第167話 この世界は誰もが英雄

 『シーモール』と海岸から沖合までの広域を覆うほどの『水域』ドームが展開を終える頃には内部の雰囲気は最高値になっていた。


『やぁ! みんな! 僕はアーサー・ペルギウス! こうして君たちに会える事を僕は誇り高く思う!』


 『深海鯨』の作り出す内部の水域は見上げる観客達に三次元の席を用意し、足の不自由な者や子供には『古海王蛇レヴィアタン』の作り出す虹色の泡が椅子となり彼らを浮かせた。


『ここで僕の友を紹介しよう!』


 空中に出来た『水域』を歩くニーノは、いつの間にか『深海鯨』の“波吹き”にウェットスーツにサングラスをかけてサーフィンをしていた。

 その様子を虹色の泡が集まって大きな映像のように映す。


『『深海鯨』、真面目なマリン!』


 次に元の服装で『古海王蛇レヴィアタン』の前の『水域』を足場に向かい合う様に立つと、丁寧にお辞儀をし合う。


『『古海王蛇レヴィアタン』、紳士のレヴィル!』


 いつの間にか『火山大蟹マグマクラブ』の噴火花火の落炎を傘で防ぎながら、じゃじゃーん、と腕を翳す。


『『火山大蟹マグマクラブ』、頑固なクラティカ!』


 パタパタと多くの魔鳥達がニーノの座る椅子を紐で持ち上げる様に飛行している場面に変わり、突如として沖合に存在する島から巨大な亀が頭を持ち上げた。


『『孤島陸亀』、物知りお爺さんトール!』


 ニーノの紹介に『古海四王』はとても嬉しそうに各々で反応を返す。


「彼らは偉大な海の王達だけれど、今この瞬間は僕と一緒に公演を盛り上げてくれる盟友達だ!」


 するとニーノは泡のモニターを散らす様に目の前に現れると、改めて『水剣メルキリウス』を掲げた。


「みんな! こっちに注目! 僕の公演は退屈なんて欠片もない! 皆で盛り上げて行こう!」


 人々が、魔法が、魔物達が、音楽が、空間が、世界が、ニーノに応える様にこの空間に漂う感情を“楽しさ”へと変えていく。




~『第二節 この世界は誰もが英雄』~




『この世界は誰もが英雄ヒーロー。共に世界を巡ろうよ』


 ニーノは観客達の間から歌詞を口ずさみながら、神出鬼没に現れると王冠やティアラを皆の頭へ出現させる。


『友と手を取り、困難を超え、夜に星を見よう』


 ハワイとウェーブ達の元へ現れると、『水剣メルキリウス』の切っ先をいつの間にか夜になっていた空に輝く星へと向ける。


『この世界は誰もが英雄ヒーロー。共に夢へ歩み進もう』


 『火山大蟹マグマクラブ』の火山花火が夜空を照らし、虹の泡が光を反射する。


『手を差し伸べ、仲間と共に、さぁ、語ろう――』


 『深海鯨』の作る水域に座りながら滑る様にニーノは観客達の見える場所に現れる。


『伝説を――』


 そして、シルクハットを掲げると全てが一斉に弾け、周囲の彩りが更にニーノの姿を強調した。


 その様に観客達は感情のままに沸き立つ。中には涙を流す者や興奮止まずに立ち上がる者も自然と拍手をしていた。


「今日は僕の物語を語ろう! 明日は君の物語を多くの者達へ伝えてくれたまえ!!」


 そして、公演は『アーサー・ペルギウスと【暴君】ポセイドンの戦い』へと移行して行った。






「よう、ハワイ」

「ウェーブ。みんな」


 海岸から水平線へ沈む夕陽を見るハワイへウェーブ達は声をかけた。

 『ニーノの公演』は昔と変わらぬ興奮と夢をその場に居合わせた者達全てへ改めて認識させてくれた。

 公演が終ると『古海四王』達も、各々の海域へと戻るが、『シーモール』も海域内でも興奮止まぬ様子で未だに騒がしい。この喧騒は明日の朝まで続くだろう。


「『シーアーサーブレード』は偽物じゃなかったな」

「実にスタイリッシュだったぜ!」

「私は……歌をふられた時に焦ったわ」

「俺は『古海四王』に個別の名前があった事に驚きだよ」


 ハワイ達は『アーサー・ペルギウスと【暴君】ポセイドンの戦い』で特定の役として近い距離で参加させられたのだ。

 それは心に残る思い出として更新された事は言うまでもない。


「……ウェーブ、皆。俺は皆に謝らないといけない」


 楽しそうに語る四人にハワイは告げる。


「俺は『シーアーサーブレード』が触れないと知っていたんだ」

「どう言うことだ? お前は今回以外は『シーアーサーブレード』の前に立って居ないだろ?」


 ウェーブの問いにハワイは己の内に抱えていた思いを口に出す。


「今から15年ほど前に海底渓谷の例の場所――俺たちが最初に『アーサー・ペルギウスの公演』を見た場所で一人の男と会話をしたんだ」


 唐突に繋がった様に流れた映像には椅子に座る一人の男。それとハワイは意志疎通が出来たと言う。


「彼の名はルシアン・B・ドラグス。『水剣メルキリウス』を探していると言い、その特徴として“誰よりも弱き者”にしか触れられない剣だと告げた」


 ハワイは直感的にソレが『シーアーサーブレード』の事だと感じたと言う。


「それで、何て答えたんだ?」

「……そんな剣は見たこと無いって返した」


 ハワイの返答を聞くとルシアンは、そうか……ありがとう、と言って以降は二度と通信は繋がらなかったと言う。


「だから、俺が最初に確かめなきゃならなかった。俺の夢が……本物なのか幻なのか……お前達の夢を守る為にも」

「…………なんだよ、それはよぉ」


 ハワイの告白にウェーブと他三人は、はぁぁ、と息を吐いて力が抜ける。


「ど、どうしたんだ? 皆――」

「俺らはとっくに『シーアーサーブレード』が触れない事を知ってたんだよ」

「え?」


 ウェーブは二つ前の“海割れ”で運良く『シーアーサーブレード』へたどり着いた事を話した。その時、『シーアーサーブレード』を触れなかった事も。


「そ、そうだったのか……」

「お前が何も言わずに俺らから疎遠になっちまったし……まぁ、俺らもなるべくお前には気づかせたくないってのがあったから距離を置いてたしよ」


 互いに友の夢を護ろうとした。敵対したものの、結果としては五人の関係は何も変わっていなかったのだ。


「けど、今は違うだろ?」


 カイルが『水剣メルキリウスシーアーサーブレード』を手にしていた事と『ニーノの公演』の最後にハワイがニーノへ問うた事を思い出す。


“海底迷宮の『シーアーサーブレード』は僕がこの海に残した本体の残滓に過ぎない。本体はこの広い大海原のどこかに必ず存在しているよ!”


 ハワイは水平線の彼方――自分達の海にある本当の『シーアーサーブレード』へ想いを馳せる。


「ああ! 準備をしたら俺は旅に出る! 世界中を回り……『シーアーサーブレード』をこの手に持つ!」

「そん時は俺も連れてけ」

「ウェーブ……」

「その時は私にも声をかけなさい。アンタたち二人だと細かいトラブルは処理出来ないでしょ」

「セレン……」

「おいおい、俺様を忘れるなよ! 更なるスタイリッシュになった俺は足を引っ張らねぇぜ!」

「タルク……」

「俺も乗らせてもらうぜ。まだ見ない海獣との接触は『海獣使い』としてスキルを磨けるからな」

「ボーゲン……」


 『シーアーサーブレード』を夢として集まった五人はソレを追い求めて後に大海原へ旅立つ。後世に、


“『古海四王』との接触”

“『シーアーサーブレード』を守護する一族”

“【暴君】ポセイドンの復活”


 などの多くの伝説にて彼らが名を残すのは……また別のお話しである。

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