第114話 持たざる者と持つ者の差

 ロビーでは、ゼウス達が入った事によって先に食事を済ませる者が食堂へ集まってた。


「……おい、お前は入らないのか?」

「馬鹿言え。【魔弾】が居るんだぞ? 俺は次の瞬間に自分の脳ミソを見たくねぇよ」


 食堂で温泉に入る事を考慮し、酒類は提供されてないが、比較的に自由な空間なので手持ちの賭け事を始める者達もいた。


「【水面剣士】も一度は拝みたいレベルの美女だが……それ以上に“入浴場”で“音も十分に反響”するんだぜ?」


 クロエの得意とする『水魔法』と『音魔法』を入浴場では十全に発揮できる環境である。言うなら彼女だけ武装解除をしていない様なモノだ。

 しかし、極めつけは――


「【千年公】がな。なーんか、そう言う場で一緒にいるイメージじゃねぇんだわ」

「あー、わかる。何て言うか……神々しいとかそう言うのじゃなくて――」


 いつも通りかかるとコロコロ笑って挨拶をしてくるゼウスはちょっとした事でも気にかけてくれて、アドバイスをくれる。

 時には有益なアイテムなどをくれたりし、遺跡都市の荒くれ共でさえ、故郷の母親を思い出す程の包容力があった。

 だから……なんか官能的になると言うよりも、こっちが裸を見せるのが恥ずかしくなる感じである。


「まぁ、しばらくしたら出てくるだろ。飯から済ませて――」


 すると、新たに客が入ってきた。食堂の入り口付近に座る二人はその客を見て、


「……アイツらは普通に入りそうだな」


 と、呟いた。






「広れー。なんか泳げそうだ!」

「止めなさいカイル。ここは運動する場所じゃないのよ」

「サリア、もう大丈夫。大体の空間は認識出来たわ。ありがとう」

「変な湯槽もあるから一人での行動は控えてよ?」

「ふむむぅぅぅ……いい湯ねぇ……」


 心地好さから顔が溶け始めているゼウスの様子に、カイルも全体の広さではなく湯に意識を集中する。


「…………ふぉぉ?? なんか……ふわふわするなぁ……」


 身体全体が温かさで包まれるのは勿論、身体の芯から全体に伝わる様に魔力の流れが感じ取れる。


「最近は『魔道車輪車』の設備ばかりだったから、本格的な湯は別格ね」


 クロエも肩まで浸かると、常に肩に負担をかけている乳房おもさが今だけは完全にゼロになっていた。


「なんか……楽だ……」


 カイルも眠るだけじゃ完全には取れない肩の負荷が今は全く感じない事に、温泉スゲー、と堪能する。


「…………浮くのよね……二人とも……」

「どうしたのぉ~、サリアぁ~」


 険しい顔は良くないわよぉ~。と、顔の溶けたゼウスがサリアの近くへ寄ってくる。


「……マスターを見ると安心できるわ」

「そぉ? ありがとぉー」


 持たざる者と持つ者の差。

 身体で価値を見出だす気は微塵もないが……こうも見せつけられると、やっぱり気になる。せめて谷間を作れるくらいの大きさは欲しい……


「……あぁくっふっ! ダメだ! このままじゃダメになる!」


 すると、ザバッとカイルが湯槽から上がった。再び、肩にずしりと負荷。


「カイル?」

「何か……委ね続けるのはヤバい気がする! 皆も気をつけてくれよ!」


 そう言ってカイルは一旦、大湯槽を出ると他の湯を一回り見に回った。


「うわなんだこれ? 『酸風呂』……?」


 変な色をして、コポコポと気泡が出ている湯槽を見つけた。


『潜ると失明の可能性あり!』

『肌の弱い種族注意!』

『悪ふざけは一発出禁!』


 と言う看板が目につく。


「カイル、面白そうな湯はある?」


 クロエは眼が見えない為、一人では他の湯の効果は解らない。故にカイルと一緒に回ることにした。


「『酸風呂』ってのがある!」

「それは……私たちは入らない方が良いわね」

「じゃあ……こっちのは――」


 次にカイルが足を運んだのは『電気風呂』だった。


「『雷魔法』を感じるわ。湯槽に電流を流してるの?」

「わかんない」


 すると、またもや看板を見つけた。


『心臓の弱い者注意!』

『金属が体内にある者は危険!』

『心停止は自己責任で!』


「色々書いてるけど……俺は心臓強いし、金属も持ってないから入ってみる!」

「ふふ。じゃあ私も一緒に入ってみようかしら」


 カイルはまずは手を入れる。ビリリッ! うわっ! と驚いて手を引くがびっくりしただけで嫌いな痺れじゃない。そのまま足から入ると、ビリリリリと這ってくる電流の感覚に、お、お、お、お、と横隔膜が痙攣しつつも肩まで入った。


「う、わ、! す、げ、ー、! 何、だ、こ、れ! 口、調、が、カ、グ、ラ、み、て、ぇ!」


 痙攣しつつも発するカイルの声にクロエは自分の口を抑えつつプルプルと震えて笑いを堪えていた。


「ふふふ。ふー、じゃあ私も――」


 一呼吸整え、足から入る。足から伝わる電流に全身を刺激されて普段は凝り固まった部位が程よくほぐされる。


「これは良いわね」

「し、び、れ、る、ー」


 ビリビリに身体が振動する二人。『電気風呂』を程よく堪能していると、大浴場の戸がカラカラと開く音が聞こえた。


「今日は無礼講だ。各自、好きな風呂に入れ。他の客とのトラブルは避けるように」

「了解です」

「はい!」


 湯気で見えないが、聞き覚えのある声と近づいてくる気配。湯気の中でも見える程に『電気風呂』に近づいて来たのは――


「カイル・ベルウッド!?」

「おー、ソ、ー、ナ、じゃ、ん、ん、ん」


 『ギリス』のソーナだった。こんな所で遭遇するとは思わなかったソーナは『電気風呂』を堪能するカイルのとある部位を見て――


「ブルブルさせやがってよぉ……チッ!」


 地の底から怨めしい声と共に本気の舌打ちをした。

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