第152話 夢を追う者

「なるほど……やってくれる」


 ハワイは『海底迷宮』から深海に引きずり出され、『巨王烏賊クラーケン』と対峙していた。


「居るんだろ!? ボーゲン」

「んだよ、もう解っちまったのか?」


 『巨王烏賊クラーケン』の傍らに現れた『海人』はハワイと同郷のボーゲンだった。


「『巨王烏賊クラーケン』を操れる非公認の海獣使いシーテイマーはお前しか居ない」

「そいつは光栄だね。けどよ、ハワイお前は間違ってるぜ」

「なに?」

「あんな、陸の小粒どもと組んだ事だ」


 ボーゲンは『海底迷宮』の奥へ走っていくローハン達を見る。


「ハワイ、もう止めとけって。お前が『シーアーサーブレード』を手に入れる事は絶対に無い。ウェーブが狙う限りな」

「ボーゲン、これはそういう事じゃ無いんだ」


 ハワイは己の中で何にも左右されない事を一つだけ決めていた。


「『シーアーサーブレード』を求めた先に待ってるのは一人の勝者だけだ。ウェーブと手を組んで信頼関係を深めた先に待ってるのはその関係の破綻なんだよ」

「だったらお前が譲れよ、ハワイ。『シーアーサーブレード』はウェーブにこそ相応しい」

「……ボーゲン。お前は俺の敵じゃない」

「ああ!?」


 ボーゲンへ向けるハワイの眼は敵を見るようなモノではなかった。


「ウェーブと手を組んだ時点でお前は夢を諦めた。『シーアーサーブレード』を手にすると言う夢をな。そんなヤツに俺は負けん!」

「……ケッ。バカが。何も知らねぇくせによ!!」


 ボーゲンの指示に『巨王烏賊クラーケン』がハワイを捕らえている触腕を更に締め上げる。


「『音破』!」


 空間を叩く様に音の波がハワイを中心に広がると、生まれる振動に触腕の拘束が緩んだ。その隙間をすり抜ける様にハワイは脱する。


「チッ!」


 『音魔法』は基本的に、他が何かしらのリアクションを起こして発生する音を増幅させる“初動”が必要になる。

 しかし、ハワイは己の心臓の鼓動を利用して、“初動”が無くとも『音魔法』を放つ事が出来るのだ。


「クララ、もう一度捕まえろ! 次は海底海峡に引きずり込め!」


 ボーゲンの指示に『巨王烏賊クラーケン』はハワイへ再び触腕を伸ばす。


「そんなモノで『海人』が捕まると思っているのか?」


 『水魔法』『水域』。水の流れを作る『水魔法』の基礎である。これを利用して『海人』は海中を空を舞うように泳ぐのだ。

 遊泳速度は『人魚』に及ばないものの、狩人として熟達した『海人』を海中で捕らえる事は不可能に近い。


「正面からじゃ無理だぜ」


 故に搦め手を使う。唐突に覆われる視界。『巨王烏賊クラーケン』の吐き出した墨は一帯を覆う程に広域を黒に包んだ。


「それでも――」


 見えている。目が見えずとも『音魔法』は打ち消せない。ボーゲンの鼓動を捉える。


「ボーゲン!」


 黒の中に見えたボーゲンを捉えて『巨王烏賊クラーケン』を避けるように遊泳すると、拳を叩き込んだ。


「――――!」


 しかし、捉えた鼓動は、その場に置かれた『魔法石』が放つ震動である。

 カモフラージュ!? 瞬間、『巨王烏賊クラーケン』の触腕が再び、ハワイの身体に絡み付く。


「悪いなハワイ。正面からやっても俺に勝ち目はねぇからよ」


 ハワイを捕まえた『巨王烏賊クラーケン』は近くに見える巨大な海底渓谷へ触腕を振り上げる。


「使える手は全部使うぜ!」


 『巨王烏賊クラーケン』がハワイを海底渓谷へ投げようとした瞬間だった。


「『音界波動“広域連動”』」


 爆発するような鼓動がハワイから発せられた。それは海底を揺らす程の威力を生み、周囲の物質も反響。深海の生物達は至る所から反射する『音破』によって一時的に意識を失う。

 無論、『巨王烏賊クラーケン』もである。


「クソったれ……相変わらずデタラメな――」


 周囲に『巨王烏賊クラーケン』の他にも利用できる海獣が全て封じられ、ボーゲン自身もハワイの『音界波動』の影響で意識がグラついていた。

 墨の中にいる彼をハワイは今度こそ捉える。


「ボーゲン!」

「チィィ!!」


 『音魔法』の乗ったハワイの拳が迫る。ボーゲンは同じく『音魔法』で相殺を狙った。しかし、


「っ!」

「いつまでも……手加減ばかりしてんじゃねぇぞ!」


 互角。ボーゲンはハワイの拳を弾き返した。彼が自分達に本気を出さない故に相殺が間に合ったのだ。


「本気になんてなれるワケないだろ……」

「ああ!?」

「お前らは俺の……友達なんだからよ!!」


 再び、ハワイは拳をボーゲンへ向ける。それは、つるんでいた時にいつも自分達を護っていた――


「――チッ……」


 ハワイの拳がボーゲンの頬を殴る。揺らいでいたボーゲンの意識は更に刈り取られ、少しずつ薄れていく。


「お前は……バカ野郎だ……」

「『シーアーサーブレード』を追うんだ。それくらいで丁度いいさ」


 沈む友を見捨てられないハワイは、ボーゲンを抱えると海面へ浮上を開始。仲間を見捨てられない性格は昔から変わらないハワイの良さだった。


 ……ウェーブ。俺がハワイを足止めするのはコレが限界だ。“海割れ”が終わるまで絶対に――






 『シーアーサーブレード』を誰にも触らせるな――

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