第223話 あの繁殖施設の事カ

「…………」


 ゼフィラの部屋で少し休んでから、ディーヤは待っていたライヤに乗ってチトラの一族が経営する『グリフォン』の育成所『翼院』へと降りる。


「ライヤ。ディーヤ……」

「チト……ライヤを頼ム」


 里の『グリフォン』は一ヶ月事にチトラの一族が診断する事が義務となっている。これは『グリフォン』が里に帰順しやすくなる為に必要な事だった。

 背から降りたディーヤにライヤは心配そうに喉を鳴らす。


「ライヤ。ありがとナ」


 最後に一度撫でてから、その場をチトラへ任せてディーヤは自分の家へ徒歩で向かう。


「ディーヤ。ちょっと待って」


 そう言うとチトラは一度、受け付け小屋に行くと一つの笛を持って戻って来た。


「これ、スカイの笛。直すの時間かかった。吹いたらスカイ喜ぶ」


 スカイはディーヤの義母であるアシュカの『グリフォン』である。今はアシュカを失ってから誰にも帰順せず大空を自由に飛び回っていた。

 笛はアシュカの生前にディーヤとクシが修理に持ち込んだのである。


「……ありがとウ」


 ディーヤはお礼を言って笛を受け取り、トコトコと歩いて行く。


「ディーヤ!」

「……なんダ?」

「……皆が要るから」

「…………」


 思わずチトラが声をかけたのは、そのままディーヤは消えて居なくなりそうな程に儚かったからだった。






「ディーヤ、クシ。ご飯が出来たから運んで」

「おっと。はっはっは。お前もクシも随分と重くなったな!」


 父と母の事は今でも鮮明に覚えてる。

 笑い声も、怒った声も、呼ぶ声も、優しい声も――


「…………」

「ディディ……お父さんとお母さんは……」

「……泣くなクシ。ディーヤ達は戦士だろウ?」


 サラマンダーによって黒焦げにされた父と母の死体は二人の面影など全く感じられなかった。

 陽葬石に乗せられた二人を多くの戦士達が軌跡となる様を見送る。すると、アシュカ先生が話しかけてきた。


「ディーヤ、クシ。良ければ今後は私と暮らさないか?」


 アシュカ先生はディーヤの近くに住んでいたお姉さんで、昔から近所付き合いで仲が良かった。

 度々様子を見にやって来ては一緒に遊んでくれたりするお姉さんで、教養所に行くと色々な事を教えてくれる先生でもあった。

 だから、アシュカ先生が差し伸べてくれた手が、とても嬉しくてクシと二人で抱きついたのを覚えている。


「彼がスカイだ。怪我をしていた所を私が保護して育てた」


 スカイは、アシュカ先生以外に翼を許さなかった。それだけではなく、先生以外のヒトが要ると最低限の顔見せだけで再び空へ戻る。


「偏屈なヤツに見えるが、照れてるだけだ。長距離を飛んでるからあまり家には寄り付かない」


 ディーヤとクシはスカイを少しだけ怖いと感じたけど、特定の音色の笛を鳴らせば帰ってくる事を教えてもらい、本当は甘えたいヤツなんだよ、とアシュカ先生は笑った。


「【極光剣】が戦死しました」


 昼夜戦線にて【夜王】と【極光剣】がぶつかった。

 数多の戦士達の活躍により【夜王】と一対一の場で対峙したアシュカ先生の勝利を誰も疑わなかった。しかし結果は――


「ディーヤ、【極光剣】は生前に貴女が次に相応しいと私に推薦していました。この場で貴女の意思を私に教えてくれますか?」


 その時のディーヤは迷わなかった。アシュカ先生の意思と何よりも、クシをどんな敵からも護れると思ったから――






「あ、おーい。ディーヤ!」

『ディーヤさーん』


 大通りを雑踏に紛れて歩いている小柄なディーヤを見つけたカイルとリースの声にディーヤは反応する。


「カイルとリース。後、【英雄】レイモンド、カ」

「ディーヤさん……あんまり大きな声で言わないでください……」


 レイモンドは外套を被りながら辺りを気にし、カイルとリースの後からこそっと寄ってくる。


「名誉な事をだゾ。何故隠ス?」

「そう言うのには馴れて無いんです……」

「ディーヤ、ちょっと教えて欲しいんだけどさ、ここってどっかキャンプ出来る所ないか?」

「何言ってんダ?」


 ディーヤは目から鱗が出そうな声を出す。カイルの言いたいことを一瞬だけ理解出来なかった。


「いやー、宿っぽい宿がどこも満席でさ。プリヤのトコは空いてたけど泊まるだけはダメだってさ」

「あの繁殖施設の事カ」

『繁殖施設……』

「間違っては無いけど……言い方……」


 プリヤの実家は『太陽の民』での夫婦をあてがう婚姻斡旋を行っており、同時に娼館を営んでいる。良い家庭と子宝にも恵まれると評判だった。


「戦士ハ、いつ死ぬかわからなイ。だから皆、里に居る間だけは大切な者と共に過ごス」

「あ、それアレだろ? 皆と一緒の時間が楽しいってヤツ!」

『うーん……微妙に違う気が……』

「安らげる場所って事だよ。僕たちにとっての『星の探索者』みたいなモノかな」


 どんだけ過酷な道を歩み、傷つき、苦しんでも、待っている者が居るからこそ、戦士は『太陽の里』へ帰ってくる。それが彼らの強さの根幹の一つだった。


「他に泊まるトコロ無くてさー。どっか適当にテント張れる場所知らね?」

「レイモンドが声を掛ければ誰でも泊めてくれるだロ?」

「名声を利用しているみたいでソレは嫌なんです」

「俺たち野宿は得意だしな! 川辺が良いよな! 釣りしようぜ! 釣り!」

『うーん。フォール大河の近くは虹の光が強くて寝るのに苦労しそう……』

「……それなら、ディーヤの家に来るカ?」


 それは空っぽの家に一人で帰りたくないディーヤの心情が反射的に出した言葉だった。

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