第217話 マウントポジション
「なんだ、レイモンドも来たのかよ! ほらこっちを見てみろよ! 湧水が出てるんだぜ!」
『カイル、タオル!』
レイモンドの来場に何でもない様子で対応するカイルにリースはタオルで前を隠すようにパタパタ訴える。
「別に大丈夫だって。レイモンドだし!」
カイルの脳内でのレイモンドの立ち位置がどんなモノなのかは不明だが、裸体をさらしても問題ないと言う感性にリースは共感出来なかった。
『と、とにかく! 前を隠して!』
「……よいしょっと」
カイルがオープンを全く隠そうとしない様子であるがレイモンドは入り口近くに置かれているタオルを取って目隠しをした。
「なにやってんだ?」
「……それはこっちの台詞だよ」
聴覚と『音魔法』で何とかカイルの裸を見ずに乗り切る事にする。
「ここスゲーよな! 店の中に風呂があるなんてさ!」
「『太陽の里』はフォール大河の水源をふんだんに使えるし、太陽の熱を利用してお湯にも変えられる。みんな、一日一回はお風呂に入るよ」
『羨ましい環境ですね』
カイルとレイモンドは並んで座って湧水で頭を洗っていた。リースも全身を泡に包まれて、もこもこしている。
リースさんって……なんか不思議な存在だなぁ。『結晶蝶』ってこんなんだっけ?
レイモンドは平然と入浴しているリースの様子を聞き取りつつ、この世にはまだまだ知らない生態系があるのだと感じていた。
するとカイルが立ち上がる。
「よっしゃ。レイモンド、目隠し取れよ!」
「え? やだよ?」
「ほら、耳洗ってやるからさ! 目隠ししたままだと目に泡が入るぜ? 痛いぞ!」
「自分でやるよ。子供じゃないんだから」
「あ、そうか……いやー、俺も後髪やって貰おうかと思ってさ」
どうやら打算目的だったらしい。
「君も一人で出来るでしょ?」
「めんどくさい!」
「はぁ……普段お風呂に入る時はどうしてるのさ?」
「ゼウスさんと洗いっこしてる。居ないときはクロエさんとかサリアさんが手伝ってくれるんだ。あ! ちゃんと俺もその借りはちゃんと返してるぞ!」
『カイル、私がやるよ』
「じゃあ、泡を全身に纏って俺の髪に突撃してくれ! さっきは石鹸を持って突撃して飛びまくってからな!」
「あぁ、もう。わかったから。僕がやるよ」
入浴は心身ともにリラックス出来る空間でいたい。隣で城門攻撃のようなシャンプー突撃をされては全く落ち着かない。
「そっか。頼むぜ!」
カイルはすとん、と椅子に座った。レイモンドは立ち上がるとカイルの背後に回る。
「…………」
レイモンドの『音魔法』の精度では物体の凹凸を明確に捉える事は出来ない。
髪を洗うまでカイルも大人しく座ってるだろうし、振り向くこともない。問題は無いと判断し目隠しを取る。
「よし」
思った以上に髪が長くて背中も隠れてるし、殆んど肌は気にならない。
『石鹸です』
「ありがとうございます」
リースのサポートもあってカイルの髪に触れると丁寧に根本から先端まで泡立てる。
リースは桶に入った泡風呂に浸かって、ふぅ、と一息ついていた。
「あはは。なんかくすぐってぇ」
「まったく……こんなに手間をかけるなら切ったら良いでしょ」
寧ろカイルの性格からして、鬱陶しい! と適当なナイフでカットしそうなモノだが。
「うーん。それも考えたんだけどさ。おっさんが髪は長い方が好きだって」
「ローハンさんが基準なの?」
「最初はな! けど今は少し違うぜ!」
カイルは改まった考えを口にする。
「これは俺が『星の探索者』に来た時から今が分かる、最初の変化なんだ。切るとなんだか、ソレをリセットしちゃう気がしてさ」
『星の探索者』に来た時のカイルはショートヘアーだった。言動と口調からレイモンドも最初は男だと思って接したら、実は女でした、と言うベタな発覚を得て現在の関係に至る。
「変化ね。僕目線からすれば、君は殆んど変わってないよ」
「なに言ってんだよ。昔よりも滅茶苦茶強くなってるだろ? 『共感覚』だって練習中だし! 『霊剣ガラット』も一回抜いたしな!」
「ローハンさんみたいに自在に抜けなきゃ意味無いでしょ」
「それはこれからだ!」
前に進む事を誰よりも恐れないカイルは本当に……目を離せない存在だ。
「君の近くにいると苦労するよ……」
「ん? なんか言ったか?」
「いいや」
レイモンドはこれからも、この後輩に振り回される毎日を思うと何だか笑みが浮かんだ。
「はい、洗い終わったよ」
「おお。サンキュー。じゃあ、今度は俺の番だな!」
「わぁ!? 急に立ち上がらないでよ!」
「目を隠してる場合じゃないぜ、レイモンド! おらー、椅子に座れ!」
「ちょっと、手を引っ張らないで! 危ないっ!」
「角に逃げたな……だが、逃がさないぜ! 座れよぉ……俺が耳を洗ってやるからさぁ」
「近い近い! 前を隠しなって!」
「今さらだろ? あっ、そのステップ見切った!」
「うわ!?」
「わっ!? 痛てて……ワリ……」
「大丈夫……頭は打ってない……ちょっと背中と重みが――」
「それなら大丈夫そうだな! 知ってるか? これってマウントポジションって言うんだぜ! 下の奴は成す術がないんだ! もう逃げられねぇぞ!」
「――――」
「リース、石鹸とってくれ! レイモンドの耳を洗うから」
『ふぁいー。!? カ、カイル! な、何をやってるの!?』
「何って……マウントポジション」
『す、すぐに退いてあげて! レイモンドさんが鼻血だして気を失ってる!』
「え? あ!? どうしたレイモンド! こんなモンで意識を失うお前じゃないだろ!? どうしたぁ!?」
うるさいわね。と流石に様子を見にやってきた千華は浴室内を見て、涙が出る程に爆笑した。
「あっはは。あんた達、そう言う関係じゃないのね」
「? どう言うことだ?」
「ふふ。その関係が変わったら解るわよ」
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