈夫! 先に進めば合流できる!」
『その根拠は?』
「ない! でも、おっさんは絶対に『さーぶれーど』の所に来るハズだ。先に見つけて待ってようぜ!」
カイルの発言は理論的には何一つ安心できる要素はないが、不思議とその通りにすれば何とかなる用な雰囲気を感じさせた。
「大丈夫だって! リースはちゃんと俺が護ってやるよ! よし、行くぞ!」
『はい。…………カイル! そっちは!』
「ん? おわっ!?」
リースに言われてカイルが足を止めると、その勢いに押された砂が、サラッ……と海底渓谷の底へ落ちていく。
「危っぶねぇ……サンキュー。リース」
それは、地の底の更に奥。対岸までは十メートル程の幅があり、光の届かない底は冷ややかな空気が漂い出ている。更に蠢くナニかが落ちてくるモノを待ちわびている不気味な雰囲気が感じられた。
『海底渓谷は落ちたら最後。『海人』でない限り脱出は不可能です』
「やべー……」
カイルとリースは丁寧に覗き込むと、降る選択肢は無しとした。
『迂回しましょう。流石にこの幅は越えられません』
「そうだ――」
な。と同意しようとしたカイルは、ふと対岸の向こう側に“気配”を感じた。
『カイル?』
「リース、多分……あっちに『さーぶれーど』があるぞ!」
『ええ!?』
海底渓谷の向こう側に対して確信のある様子でカイルが告げる。
『解るんですか!?』
「おう! いや……って言うか、本当に何となくなんだけどさ。間違いなく、誰かを待ってる感じがする!」
「あらあら。残念」
リースと話していたカイルは背後からそんな声を聞いて後ろを振り返った瞬間、とんっ、と押された。
「あれ?」
『え?』
振り返ると、バイバーイ、と『人魚』が笑顔で手を降っていた。視界が降下する。
「うぁぁぁぁ!!?」
『カイルー!!』
そんな雄叫びと共にカイルは背中から海底渓谷へと落ちて行った。
「はい、終わり」
「ケッケッケ、セレン。スタイリッシュじゃねぇな!」
『人魚』のセレンは、下半身の半魚を人の足に変化させ、陸上でも活動出来る様にしている。耳のヒレだけが『人魚』としての特徴を残していた。セレンは肩をすくめて言い返す。
「アンタの言うスタイリッシュって毎回意味が解らないわよ、タルク」
タルクは『海人』であり、ハワイやウェーブよりは体格は一回り小さいが、筋肉質な身体は常人を遥かに越える筋力を持ち合わせる。
「“英傑”アーサー・ペルギウスの生き様の一つだぜ?」
水中パフォーマーの職業に就くタルクは日々の行動を常にエンタメとして意識している。
「あのアーサー・ペルギウスの公演を見た時にビビっと来たのさ。スタイリッシュ。それは俺の生き方になるってな♪」
「楽しそうで良いわね」
セレンとタルクは、海底渓谷に踵を返すとウェーブの援護に行こうとして――
『酷いです!』
目の前にリースがパタパタしていた。
「うわ……なによ、コレ」
「スタイリッシュじゃねぇな」
『なんて酷いことをするんですか! カイルを……突き落とすなんて!』
「ちょっと、なになに。なんで『結晶蝶』が喋ってんのよ!?」
「絡まれてるなぁ。スタイリッシュじゃねぇ」
『酷いっ! 酷いです!』
リースは悲しみと怒りのままにセレンに体当たりする。しかし、ペシっ、と弾かれて、あうっ! と地面に落ちた。
「『シーアーサーブレード』なんて求めるからこうなるのよ」
「『結晶蝶』の嬢ちゃんよ。スタイリッシュに生きな」
『うぅ……』
何も出来ない自分にリースに無力感と悲しみが包んだ。その時、
“うおおおおおおおお――――”
「ん?」
「スタイリッシュ?」
『え?』
三人が背後を振り返ると、海底渓谷から、ドドドドドッ! と打ち上がる音と共に、ボバッ! とカイルが飛び出した。
彼女は下から噴き出す『深海鯨』の“波噴き”に巻き込まれて上まで押し返されたのである。
「あっはっは! 何だこれ!」
本来なら海流を作る『深海鯨』は、希に“海割れ”によって海水が減った空間に波を噴き出す。それは、100年に一度あるか無いかのタイミングで、『海底協会』でも観測したのは過去に数回だけだ。
そのままカイルは、ぽーんと対岸に打ち上げられると“波噴き”は少しずつ海底渓谷へと下がっていく。
「助かったぜ! サンキューな!」
カイルは聞こえているか解らないにも関わらず、海底渓谷の奥にいる『深海鯨』へお礼を叫んだ。
サンキューな……サンキューな……サンキューな……とその声は海底渓谷に反響して行った。
「こんなの予測不能よ」
「運命にスタイリッシュされてやがる」
セレン達からすれば、カイルを意図せず対岸へ渡してしまった事はかなり焦る状況である。あの女は『シーアーサーブレード』を何らかの方法で検知している。
ソレを阻止しようにも自分達でさえ海底渓谷は回り込むには時間がかかるのだ。
しかし、カイルは、
「あ! お前! よくも落としてくれたな!」
対岸にいるセレンを見つけると助走。身体強化を駆使して跳躍し、幅十メートルを易々と越えると、セレン達を飛び越えて着地。ずざぁぁぁ、と滑って停止すると振り返り、
「ぶっ飛ばす!」
不適に笑って、手の平と拳をパンッ! と打ち付けた。
「……コイツ、バカ?」
「ケッケッケッ。中々のスタイリッシャーじゃねぇかよ♪」
そんなカイルの様子にセレンは呆れ、タルクは気に入った様に笑った。
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