第216話 『千年華』
レイモンドが『太陽の民』にわちゃわちゃされている間に千華と話がついたカイルとリースは彼女の店の前にやってきた。
崖の壁面内部に掘られる様に作られた店は『千年華』と書かれた看板が大きく掲げている。ソレを見たカイルは――
「……なんだ? 記号?」
『私も初めて見る文字……』
「ジパングの文字は初めて? “
店名を教えながら千華は店の扉を開けた。店内の様子は静かで、長いこと活気のない様子が感じ取れる。
『静かですね』
「誰もいないなぁ」
「今は一般の依頼を止めてるの。『太陽の里』にいる条件として戦士達の服を優先する事になってるから」
「へー」
中から太陽に服を干した匂いが鼻につく。千華は魔力による光源を起動すると店内に彩りが戻った。すると、
「うわ、スッゲー」
見本として幾つかの服が展示されており、女物は勿論、正装のような厚手の服、薄手で涼しそうな服などが展示会のように置かれている。
そして、その全てに魔法による加護が付与されている様子がカイルでも感じ取れた。
「『太陽の里』は基本的には夏だから、涼しい服がデフォルトね」
「へー、確かにディーヤはこれっぽいの着てた気がするな」
カイルは涼しげな服に見覚えがあった。
「これらは見本よ。後は本人の要望に合わせて微調整を入れるの」
『どれもお洒落なデザインですね』
「ありがとう、リース。カイル、下半身を隠してるコートを取りなさい」
「あ、うん」
カイルは雑な応急処置として前を隠しているローハンのコートを外した。
腹部が見え、その回りに焦げ後が残る。無論、パンツは丸出しである。
「……酷いわね。貴女もよく、この
千華は取りあえずカイルの服を強奪するように、ぐいぐい、と脱がせた。上半身のインナーとパンツ姿になったカイルは、
「いやー、他に代えの服がなくてさ。それに旅をしてると服を持ち歩くのは荷物が嵩張るっておっさんに言われてて」
「その、“おっさん”の言い分は正しいけど、せめてマントくらいはなかったの?」
「毛布ならあったぜ!」
「それは服じゃないわ」
『極光の手甲』を受けたカイルの服を吊るして広げ、それを見ながら千華は、ふむふん、と修復のインスピレーションを脳内で広げる。
『改めて見ると服として機能してませんね』
「下着を隠せない服は服じゃないわよ」
「直せそう?」
「問題ないわ。でもその前に――」
千華はデフォルトの半目でカイルを見る。
「ハァ……ハァ……何とか逃げ切った」
レイモンドは、あ! 巫女様だ! と言って注目が反れた隙に高く跳躍して逃亡。頭巾を被り直し人混みに紛れると、そのままカイルの魔力反応を追って『千年華』の前まで逃げ延びた。
『レイモンド、入りなさい』
『土蜘蛛』特有の索敵能力から来客を察知する千華の言葉に『閉店』と言う札が掲げられた扉を遠慮なく開ける。
中では、カイルの服が広げられ、棚から生地を選ぶ千華が居た。カイルの姿はない。
「馬鹿ね。里に戻ったらこうなるって解ってたでしょ?」
「解ってましたけど……」
「知り合いでしょ? カイルとリースは」
彼女達と共に歩いてた様子を千華は見ていた。
「リースさんはカイルの連れです」
「カイルは貴方に取ってどんな関係?」
「同じクランの後輩ですよ。目を離すと、こっちがヒヤヒヤさせられます」
「ふふ。そうなの」
珍しく微笑む千華にレイモンドは少しだけ驚く。普段の彼女は職人気質で、服に関しては特に厳しい女性なのだ。
「他にも『宮殿』に知らない反応があるわね」
「あ、それも知り合いです」
千華の“糸”は『太陽の里』全体に張り巡らされている。
『千年華』店内が巣の中心。ここにいる千華は里全体の情報を常に把握していた。
「行きなり『宮殿』に招かれるなんて、何者?」
「戦争で進展があったんです。見立てでは攻めてくると」
『太陽の里』は『ナイトパレス』からすれば不可侵と言っても良い程に陽気で溢れているがそれでもローハンは【夜王】が攻めてくる事を確信していた。
「そう。嫌になるわね」
“千華、頼みがある。お館様に『終末の火』に耐えられる服を作ってくれ”
「……」
「千華さんはどうするんですか?」
「どうするも何も、出ていく理由は無いわよ」
「恐ろしい戦いになると思ってます。『ナイトパレス』に広がった“夜”……アレは身の毛がよだちました」
直に見なければ解らない恐怖故に、【夜王】は止まらないと感じさせる絶望感が心を冷した。
「貴方は知らないと思うけどね。『太陽の戦士』はそんなに柔じゃないわ」
「それは僕も解ってます。その上で――」
「私もその上で言ってるの。『太陽の戦士』が持つ強靭な力に加えて、私の仕立てた服を着てる。だから、よ」
「…………」
『太陽の戦士』は戦うのが日常であり、服に施される加護や耐久性が生存率を大きく変える。
「それに【夜王】の事はアシュカの件で理解してる」
30年前に【夜王】を率いる『ナイトパレス』が一度攻めてきた時に先代【極光剣】が討たれた。
それは僅かな差で敗北したと聞いており、その“僅か”を自らの仕立てる服で補えたと千華は後悔している。
「今度は誰も死なせない。私としてはいつでも攻めて来いって感じよ」
そう言いつつ、千華は不適に笑う。その雰囲気は戦闘を始める時に、先導して前に出るローハンやクロエを彷彿とさせた。
「頼もしいです」
「レイモンドは逃げないの?」
千華の言葉は誰かから言われると思っていたが、『太陽の民』と関わる内に心は自然と決まっていた。
「逃げませんよ。僕、『太陽の民』の皆は好きになったので」
もし、ローハンとカイルが来なかったとしても『太陽の民』側として戦っただろう。
「ふふ。レイモンド、貴方の服も調整してあげるから脱ぎなさい」
『千年華』店内で店主の千華から放たれる“脱ぎなさい”は拒否権皆無な王命である。
外に出れば従う必要はないのだが、逃げ延びてきた手前、外に出る選択肢は取れなかった。
レイモンドは無言で下着姿になる。靴まで脱がされた。
「身体を洗ってきなさい。斥候任務続きで水浴びも出来ないでしょ?」
「……臭います?」
「別に。服も綺麗にしておくから、身体も綺麗にしておきなさいってこと」
無論、コレも拒否権はない。
「……じゃあ、お願いします」
この独裁国家『千年華』で
『え?』
「ん? おおー、レイモンドじゃん!」
全裸のカイルが前屈みで石鹸を取っていたので、うわぁ!? と両手で目を隠した。
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