第234話 土俵外

 大きな者と小さな者が相対した時、どちらが有利なのか?


「ディーヤ。今のお前には他には無い強みがあるのぅ」


 シヴァは戦士として『極光術』を磨くディーヤに他と同じ様に助言していた。


「小さな体格は一見、欠点に思えるが……戦い方によっては誰よりも優位を取れる武器となるんじゃ」


 いずれは成長と共に失われる小柄のうりょく。ディーヤは他の戦士との組手で子供扱いされて気を使われるのが嫌だった。


「『恩寵』を継いだ以上『極光術』も大事じゃが……その小柄ぶきも磨けば最小の力で敵を倒せる。今はそっちを磨く方がええな」


 小さい者VS大きい者。

 大半の者が、小さな者が不利だと言うだろう。だが、ソレは“技術”が無い場合の話である。






 【スケアクロウ】VSディーヤ。向かい合えばまさに巨人と子供の構図だ。

 だが、『太陽の戦士』が敵と相対するのは常に正面。それ以外の戦い方を知らない。


「――――」


 ディーヤに影がかかる。

 彼女の接近のタイミングを完璧に合わせた【スケアクロウ】の腕部アームはディーヤを真上から叩き潰すには十分な大きさと威力を持つ。

 だが、ディーヤは加速する。更に強く踏み込み、【スケアクロウ】の腕部アームの内側へ入り込んだのだ。背後で振り下ろされた腕部アームが大地を叩く。


 ゼロ距離。陽気を右手に集中。渾身の『光刃』を振り上げる様に【スケアクロウ】の胴部を切りつけた。


「――――なんだト……」


 【スケアクロウ】は一歩後方へ引き、『光刃』を数ミリ単位で回避・・した。

 間合い、タイミング、全てが完璧に噛み合ったと言うのに“回避”が間に合ったのだ。


「ピピ――」


 避けられた要因は二つ。

 一つはディーヤのリーチの無さ。陽気を纏うことで多少は攻撃距離は伸びているが、それでも他の戦士よりも三割ほど短い。

 もう一つは【スケアクロウ】の能力を見誤った事だった。


 体格の大きな者との戦いが多かったディーヤにとって、懐に入りさえすれば相手の多くの手札を封じられる、と結論が出ていた。

 だが、ソレが通じるのは【スケアクロウ】以外の場合である。


「クッ……」


 真横から迫る腕部アームに対して、肘を折りたたんで更に威力の方向へ飛んで受ける。

 小柄な身体は大きく飛び、かなりの距離を離して着地。ダメージはかなり軽減でき――


「――なニ……?」


 足が震え、全身に痺れるような震動が残る。ソレが動きを阻害し、即座に次の行動に移れなかった。

 ただの打撃じゃなイ……


 【スケアクロウ】はディーヤをロックオンし、口部を開く――


「皆が整うまで、少し時間を稼いだ方が良さそうですね」


 走ってくるレイモンドの反応に【スケアクロウ】は対応する。顔をそちらへ向けるとディーヤに放つ予定の『光線』をレイモンドへ放った。






 【スケアクロウ】の放つ『光線』は射たれてからじゃ避けられない。

 正面。疾走。前のめり。その状態で【スケアクロウ】の展開した口部を向けられる事は死と同じだった。


「先に試したんです」


 避けられぬ『光線』はレイモンドの正面に現れた『黒盾』によって阻まれていた。

 弾くのではなく、流すのでもない。その『黒盾』に呑み込まれる様に『光線』は消えていく。


「『重力』は光を吸う」


 『兎族』特有の脚力で渾身の一歩を踏み込むと、レイモンドの跳び蹴りが口部を閉じた【スケアクロウ】へ迫る。


 【スケアクロウ】はディーヤさんの攻撃を避けた。つまり……身体を覆う装甲の強度はそこまで高くない。


 戦いの最中で相手の挙動の一つ一つがヒントになり得る。

 加速と勢いがMAXに近い蹴打が【スケアクロウ】に炸裂。

 重々しい音と衝撃が双方に流れ、レイモンドは反動からくるっと回って着地。【スケアクロウ】はその巨体を大きく吹き飛ば――


「参ったな……どういう理屈ですか?」


 【スケアクロウ】は僅かに後方へズレただけで不動は変わらない。ピンポイントで受けた胸部装甲にはダメージどころか、僅かな凹みすらついていなかった。


「ピピガ――」


 そして、弾ける様にレイモンドへ接近。『光線』による攻撃は無意味と判断したのか、腕部アームによる撲殺を選択。


 明らかに不自然な防御力だ。まだ、情報が必要だね。


 『光線』を射たなくなったのは良い流れだ。回避しつつ【スケアクロウ】の異常な耐久力の秘密を探る。


「――――」


 しかし、レイモンドは足が動かなかった。

 ソレは魔法的な拘束ではなく、足が痺れた様に力が入らない。何をされ――


「――っ!」


 考えている場合ではなかった。

 【スケアクロウ】の振り下ろされる腕部アームを横に転がって避ける。弾ける地面。レイモンドは片足で距離を取るが【スケアクロウ】は追いすがってくる。


 この体格でこのスピードは明らかにおかしい。


 【スケアクロウ】の性能や行動の規則が掴めない。

 避ける条件と受ける条件。

 衝撃に耐える重さと耐久力。

 異常な機動力と攻撃力。


 敵と同じ土俵に立てない。これは戦いに置いて致命的と言える事だった。

 噛み合わないと言う事は、駆け引きが生まれず能力だけの勝負となる。そうなった場合、【スケアクロウ】に能力で上回る事は不可能なのだ。


 【スケアクロウ】がレイモンドを間合いに捉える。

 近い。足はまだ痺れてる。腕部アームを避けられな――


「オラァ!!」


 キュイン、と【スケアクロウ】の戦闘対象が変わる。


 相手が同じ土俵にいない。そんな事を考えずに突っ込むイレギュラーがこの場には居た。


「ピピ――」


 【スケアクロウ】はレイモンドから離れる様にカイルの振り下ろす『霊剣ガラット』を回避する。

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