第160話 全力で潰す!!

「ふぅ……ふぅ……勝った!」


 セレンが気を失った様を確認したカイルは、そう叫ぶと身体の力が抜けてその場に胡座を掻くように座り込んだ。


『カイル! 大丈夫!?』

「平気平気。『さーぶれーど』の所に行こ――」


 と、立ち上がろうとしたカイルはフラついて近くの岩にもたれかかる。視界が乱れ、足下がおぼつかない。


『少し休んでて。私が周りを警戒しておくから』

「はは。そうだな……しばらく頼むぜ」


 カイルは足を伸ばしてその場に座り込むとリースは、ぱたぱたと警戒へ。

 流石にダメージを貰いすぎたなぁ……いつもは剣ですぐに切り捨てるから間合いの近い素手の戦いはもう少し動きを考えないと。よし! 後でおっさんに相談してみよ。


「おっさんはどうしてるかなぁ」


 先に『さーぶれど』を見つけたら褒めてくれっかな?






 これで決める!

 オレは意識の逸れたウェーブへ距離を詰めた。

 コイツは『甲牙』を警戒している。ソレをブラフに混ぜて状況を組み立てる!

 『音破』を乗せた右フックがウェーブの顔面を刈る。しかし、


「――――」


 頬にめり込んだオレの腕を掴み、ギロと睨んできた。効いてねぇな。オレは『音破』を乗せた掌打をウェーブの胴体へ放ち、ヤツの体内を揺らすと手を離させる。

 怯んだな。オレは低くなったウェーブの頭へ蹴りを放つ――


「『音界波動“重装破”』」


 ウェーブが自らの巨体に『音魔法』を纏うと体当たりをぶちかましてきた。


「ぐ……ごほぁ……」


 防御を無視する一撃にオレは吹き飛ばされて跳ねる。やっぱり……『音魔法』に関しては『海人』に軍配が上がるか……


 『音界波動』は『音魔法』における特異点の一つ。音を武器や鎧に変える事を標準とするその魔法は攻防一体として機能する高性能な代物だ。

 しかし、本来なら己にも影響を及ぼす為に種族として適した『海人』や『人魚』以外では鍛練する事も難しい。

 クロエでさえも、聴覚や三半規管に支障を来すと言う理由から『音界波動』だけは深めようとしなかった。代わりにアイツは『音界一刀』を使って、一定範囲の音を消す事で対策しているが。


「休んでる暇ねぇぞ」

「忠告ありがとよ!」


 ウェーブのラッシュ。ソレをオレは転がりながら避け、立ち上がり距離を取った所に放たれた『水刃』を『水刃』にて相殺する。


「『水魔法』も使えたか」

「オレはオールマイティーなんでね」


 余裕を装い返答するが、こちらの情報がどんどん透けるのはマズイ。

 『水刃』は一応搦め手の一つにしたかったが、ウェーブのヤツは常に『音界波動』を纏って即死対策をしている。

 さっきの『甲牙』を警戒しての事だろうが……アレじゃ身体に水を這わして斬る、ゼロ距離『水刃』も機能しない。

 いよいよ、使える手札が尽きて――


「ぼけっとすんなよ」

「!」


 ウェーブは足の裏に薄い『水域』を作り、間合いを半歩多く動いて、目の前に居た。

 その動きを呼吸の様に行使してくる為に対応が遅れる。そして『音界波動』を纏った拳のラッシュ。オレは『音破』で受けつつ相殺を図るが出力を上げてやがる。徐々に骨や内臓が軋む。

 やべぇ……このままじゃ、流石に――


 防衛本能から己の内から、ざわっと【オールデットワン】が湧き出ようとする。違う……まだ出てくんな。お前の出番は――


 その時、ガッ、とウェーブがオレの肩を掴むと、更に足首を固定する様に『水魔法』で拘束された。


「全力で潰す!!」


 空いた拳に『音界波動』を纏い、渾身の力で握りしめ、全力のフィニッシュブローを放って来る――






 最初は“小粒”だった。

 陸の奴らは皆そうさ。地面に足がつく場所ではイキっていても、水の中だとまともに動けやしねぇ。

 稀に水中でもそれなりに出来るヤツは現れるが、『海人』に置き換えると所詮は中級者クラス。敵じゃなかった。

 だから、俺が陸の土俵に挙がってやっている。そうじゃないとお前らとは勝負にならない。故に“小粒”なのだ。


 だが、目の前の『人族』は違う。コイツは相手が誰であっても負ける事なんて微塵も考えてない。

 それは、界隈を知らない故の無知ではなく、あらゆる場所を経験した上での自信だと対峙して解った。

 『音魔法』に『水魔法』。そして、俺の魔法を付与した攻撃をそのまま返してくるカウンター。経験則から他にもまだ、搦め手を持ってやがる。

 故にここで決める。多くの手札を持ってても使えなきゃ持っていないのと同じだ。

 俺はヤツの肩を掴み、逃げられない様に『水魔法』で足下も固定。

 侮りは捨てる。僅かな隙も見せない。コイツは――


「全力で潰す!!」


 『音界波動』を纏った渾身のコイツで終わりだ!!






 その技には二体の『神獣』が宿る。

 【白虎】にて、敵の攻撃を流すと同時に【オールデットワン】と成った身体に“威力”を通す事で、受けた事象をそのまま【玄武】を加えた威力を持ってして敵へと返す。

 『反射』が“1”を“1”で返すのならば、その技は“1”を“1+己の攻撃力”として返す――


「――――」


 とん……とウェーブの拳はローハンの胸に添えられた。

 完全にフィニッシュブローのタイミングを捉えたローハンであったが、ソレを読んでいたウェーブは威力を完全に殺した拳を、とん、と密着させたのだ。


 パチチ……と電位がウェーブより湧き出る。


 ローハンは予想を外されたが、ウェーブにはこの距離でも相手を仕留める技を持っていた。


「『音界波動“雷震拳”』」


 ソレは生まれつき電位器官を持つウェーブの奥の手。

 『音魔法』と『雷魔法』を複合させる事で停止状態から即座にMAXの速度でMAXの威力の拳を打ち抜く事を可能とする。

 ゼロ距離故に、防げず、躱せず、確殺のまさに必殺技――


 ウェーブから生まれた電位が落雷の事き閃光を放ち、ローハンの身体が拳に貫かれた。






 『桜の技』において、唯一【白虎】と【玄武】の特性を合わせ持ち。

 堅牢な【玄武】の“甲羅”が受けた攻撃を【白虎】の“戦牙”が如き攻撃を返すその技の名は――


 “40点だよ。ローハン”


 【双神技】『甲牙』と呼ばれた。






「ハァ……ハァ……ハァ……」


 オレは呼吸を整える様にぶっ飛ばしたウェーブを見ていた。

 『甲牙』をウェーブに切り札に合わせて完璧に返した。ヤツは今、モロに“自分のフィニッシュ+オレの攻撃力”を受けて吹き飛び、ダウンしている。


 危ねぇ……コイツ……『雷魔法』を隠してやがった。

 『甲牙』は確かにカウンターだ。しかし、その本質は型に囚われないことにある。

 技の完成度は使い手の“質”に直結するが、それ故に、知っていても対策は取りづらいのだ。


 フェイントかけ、まだ見せてない切り札で仕留めに来たウェーブの動きは間違いなく最適解だっただろう。

 しかし、経験ではオレが勝った。

 胸に放たれた一撃を流し、崩拳を打ち込む形でウェーブに威力を返したのだ。


 拳を停止した状態から威力も速度もMAXで放つあの技……確かファングの爺さんの【絶技】の一つだ。

 前に経験してて・・・・・良かったぜ。初見なら間違いなく殺られていた。


「ハァ……ハァ……」


 魔法の制限があったとは言え、やっぱり『海人』の土俵で戦うモンじゃねぇな。

 ユキミ先輩から40点のダメ出しもされたし。


「じゃあな、ウェーブ」


 オレは完全に沈黙したウェーブに踵を返すとカイルの魔力を探り、合流へ向かった。

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