第139話 偉大なる『太古の龍』

 ボルックに車椅子を押され、ゼウスの付き添いと共に侵入者へ接触した龍天は眼を丸くした。


「スイレン……か?」

「頭目……」


 歩く力も無くなり、木の一つに背を預けていたスイレンは森の中を一人、血を滴らせながら歩いて来た痕跡があった。

 ゼウスはボルックにスイレンに手当てをするように指示を出す。しかし、スイレンは弱々しく“珠”を取り出した。


「渡して……下さい」

『…………御老体』


 ボルックはスイレンから差し出された“珠”を受け取るとそのまま龍天へ手渡す。


「スイレン……地真はどうした? タオは? その背の剣は『炎剣イフリート』では無いのか?」

「…………」

「答えろ! スイ――」

「亡くなったわ」


 ゼウスは静かになったスイレンを診るとそう告げ、開いていた眼を閉じてあげた。


「……そうか……」


 龍天はスイレンの様子を見て全てを察した。地真もタオもこの“珠”を手に入れる為に命を――


「テン。今、貴方の元に“願いを叶える三つの珠”が揃った。貴方の願いを叶えて。それが、シン達の“願い”なのだから」

「…………そうだな。ワシが揺らいでは顔向けが出来ん」


 車椅子の座席に隠していた残り二つの“珠”を龍天は取り出すと、三つの珠は共鳴するように淡い光を放つ。


 膨大な魔力と、世界の全てが鮮明になる全能感。その力が身に宿った龍天は、次の言葉だけが現実に成ると言う確信を得る。


 ゼウスとボルックは少し離れて龍天の願いを見届けていた。


「“珠”よ、ワシの願いを叶えよ! ワシの願いは――」


“タオと申します。王龍天様。いえ、今後は頭目と及びしても良いのですね”


 『炎剣イフリート』が映る。


“この眼を見て恐ろしく無いのですか? 私は……”


 微笑みながら永眠するスイレンが映る。


“親父、『遺跡都市』に“願いを叶える珠”があるそうだ。行こう。まだまだ、生きて俺たちの傍に居てくれ”


 “珠”の一つに施された『ガリアの封印』が映る。


「ワシの願いは――――」






 龍天の願いを“珠”が聞き入れた瞬間、彼は隔てない“地平線”の彼方まで見える世界に立っていた・・・・・

 もう後ろの車椅子は必要としない。世界の果てまで行ける身体は本来の年齢である初老の姿になり、まだ若々しい雰囲気が感じ取れる。


劉天りゅうてんさん”


 その彼に話しかける少女が居た。彼女は“劉天・・”の最初の家族だった。


「リオン……」


 劉天りゅうてんは、よろよろとリオンに近づくと膝を着いてそのまま抱きしめた。


「すまない……ワシが……僕が……君を殺した」

“ううん。劉天りゅうてんさんは助けてくれた。短い間だったけど、沢山の思い出を貰ったから。私は幸せだったよ”


 その言葉に龍天は涙を流す。


“もう良かったの?”

「…………ああ。僕は十分だ」

“あ! あっちに。女の人が座ってるよ”

「――――」

劉天りゅうてんさんの知り合い?”

「僕の妻だ」


 龍天は『ターミナル』のカフェ席に座って本を読んでいた妻へ歩み寄ると、彼女は微笑む。そして、龍天はリオンを紹介する様に共に相席に着いた。






「……レン……起き…………スイレン」

「うっ……」


 スイレンは身体を揺らされてぼんやりする視界で世界を少しずつ映す。


「スイレン、生きているな?」

「……若?」

「どうやら無事のようですねぇ」

「タオ……?」


 座り込むスイレンの安否を確認するように覗き込むのは、地真とタオだった。

 自身の身体も怪我は治り、失った片腕も元に戻っている。


「な……何が起こったのですか?」


 スイレンは地真に尋ねるが、地真は龍天を見る。彼は車椅子に座ったまま眼を閉じていた。すると、


「シン、わたくしから説明しましょうか?」


 ゼウスはボルックが持ってきた毛布を龍天へかけながら告げる。龍天は車椅子に座ったまま眠る様に動かない。


「……いや、大丈夫です。姉さん」


 地真は改めて龍天の願った事をスイレンに説明した。


「頭目……いや、親父は珠に――“今回の珠を巡る抗争で傷ついた者達を元に戻せ”と願った」






 二日後、『エンジェル教団』大聖堂前。


「我らが主よ。此度、偉大なる魂が貴方様の元へ参ります。どうか、迷わぬ様、お導きを与え下さい」


 龍天の遺体を乗せた木の祭壇が燃え、彼の身体は炎と共に灰へなっていく。


 葬儀の指揮を執るキングと『聖歌』にて安らぎを送るマリアの他に、『龍連』の構成員、地真、タオ、スイレンは勿論、『エンジェル教団』はアマテラス、ヤマト、スサノオ、カグラに、合流した【トライシスターズ】のセルギとソイフォンが参列していた。


「うっ……うぐっ……うぐっ……」


 中でもカイルは、初めて知り合いが死した場面に遭遇し、感情のままに泣いていた。


 参列する『星の探索者』もゼウスを覗いて一時間程度の間柄だったが、それでも知り合いの死に対して誰もが感情的になるのは仕方なかった。


「…………」


 そんな中、地真だけは燃える父の灰を見上げる。その眼には涙はなく、悲しみも感じられない。逆にどこか安堵しているかの様だった。


 すると、灰は少しずつ魔力へ変わり、光の軌跡となって天へ昇って行く。

 それを見ていた地真は光の中に、父が一人の女の子を紹介するように母と座って話している姿を見た。


「親父、寂しく無さそうで何よりだ」


 地真は父が母と再会できた事を何よりも嬉しく感じた。






「…………逝ったか。友よ」

「龍天は望みを叶えたのでしょうか?」


 【地皇帝】ガリア・ラウンドは、テーブルに置かれた四つの杯を見る。その中には龍天の好きな茶が注がれていた。


「彼は自由に生きた。そこに後悔はなかったハズだ」


 ガリアの言葉に相席する女――テンペストは空いている席の杯を見る。


『父よ……』


 ネイチャーは心配そうにガリアを気にしていた。


「大丈夫だ、ネイチャー」


 ガリアは杯を持つと、テンペストとネイチャーも自分の杯を持つ。


「偉大なる『太古の龍エンシェントドラゴン』よ。君の生き様を友として誇りに思う」


 この場に居ない、クライブとボルケーノも各々の場所でガリア達と共に、目の前に用意した杯を掲げる。

 そして、“眷属”を弔う様に彼らは飲み干した。

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