第20話 イフリートの傷

「なんだー。ストフリのヤツ、屋上に留まってんが?」

「ここ最近の寒さはあの子のせいみたいよ」

「何とかしねーといけないんだけどさ」

『確かに氷嵐鳥の場所には、近辺には無い魔力反応を感じる。恐らく“中層”に続く階段だ』

「まずは情報を集める必要がありますね。ストフリの動向と場所を空ける時間を調査しなくては」


 オレ達はタルタスの作ったスープを貰って、夫妻と食卓を囲んでいた。全員床に座っての形で、程よい大きさのお椀にオレ達はスープを貰っている。


「いや、オレが話してみる」

『話すだと?』


 ボルックが驚いた様に聞いてくる。


「オレらの目的は“中層”に行くだけだ。変に刺激して交戦にでもなったら、最悪『シャドウゴースト』が出る可能性がある」


 特にストフリは古代種の中でも直接的な戦闘力を持つ。搦め手を使う奴と違って、シンプルに正面から打ち勝たなければ倒せない。


「ですが、話しなんて出来るんですか?」

「奴らは喋りたがらないだけだ。基本的には人と話す知能と能力は持ってるんだよ。総じて変なヤツが多いってのもあるが」


 独特の価値観を持ち、中にはヒトを餌として見る種もいる。しかし、レイモンドを追い払うに留めたストフリの行動から、話し合いの余地はあると感じた。


「今夜、声をかけてみるよ。早い方が色々とプランを立てられるだろ」

「おっさん。いざとなったら、俺が助けてやるからな!」

「ハハ。まぁ今回は、そのやる気は一旦抑えとけ。ちょっと脇を通りますよ、って言うだけだからな」






 冷風と雪の混じる夜。夜の吹雪は視界と体温を奪う、危険な環境だった。

 常人ならまず外には出ない。朝になるまで耐え忍ぶのが当たり前だろう。

 しかし、これは逆にチャンスだった。

 ストフリにとって有利となる環境での話し合いは、警戒心を和らげてくれる要素として機能するからである。


“只者ではないな?”

「開口一番に冷気をぶっぱなすのは止めてくんない?」


 オレはサリーの案内で、ストフリの居る屋根に出れる窓を教えて貰い、そこから奴と接触した。

 オレが、やぁ、と挨拶しながら姿を見せると、冷気が襲い、オレ以外の周囲が凍りつく。


“敵意は無い様子だが、何を狙っている?”

「あんたの脇をちょこちょこっと通りたくてね」

“我が利用している供給口の事か?”

「供給口?」


 “中層”へ続く階段をその様に認識しているヤツは初めて見た。


“ヤツの刺客か? それとも、新たなハンターか”

「奴?」

“我の身に癒えぬ傷を着けた者だ”


 すると、ストフリは畳んでいる翼を持ち上げる。そこには、オレンジ色の十字傷が氷の身体にヒビを入れるように熱を発していた。


「イフリートの斬撃だな。本来なら受けたモノは瞬時に焼き消える」


 ソレの使い手がいるのも驚きだが、それに耐えているストフリも異常だ。痛そー。


“奴は炎の魔神ではない。その力の借者であり、我の前に現れ、この傷をつけたのだ”

「そいつは大変だったな。で、こっちの話だが――」


 ストフリ個人の問題は置いといて、こちらの要求をとりあえず言ってみる。


「オレ達はあんたが乗ってる階段を利用したい。ほんの少しだけ退いてくれない?」

“断る”

「えぇ……」


 オレは困惑。すると、ストフリが説明を始めた。


“この傷は我の魔力だけでは完治せず、放っておけば侵食し命を脅かす”

「階段を身体で塞ぐ理由にはなってねぇぞ?」

“供給口より流れ出る魔力を利用しているのだ”


 どうやらストフリは、“中層”から出る魔力を得て、少しずつ傷を治癒していると言う事だった。


“この魔力は貴重だ。少しでも意識を外せば傷は再び広がってしまう”

「オレと会話をしてるのは問題ないのか?」

“その程度は呼吸と同じだ”


 何かおかしいと思ったが、傷を癒す為に階段の上に居座ってんのか、コイツ。


“わかったら帰るが良い。我は傷を癒すのに忙しい”

「ちなみにどれくらいで癒えるんだ?」

“僅か10年程だ”


 ふざけんな。


「……傷をもう一回、見せてくれる?」


 と、ストフリは再度翼を上げてイフリートの斬撃を見せてくれた。


「それ、オレなら即日消せるって言ったらどうする?」

“ほう? 理由を聞こうか”


 興味を示した。古代種は自分の事以外に関心が無い。故に永く生きていても知識の幅は極端に狭かったりする。


「そいつは、“呪い”の類いだ。本来なら傷を負った瞬間に対象は燃え消えるレベルの一撃だが、あんたが耐えてるから呪いになっちまってんだよな」


 ストフリの圧倒的な魔力と冷気でも消せない斬撃。思い当たる武器は一つしかない。


「炎剣イフリート」


 それは、カイルの“霊剣ガラット”と並ぶレベルの宝剣だ。

 誰でも抜く事は出来るが、剣を抜いた者にイフリートの適正がなければ瞬時に燃えてしまう、運ゲーな武器である。


「オレが、そいつを破壊する。そしたら、その傷も癒えるハズだ」






「て、事で。明日は“炎剣イフリート”の使い手を捜す。ずず……」


 オレは暖炉の前で毛布をくるまって鼻水をすすりながらそう言った。

 今のオレは“低温状態”(強)だ。警戒させない為にストフリとは正面から話をしたが、コイツは堪えるぜ。


『流石だ。何とかなりそうだな』

「本当に古代種には話が通じるんですね」

「炎剣イフリートかぁ。出来れば欲しいよな!」


 カイルは“霊剣ガラット”と並ぶ宝剣の事の方が気になる様だ。


『【七界剣】と呼ばれる武器は、どれもこれも、世界を作る力を持つと言われている』

「だから、そう簡単には取り回せない。今回の相手は相当な使い手だろうな」


 下手すればオレに匹敵する相手かもしれない。


「じゃあ、俺の出番だな! 任せてくれよ!」

「いや、正面から戦わんぞ? 様子を見て、寝込みを襲って確実に殺す」


 こっちは武者修行してる武芸者ってワケじゃ無いんだ。さっさと“中層”に行かなきゃならん。


「卑怯だ!」

「クロエが優先だろうが。割りきれ」


 そう言うとカイルは納得行かずとも、うー、と黙った。

 とりあえずは今日は休んで、ストフリの傷からボルックに魔力を探知してもらおう。






「ワシが勝ったら、そのおっぱいを揉む」


 次の日、オレらは“炎剣イフリート”を持つジジィを見つけると、そんな事を言われた。

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