第27話 もにゅん

 乾燥した空気。

 絶望を感じる敵の音。

 どこを見ても死が転がっている。


 中層『秋』。無機質な機人の群れが銃を撃ち合う戦場。

 偶然の死、必然の死。その両方が無数に入り乱れる現状は過去に経験があった。


 鼓動が人を動かす。

 ドクンッと身体を起動する。

 それは自身が高揚すればする程、理解して行き、更にその先へ至るには――


“ローハン。生き延びたらよ、安寧ってヤツを俺は探そうかと思ってる”


 生き延びた先の思念が必要だとオレは思っている。それに――


「戻る気は無いぜ?」


 今は【霊剣】のローハンだ。






 ローハンを先頭に、カイル、レイモンドと後に続く。

 この世界において、彼らは部外者であり場を巡って争っている二勢力は両方が銃口を向けた。


「――――」


 『広域感知』。ローハンは微弱な電波を周囲に飛ばし、その反射で周囲の状況を常に探った。

 視野や音にも頼れない現状では骨董とも言われる魔法を使うしかない。『雷魔法』の基礎でもある『広域感知』は誰にでも出来るレベルだ。


 三時の方向から――戦車。

 七時の方向から――歩兵隊。

 十時の方向から――装甲車輌。


「よっと」


 『土壁』を発動。しかし即時ではなく、少し時間差で現象を出現させる。効果も魔力が殆んどないので簡単な凹凸を生み出すに留まる。

 

「おっさん! 狙われてる!」

「僕たち、敵の視界のど真ん中を走ってませんか!?」


 後ろから放たれる二人の意見はごもっともだ。このままストレートに塔を目指すのは明らかに自殺行為。だが、それは“戦争”を知らないヤツの考えだろう。


 戦車の砲塔がこちらを向き、歩兵隊が足を止めて銃を構え、装甲車輌が停車し機銃の銃口を定めて来た。


「このまま行くぞ!」

「めっちゃ! 背筋ぞわぞわする!」

「ホントに大丈夫ですか!? これ死にますよ!?」


 三方面の火砲が火を吹く寸前、戦車と装甲車輌の真下、歩兵隊の正面に『土壁』が各々出現した。


「うぉ!?」

「っわあ!?」


 砲撃と機銃掃射が斜めにズレ、歩兵隊は射線を塞がれた。


「ああ言う兵器の大半は平面で標準を合わせてるんだ。ちょっと妨害してやれば簡単に出し抜けるぜ」

「おお! 流石おっさん!」

「真下に時間差で『土壁』を出現させるなんて。そんな使い方もあるのか……」


 若者二人の称賛を背に走る。魔力を節約しながらだとこれが精一杯。『広域探知』も常に並用しながらは、ちとキツイが塔までは持つだろう。


「なぁ、おっさん」

「なんだ?」


 少し追い付いて来たカイルが走りながらオレをつんつんする。


「アレ、こっちに来てない?」

「ん? げっ!」


 それは戦闘ヘリだった。ミサイルに機銃を満載した100%の殺意だけを体現したゴリゴリの兵器。それがミサイルを撃ってきた。


「あ、なんか飛ばしてきた」

「やっべぇぇ!!」


 オレは咄嗟に『土壁』を形成し、カイルを抱える。即座の展開と魔力の少なさから十分な厚みは無く、着弾の爆発と衝撃を緩和する事しか出来ない。

 カイルを抱える態勢で吹き飛ばされる。


「ローハンさん! カイル!」


 レイモンドは咄嗟にブレーキを踏んだか……

 オレは近くの壁に激突し、ちょっと身体が痺れる。キィーンと耳鳴りが酷い。


「おっさん! 大丈夫かよ!」

「あ、ああ……叫ぶな……頭に響く……」


 痛てて……早く動かないと、ヘリの追撃が……もにゅん。


「ん?」

「……え?」


 起き上がる為にカイルを退かそうとしたら、柔らかいモノを押し上げた。それは、言うまでもなく、カイルの胸部にある標準搭載のクッションである。

 オレは、バッ! と手を離す。


「な、なんか……すまん!」

「い、いや! 良いって! さっさと起きろよ!」


 いや……カイルが退いてくれないと起き上がれないんだけど……船でもあったけど、コイツ覆い被さるとマジで理性を削られる身体してる――イカンイカン! 弟子になに発情してんだ、オレ!


「二人とも、何をやってるんですか!」


 煩悩と緊張感の狭間で揺れ動くオレの思考に喝を入れてくれたのはレイモンドだった。

 彼はザッとボルックの身体を背負った状態で、近づいてくる攻撃ヘリからオレらを庇う様に前に立つ。


「レイモンド! あの飛ばしてくるヤツに気をつけろ!」

「見てたからわかるよ」


 カイルも立ち上がって戦闘ヘリと相対。オレは動けるまで後数秒かかる。魔力も殆んど無い。今、機銃を撃たれたら流石にどうしようもねぇぞ……


「もう少し……」

「もっと近づいたら……」


 それでも見た目以上に二人の近接距離は広い。半径5メートル程度なら、跳び上がって撃墜できるのだろうが――


「まぁ、来ねぇよな!」


 戦闘ヘリは距離を取って滞空しつつ機銃がこちらへ向く。オレはそれと同時に痺れから起き上がり、カイルの背にある『霊剣ガラッド』へ手を伸ばす。

 最悪、ここで二人が死ぬよりも『シャドウゴースト』を出してでも生き延びる。


 機銃の掃射とオレが『霊剣ガラッド』の柄を握るのはほぼ同時だった。


「なっ!」

「え?」

「……気づくの遅せーよ」


 戦闘ヘリは、オレらではなく近づいてくる歩兵や戦車を攻撃した。ミサイルや空薬莢を全部吐き出す様に塔までの道を掃討する。


『すまない三人とも。後はワタシが護る。塔へ』


 戦闘ヘリのコントロールを奪ったボルックは、レイモンドに背負われている身体から言葉だけを発した。


「ヒーローは遅れてやってくるとか、次は要らねぇからな」


 オレは半分抜きかけた『霊剣ガラッド』の刀身を、キンッと鞘に戻した。

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