第159話 ふざけた小娘め……

 小さい頃は何も考えず、アイツらと夢を見ていた。


「おれ達が『シーアーサーブレード』を手に入れるぞ!」


 私とアイツらとの出会いは、クソみたいな両親の言い争いから逃げる様に『海底迷宮』で泣いていた所をハワイとウェーブに遭遇した事が始まりだった。


 ハワイを中心に集まったメンツは誰もが同じ夢を同じ方向に見ていたのだ。

 それは楽しい日々だった。けど、五人の中で一番最初に、夢から覚めたのは私だったと思う。


 両親の都合で私は集落から去る事になり、ハワイ達とは離れ離れになった時期がある。

 その後も散々だった。元々仲の悪かった両親は遂に破局。私は母に引き取られたが母も男遊びを繰り返して私は放置された。

 『人魚』として美人な容姿や声を売る母に男どもは媚びを売り、父と別れた母は制限無く遊び回っていた。

 たまに男を連れて帰ってくる母は適当な金貨を渡して、私に家から出ていく様に告げる。母としては子供が要ることは腕を組む男には悟られたくないらしい。


 そんな環境下で私は誰からも諭される事はなく、導かれる事もなく、母親の庇護下にある事を決別する為に何も言わずに家を出た。どうせ気にしない。

 『人魚』が足を変異させる事は歳を重ねれば自然に出来る。私は母親から貰った数枚の金貨を握りしめて陸へ上がる。

 『人魚』として美麗な容姿だった私にも、言い寄ってくる男は居た。しかし、母の醜い生活を常に見ていた私はソレを全て突っぱね、それでもしつこいヤツにはぶん殴って追い返した。


 『人魚』は『音魔法』を歌声として放つ。

 それは洗練されればされる程、他を魅了し、中には海獣を魅了する『人魚』もいる程だ。

 私も昔は良く歌ってた。アイツらが喜んで褒めてくれるのが嬉しかったから。けど、もうそんな機会は無くなって、私の声は相手を罵るか、罵声を浴びせるモノとして機能していく。


「いやー、君がセレンか。噂は聞いてるよ。あ、殴る前に私の話だけでも聞いてくれないか? 私は君みたいな人材を探していてね」


 話しかけてきた『海人』の男は格闘団体へのスカウトだった。しかし、それは公式ではなく非公式の賭け試合である。


「女性の部門で色々な種族を集めている。君は『人魚』だが、陸でも十分に強いと聞いている。是非検討してくれないか? 無論、ファイトマネーは君が盗みやカツアゲする十倍は約束しよう」


 私が誰かを殴る行為は世界に対する否定だった。

 過去に笑ったのはアイツらと一緒に居たときだけ。“海割れ”が起こったと言うニュースは聞くもアイツらに会いに行く気も起きなかった。

 『シーアーサーブレード』。現実に生きる私からすれば本当に子供騙しだと思えたから。そんなモノを追い求めても現実は変わらない。そう、ナニも変わらないのだと――


「あ? お前……まさかセレンか?」


 格闘団体に入ってから数年後。

 選手として板についてきた時、次の対戦相手の試合を立ち見していた私に筋骨粒々の『海人』が話しかけてきた。


「……ウェーブ?」


 体格は変わっても目付きだけは変わらない彼の事はすぐに解った。

 聞くと、彼も選手であるらしく階級は男部門の無差別級。基本的に女と男は分かれているので今まで接触する事はなかった。


「急に消えたから全員で探してたんだ。まぁ、ボーゲンとタルクは個々でやることがあって、自由に動いたのは俺とハワイだったけどな。そんで、お前の父親を見つけて、半分ボコって母親の場所を吐かせた。そっちにも行ったがお前の姿は完全に不明でよ」

「私を……探したの?」

「あ? そりゃそうだろ。『シーアーサーブレード』を語り合った仲じゃねぇか」


 イカつくなった見た目や、乱暴な口調に拍車がかかっても、目の前にいる友人は昔と変わらず“夢”を語っていた。


「……皆は元気?」


 私は久しぶりに笑った。

 ウェーブを通じて、皆と再会して、どの様な生い立ちをしてきたのかを語り合った。

 皆は自分の事のように同情してくれて、ボーゲンとタルクは母を糾弾しに行くとまで言い出したが、ウェーブにほっとけ、と言われて溜飲を抑えた。

 そしてハワイは、


「セレンも戻って益々磐石だな! これで今年こそは『シーアーサーブレード』を手に入れるぞ!」


 何も変わらず昔のように“夢”を語る。それがとても眩しくて心地よくて、皆と一緒にいれる場に戻って来られた事は何よりも嬉しかった。


 しかし、その果てには――絶望があった。






 私は『人族』の小娘ガキの顎を打ち上げる。


 『シーアーサーブレード』。求めるべきではない。ソレを知るべきではない。そして……ソレを――


 ハワイが知ってはならない。


「――ハハ」

「……こいつ」


 カチ上げの拳から伝わるインパクトが軽い。この小娘……咄嗟に顔を上に反らしてアッパーをスカしたか。

 同時に、ミシ……と私の脇腹に鈍痛。小娘の膝がめり込んでいた。いつの間に……! 距離を取る。


「待てよ!」


 追いかけてくる小娘の顔を蹴りで合わせる。しかし、小娘は肘を挟んでソレをガード。更に踏み込んで来ると顔面狙いの拳が迫って――


「それ、見えて無いと思ってる?」


 私は足下の水を操り、小娘と身を入れ変わる様に身を翻すと、


「さようなら」


 その脛椎に『音界波動』を乗せた肘打ちを叩き込んだ。


「かはっ……」


 うつ伏せで小娘は倒れる。終わりだ。脛椎は確実に破壊した。


「痛ってぇ……」

「!」


 しかし、小娘は首を抑えながら立ち上がる。どういう事だ? 確かに攻撃は当たった――


「……」

「おっと!」


 『水刃』を放つが、小娘は反応して避けた。更に無数飛来させるが、よっ、ほっ、とっ、とまるでどこから飛んでくるのか解っている可能のようにかわす。

 私の質の低い『水刃』では捉えられないか。


「スゲーな、お前。こっちの攻撃は当たらないのに……そっちはメチャクチャ当ててくるじゃん!」

「どーも」


 やはり、頼れるのは拳。水着に加護は無い。となれば……あのシャツか。


「けど、ソーナよりは痛くないぜ!!」


 小娘が意気揚々と踏み込んでくる。私は僅かな海水を手に掬うと、小娘に投げた。


「『小雨刃』」

「!?」


 それは、『水刃』の応用。大きく切り裂く刃ではなく、無数の雫を刃として広範囲に放つ。小娘は顔を護るように腕で覆いつつ、『小雨刃』を受けて腕に無数の切り傷を受けつつも突破してくる。


「効かねぇ!」

「いや、終わりよ」


 小娘のシャツはズタズタ。加護は消えたと見て良いだろう。私は拳を構え『音界波動』を纏うと、間合いに入った小娘の顔面をフックで抉る。


「ぶふっ!?」

「死ね」


 怯んだ所へラッシュを叩き込む。顔、腹、脇腹、そして、アッパーで身体を起こさせると、胸骨の奥にある心臓へ『音界波動』を叩き込む――


「ど! りゃ!!」


 バキンッ!


「――――お前……」


 バカだ……こいつ! 胸骨を狙った私の拳に頭突きを合わせて来やがった!?

 バキンッ、と生々しく拳が折れた音と痛みを感じる。いや……そもそも――


「『音界波動』を何発も貰って何でまだ生きている!?」

「知らね! 俺の気合いがオマエよりも上なんだろ!」


 真下に沈むように踏み込んだ小娘が、全身を使って飛び上がり、アッパーを放ってくる。ソレはこちらが呼吸をしたタイミングの絶妙な硬直を狙って――


「ッ!!」


 狙っていたが、何とか身を後ろへ動かして鼻先を掠めるに留める。

 避けた……そんは大振りを晒して、これで終わ――


 と、飛び上がった際に折り曲げていた小娘の膝が勢いのままに時間差で私の下顎をカチあげた。

 ぐわん、ぐわんと視界が揺れる。その膝には『音界波動』が乗っていた――


「かはっ……」


 コイツ……まさか、私の攻撃を受ける瞬間だけ……『音界波動』で相殺をしていたのか……?


「あんた……も使えた……のね」

「? 何をだ?」


 自覚……無し。クソ……ふざけた小娘め……

 まともに『音界波動』の乗った膝を受けて脳を揺らされた私は仰向けに倒れながら薄れて行く。


 皆……ごめん、『シーアーサーブレード』を護れなかった――

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