第35話 ネイチャー

 穏やかな森と若干の高低差。

 地形的にも環境的にも楽に進める今回の下層は正直な所、逆に油断が出来なかった。


「あ、これって食べられるヤツじゃん。ラッキー」

『あの草も薬草だ。『解法薬』の原料になる』

「危険なのは『人樹』付近くらいですかね」


 オレらは危機感が薄れて若干の散策気分だ。ボルックに至っては常に周囲をスキャンしているだろうが、広域索敵が出来ない分、危険な存在を事前に察知する事に一歩遅れるだろう。


「お前らあんまり、油断するなよ。『遺跡内部』のセオリーを忘れたのか?」


 遺跡内部は、環境と魔物のバランスが拮抗している。

 故に、進みやすい環境であるのなら、ソレに比肩する魔物が生息している可能性が高いのだ。


「でもさ、タルタスのトコは、炎の爺さんが居たじゃん」

「ストフリにも遭遇しましたよね」

『タルタスも敵だったのなら、相当に手強かっただろう』


 言われて見ると……上層の環境はこれまでの遺跡内部のセオリーから少し変わっていたな。ふむ……


「まぁ、上層うえ上層うえ下層ここ下層ここだ。下振れは無いものだと思って警戒を怠るなよ」

「わかった」


 と、カイルは先ほど見つけた果物をシャクる。


「あんまり、緊張感が無いと、眠くなりますね」


 少し欠伸が出るレイモンド。そりゃそうか、上層から中層まで神経を張りつめ続けた所に、のほほん空間だもんな。


『ローハン』


 すると、ボルックは足を止めた。


「どうした?」

『ワタシのデータに間違いがなければ、前方から“ネイチャー”が来る』

「は?」


 オレは思わず変な声が出た。

 すると、木々の隙間に手がかかる。そして、くぐるように、ぬぅ、とソレが現れた。






 馬の頭骨を持ち、枝のように分かれて伸びる角。その身体は全て蔦で出来ており表層には苔が皮膚の様に生える。肩には日射しを遮る様に1本の小さな木が生え、ソレに寄生する『光虫』がトーチの様に光り、幻想性を増していた。

 4メートルを越える身長は大柄と言うよりも細長さを感じるだろう。


「げっ……なんでここに居るんだよ……」


 『太古の原森エンシェント・ネイチャー

 

 ヤツは【創生の土】の最初の眷属にして“最古の眷属”。

 100%天然素材で出来ている自然生物であり、定義では『植物』のくくりに入るだろう。

 そりゃ、こんだけ環境が穏やかなハズだぜ! “絶対自然護るマン”がトコトコ徘徊してんだからよぉ!


 ネイチャーは大自然を傷つける奴に容赦ない。

 加えてヤツの居る森はやたらと魔力が満ち、草木の成長は促進される。一部地域では、森の精霊や神としても崇められている程のヤツだ。

 『人樹』がアレだけ馬鹿デカくなった原因はコイツか……


「△✕□○★◇」


 ネイチャーは、カイルを見て指を向けると“声”を上げた。声帯は持たないが、身体を震わせてソレに近い音を出しているのである。でも、何言ってるかわかんねぇ……


「うわっ! 何コイツ!?」

「何だか……ゾワゾワするなぁ……」

「ボルック、何とかわかんねぇか?」

『この身体ボディでは無理だ』


 当然ながらカイルとレイモンドは面識がない。本来ならエンカウントする方が珍しいヤツだからな。

 これはヤバい……か? けど何でカイルを……あ。


「カイル。それだ! お前の食べてる果物!」

「え? これ……欲しいのか?」

「違う! 逆だ! 逆!」


 カイルは更に果物をシャクる。やめなさい。

 ネイチャーは自然を破壊する者に容赦しない。その怒りはまさに森の怒りそのものだ。


「□✕✕○△」


 また、何か言ってる……クソ、クライブから『太古エンシェント』の言葉を習っとけばよかった。

 【創世の神秘】に関してだけは、マスターも慎重に接触してる事もあって、“知識”に抜けがあるんだよなぁ。とにかく……


「その果物! 多分、自然を傷つけたって解釈されてるかもしれん!」

「ええ!? 俺はそんなつもり無いんだけど……」


 ネイチャーは、ズン、ズン、と目の前に歩いてくる。

 デカイし威圧感が半端ねぇよ。4メートル越えは伊達じゃなく半分、怪獣の類いだ。

 ネイチャーは世界各地の森林地域をランダムで移動している。どういう了見で『遺跡内部』に居るのかは不明だが、遭遇したのは運が悪すぎる。


「○★□○▲」

「どうします? 逃げますか?」

「いや……ネイチャーに捕捉されたら、荒れ地にでも出ない限りは逃げきれん」


 森の中ではヤツは無敵だ。ガチで戦うなら一国の軍隊でも足りない。


「でも……おっさん。戦う気は無さそうだぜ?」

「カイル。お前は何を言って――」


 カイルに言われてオレはネイチャーをよく観察すると、あることに気がつく。

 頭部の枝角には小鳥さんが停まり、身体にもリス等の小動物が走り回っている。動物達が寄り付くのはネイチャーの機嫌がよい証だ。

 ブチギレてる時は動物達は絶対に寄り付かないからな。


「✕□□▲○◇◆★✕○○」

「え? あ? 果物これ? 腹減っててさ。駄目だった?」


 と、シャクる。だから目の前で止めろって。

 感覚形のカイルはネイチャーとニュアンスだけで会話を始めた。こうなったらカイル節に任せて見るか。

 ネイチャーは、ミシミシ、と身体を動かしてオレたちを覗き込む様に顔の位置を下げてくる。


「○○□✕★△☆◇■」

「うーん。おっさん、なんて言ってるのかわからない」

「やっぱお前でも駄目か」


 ちょっと期待したけど、魚と会話するようなモンだしなぁ。

 すると、ネイチャーは屈んだ姿勢を持ち上げて、ここからでも見える『人樹』を指差すとパキパキパキ、と身体を構築する蔦を動かして、身体に保持している“珠”を見せた。

 は? 珠……?


「◆○✕◇☆▲▲○●」


 そして、カイルの果実を指差し、自身の身体の“珠”を指差し、『人樹』を指差すとカイルの肩に手を、ポン、と乗せ、全てを伝え終わった様子で満足げな雰囲気を醸し出すと踵を返す。そして、フレンドリーに片手を挙げながら森の中へと消えて行った。


「…………」

「…………」

「…………」

『ローハン』

「……なんだ?」

『言葉が通じないと言うのは不便だな』

「死ぬほど痛感してるよ」


 ネイチャーが何を言いたかったのかは不明だが、この場は許してくれた様だ。


「ローハンさん……あれって“珠”ですよね? 願いを叶える三つの珠の一つ」

「ああ、多分な。無茶苦茶だぜ……」


 ネイチャーが“珠”を持ってるとか、誰が奪えるんだよ……


「うーん。何かやって欲しそうな感じだったけど」(シャクり)


 果物をもぐもぐするカイルはネイチャーの言いたい事を少しだけ汲み取れた様だ。


「まぁ、考えても仕方ねぇ。先に進むぞ」


 改めて『人樹』の近くまで進行を開始。

 そう言えば、クライブのヤツが言ってたな。ネイチャーが10年程、行方不明だって。何から何まで意味わからん。


「カイル、食べ終わったら種は地面に埋めとけよ」

「わかった」

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