第222話 貴女は戦士ではない

 バサッ、と『太陽の里』上空を『グリフォン』が飛ぶ。

 大人であれば専用の器具を使って下に掴まる形で空路を移動するのだが、小柄なディーヤなら『グリフォン』の上に跨がっても十分な飛行能力を発揮できるのでそのまま『宮殿』へ。


「…………」


 還ってきた里は何も変わらずに平和な様が見える。これは、多くの戦士や巫女様が望む里の姿だ。

 この様を維持できる事を戦士として誇りに思わなくてはならない。


「…………魂は太陽へ還ル……戦士は『ヴァルハラ』へ……カ」


 死者がどこへ行くのか? アシュカの授業で習った事を思い返しつつ、近づく虹色の柱が自然と目に入った。

 虹色の柱へ導かれる様に『宮殿』の降り場へ近づくと、『グリフォン』は翼を広げて速度を落とし、更に一度羽ばたいて滞空減速すると丁寧に着地する。


「ありがとウ、ライヤ」

「ココル」


 ライヤはスワラジャとネハが飼う『グリフォン』である。本来なら伝令に使うのが主だが、二人がディーヤが『宮殿』に向かうために出してあげたのだ。

 ディーヤは降りてライヤの頭を撫でてあげると更に頭を擦り寄せてくる。


「あはハ。ありがとウ」


 少しだけ暗い気持ちが薄れた所で、


「ディーヤ」


 名前を呼びながら歩み寄ってくるゼフィラの足音へ視線を向ける。


「ゼフィラ様――」


 ライヤーから離れ前に出ると目の前で止まったゼフィラの裏手で頬を叩かれた。パン、と短く響く音に、往来する作業員達は思わず注目する。


「お前は“なん”だ?」

「……『三陽士』【極光剣】……でス」

「そうだ。『太陽の戦士』の中でも巫女様の『恩寵』に認められし“戦士”だ」

「…………」

「私を見ろ」


 眼を伏せていたディーヤは少し震えながらゼフィラを見上げる。


「お前一人の行動で【極光波】が死んで・・・いる。この意味を理解できるな?」

「…………家族を助けたかったんでス」

「『恩寵』に選ばれ、受け入れたのならば己を律しなければならない。『三陽士』は『太陽の民』に対して常に背を向ける存在なのだ。横に並び立つ者は同じ『三陽士』のみ」

「……ディーヤハ……」

「もう、私の前で何も語るな。ついて来い。言いたい事は巫女様の前で全て話せ」


 そう言って背を向けて歩き出すゼフィラの後にディーヤは無言で続いた。






「ローハンの作戦ですがね。俺は一から十まで信頼するには危険すぎると思うんスよ」


 シルバームはローハンが去った後、ソニラの正面に座って例の作戦に関しての状況を全体から俯瞰し、発言する。


「俺は『ロイヤルガード』と【水面剣士】の実力を直に見ましたけどね。【水面剣士】に関してはシヴァと互角かそれ以上です。それでいて、底をまだ出していなかった」

「里へ来た時もそうだったわ。建物の被害は凄まじかったけれど、人的被害はゼロだった」


 クロエが『太陽の里』を襲撃した時、なりふり構わず殺して進む方が楽だったハズだ。

 【水面剣士】に対する情報をこちらは一切持ってなかったとは言え……【極光壁】と【極光剣】の二人を相手にしつつ全てを不殺に留めたのだから、その実力は自然と知れ渡っている。


「まぁ、おかげで『戦士』達には活が入ったワケなんですけどね」


 クロエの襲撃により力不足を感じた『太陽の戦士』達は今まで以上に鍛練の質を上げている。


「何人かは『極光の手甲』を習得できるラインまで上がって来てます」

「指南はお願いね」

「それは勿論。しかし、それでも【水面剣士】を相手にするには無理がありますよ」


 ローハンの話ではクロエには内偵の為に『ロイヤルガード』の地位にいるとの事だが……結局は外からやって来た者の情報だ。

 『太陽の民』にクロエとの確固たる信頼関係が無い以上、現在の彼女の行動は間違いなく『ナイトパレス』側。いくら、シヴァが後を託したローハンの言葉とは言え、全面的に信頼するには無理がある。


「事は思った以上に複雑ね」


 ローハン達をどこまで信頼するのか。どこまで頼るべきなのか。ソニラはそれが『太陽の民』の命運を分ける選択肢になると強く感じた。失敗は絶対に出来ない。


「それなら、俺に良い方法があるんですが一応聞きます?」

「ええ。話して頂戴」

「彼らに『アステス』の国境を踏んでもらい、【スケアクロウ】と戦闘させましょう。戦いの中でこそ本質が現れます」

「お話の所を失礼します」


 そこへゼフィラがディーヤを連れて訪れた。






「……【極光剣】ディーヤ……帰還しましタ」


 ゼフィラの後ろから弱々しく前に出るディーヤ。

 ソニラは彼女の様子を一目見て、席を立ち上がる。シルバームは少し驚きつつ立ち上がった。


 “身内の死は思った以上に引きずる”


 ローハンの言った意味が解った。ディーヤの事情はわかるが……幼くとも『三陽士』に選ばれる精神的な素質も十分にあったハズだ。それを加味しても……ここまで戦士じゃなくなるのかよ。


「ディーヤ」

「巫女様……ディーヤハ……」

「『恩寵』は返してもらいます。貴女は戦士ではない」

「――――」


 自分から告げる事と、ソニラから言われる事では意味が違ってくる。『恩寵』に相応しくないと言及されたのだ。


「…………期待に答えられズ……すみませんでしタ」


 ディーヤは涙を流しながら頭を下げる。ソニラは彼女に手を翳すと、その身体から一際強い光を手の平へと回収する。


「ゼフィラ、暫く一緒に居なさい」

「わかりました。ディーヤ、私の部屋に休んで行くと良い」


 『三陽士』で無くなったディーヤをゼフィラは年相応の子供として扱う様に優しい声色でその手を引くと、共に去って行った。

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