第200話 BULLET 前編(200話記念外伝)

「サリア、我々は“弾丸”だ」


 丸いスコープに標的を映す。

 遥か彼方に存在する者には剣で斬りつける事は勿論、魔法さえも届かない。

 ヒトが危機を感知する事が出来る範囲の更に外側――極大射程より“標的を撃つ”と言う存在そのモノがあたし・・・だった。


「…………」


 クッ、と指先に力を込める。ただソレだけでスコープに捉えていた標的は崩れる様に倒れた。『音魔法』によって銃声は響かず、何が起こったのか誰も解らなかっただろう。


 倒れた標的が確実に事切れたかを確認する為にスコープを覗き続ける。すると、身内と思われる者達が駆け寄り、悲しんだり怒ったり、指示を飛ばしたりして場は慌ただしくなっていた。

 そこまで確認してスコープから眼を離す。


「…………」


 何も感じない。

 あたしの世界はスコープの中だけ。そして放たれた弾丸としての役割をまっとうしただけなのだから――






「サリア。次の任務だ」


 パチパチと薪の空気が弾ける音とそれによって生まれる炎の灯りだけが夜の闇を照らす。呼び出されたあたしは師――エルガンと対面していた。


「標的は【千年公】ゼウス・オリン。今までは神出鬼没で大きな組織にも属し、行動を捕捉する事が困難だったが、現在は『星の探索者』と言うクランを率いている」

「活動拠点は?」

「汽車だ。奴らは『魔道車輪車』と呼称して利用し、移動している」

「今はどこに?」

「ギリスの南沿岸部。空より唐突に現れて不時着している」

「不時着……空を飛ぶの?」

「正確には落ちてきたらしい。工作員によって立ち往生しているが長くは持たん」


 師はあたしに標的の情報資料を渡してきた。ソレを開いて内容に眼を通す。似顔絵も付与されていた。


 ゼウス……オリン。【千年公】。『星の探索者』のクランマスター。

 現在の『星の探索者』メンバーは――

 ローハン・ハインラッド。

 【水面剣士】クロエ・ヴォンガルフ。

 その弟、クロウ・ヴォンガルフ。

 か――


「ゼウスは数多の組織で賢人と称される存在だ。そのゼウスが作ったクランとなると他の手練れがクランに加入する可能性が高い。時間をかければかけるほど難易度は上がるだろう。今の段階で仕留めろ」


 現在の懸念は【水面剣士】のみ。彼女は『剣王会』でも名の知れた剣士であり『水魔法』と『音魔法』の使い手。弟のクロウは非戦闘員で気にする必要はない。この男は――


「ローハン・ハインラッド。標的ゼウスの……息子?」

「血の繋がりは無い。その男は孤児でゼウスより直接師事を受けている。恐らく思考や能力はゼウスに準ずるモノがあるだろう」

「…………問題ないわ」


 そう、何も問題ない。相手が誰であろうとも、意識の外から飛来する“弾丸”を回避する事は出来ない。


「今から向かう」


 あたしは荷物を持って立ち上がると、資料を焚き火の中へ捨てた。


「サリア、我々は“弾丸”だ。放たれたのならば結末は二つ」


 燃える資料が炎を一時的に強くする。


「仕留めるか、外れるか、だ」

「解ってる」


 今までサリア・バレットあたしと言う“弾丸”は外れた事が無いから、ここにいるのだ。






 照りつける太陽が眩しいなぁ。

 オレ達『星の探索者』はギリス南沿岸部の浜辺ビーチにて一週間も立ち往生している。テントや生活用品を展開するベースキャンプを作っておく程に長期の滞在になる可能性を考慮していた。


 ついさっきまで失恋を拗らせた根倉野郎こと【死霊王】の根倉ワールドに居たモンだから世界の眩しさを改めて実感してるぜ。

 心無しか背中の『霊剣ガラット』も嬉しそうだ。これが世界の日射しだぞー。


「参ったわね」


 半袖に涼しげな格好で我らがクランマスターの【千年公】がベースキャンプの椅子に座っていた。

 長距離伝書魔鳥を肩に停まらせて一番近い街から一週間かけて返ってきた手紙を読みながら、ふむぅ、と唸る。


「なんて来ました?」

「必要な部品を『アルテミス』で製造するのに半年、そこからここまで運ぶのに一ヶ月かかるって」

「…………もう、アレ解体してさ、馬車に改良して移動した方が早くない?」


 オレは近くの森に、死んだように鎮座する『魔道車輪車』に視線を送って告げる。

 外装フレームや車輪とかは無事。機関部だけが『死の国』から脱出する際の魔力負荷で出力の許容値をオーバーフローして故障しているのだ。

 つまり、今はただの金属の塊である。


「なっ! 駄目ですよ! ローハンさん! この『魔道車輪車』がどれ程凄いモノなのか……解らないんですか!!?」

「この子はわたくしが試行錯誤と『アルテミス』の人達が乾坤一擲で完成させた魔道具なの。簡単に解体するとか言わないでちょうだい!」


 『魔道車輪車』に抱き着きながら、わーわーと抗議するクロウと、ぷりぷり怒るマスターのせいでオレは人生の7ヶ月をこのビーチで過ごすことになりそうだ。


「クロエさんよ、お前さんの意見も聞いていいか?」


 オレは一縷の望みを賭けてクロエにも聞く。まぁ、この女は末期のブラコンなので聞くだけ無駄なのだが。


「え? え……ええ。そうね……直せるなら、そうした方が良いんじゃない?」


 多数決は三対一。解りきってた結果だが、ちょっとクロエの様子がおかしいな。


「どうした、クロエ。歯切れ悪いぞ、お前」


 いつもなら少し棘がある感じで、直すべきよ、とクロウの意見を100%肯定するのがクロエだ。

 オレが少し近づくと、スッと距離を取るクロエさん。あ、もしかして――


「あー、クロエ。アレは冗談だから気にするなよ」

「……どれの事かしら?」

「『死の国』から帰ったらお前の胸を死ぬ程に揉みまくるって話だ。お前を焚き付ける為のジョークだから」

「…………そう」


 ただでさえ、クロエとはファーストコンタクトでパイ掴みをかまして好感度がマイナスからスタートしているのだ。


 クロエとクロウがいつまで『星の探索者』に居るのかは解らないが、あまり苦手な感じで距離を取られるとギスギスして嫌なんだよな。それに安心して寝れねぇし……


 まぁ『死の国』の冒険を得て、クロエがどんなヤツなのかある程度はわかったし、オレの方から譲歩して少しずつ好感度を稼いで行こう。


「ローハンさん! 『霊剣ガラット』で“故障”をズバッと斬って直せませんか?!」

「そんな事出来るワケねーだろ」


 何を言い出すかね、弟クンは。


「あら、解らないわよ? 『霊剣ガラット』はあらゆるモノを斬る事が出来る。その前後の知識があればね。挑戦するのも悪くないと思うわ(キランッ)」

「物理法則を歪めたらソレは“禁術”じゃないの?」

「大丈夫。わたくしが見てるから」


 何が大丈夫か良くわかんないけど……まぁ『霊剣ガラット』がどれだけ出来るのか見てみる良い機会か。【叡知】さんの監修もあるし。


「じゃあ、やるだけやってみるわ」


 オレは背中から腰に『霊剣ガラット』を持ち変えるとマスターとクロウは、ささっと後ろに移動。停止する『魔道車輪車』に集中する。


「ふー……」


 機関が正常に動く仕組みと、故障している箇所の原因は深く理解している。後は“故障”と言う概念を斬る・・事で元に戻るハズだ。


「ふふ」

「どうなるんだろー」

「……」


 ギャラリーの期待も良い感じに背中に向けられてますねぇ。クロエに関しては聞いてるんだろうけど。


「――――」


 オレは柄を握るとゆっくり力を入れて紫の刃を抵抗無く鞘から抜き放つ。そして、丁寧に上段へ持ち上げると袈裟懸けに振り下ろした。


「…………」


 そして、斜めのV字を描く様に切り返して、鞘へ納める。手応えは何も無いが……さてどうなった?


 マスターとクロウが『魔道車輪車』へ駆け寄る。先頭車輌の機関部を見て――


「直ってる!」

「ロー」


 マスターが満面の笑みで、ぐっと親指を立ててくる。ありゃ、この剣ヤバすぎじゃない? 『七界剣』だしこれくらいは当然か。ヒャッハー! 絶対に高値で売れるぜ! イヤッホウ!






「明日は片付けて出発は明後日にしましょう。今日は各々で好きに過ごすわよー」


 伝令魔鳥へ部品は必要ない旨を手紙で添えて飛び立たせたマスターは、オレらにそう提案した。


「ゼウス先生! 『魔道車輪車』について色々と教えてください! 前の講義が少し途中だったので!」

「あら良いわよ。ちょっと難しい内容になるけど」

「ドンと来いです!」


 マスターはクロウを連れて『魔道車輪車』の仕組みをレクチャーしに行った。後々の整備をクロウが引き受けてくれるならマスターとオレの負担も減る。

 アイツの知識欲には頭が上がらんなぁ。よし、オレは――


「ローハン、どこに行くの?」

「ん? 晩飯を突いてくる」


 水着に着替えてゴーグルと銛と籠を背負ってザブザブと海に入ろうとしたらクロエが声をかけてきた。


「私も同行して良いかしら?」

「別に構わんが……お前、泳げるのか?」


 あっちから寄ってきてくれるのは嬉しいがクロエは盲目だ。水中は地面に足が着かない分、自分の位置を把握しづらいだろうから泳げるのか怪しい。


「泳ぐ感覚は解らないけど、水中で戦う事になるかもしれないから、今の内に経験しておきたいの」


 向上心はクロウに負けず劣らずか。この姉弟は才能以上に経験欲が更に異常だぜ。


「クロウは? 見てなくて良いのか?」

「マスターが近くにいるから問題ないわ。それに半径100メートルには危険な魔物もいない」

「……調べて来たのか?」

「『音魔法』で遠ざけたの」


 生物にとって不快となる音質をクロエは放ってここら一帯を安全圏にしたらしい。相変わらずとんでもねぇ女だ。


「それならせめて水着に着替えろよ。服のまま海に入るつもりか?」

「持ってないわ」

「何となくそんな気はしてたが……言っとくが服は思った以上に水中での動きを鈍らせるんだ。水着ならマスターに頼めば一時間程で作ってくれるぞ」


 クロエは周りを把握する関係上、ボディラインの強調される服を着ている。普通のヒラヒラした服をよりはマシだろうが、脱げるならそうして欲しい所だ。


「聞いたわよ、クロエ」

「聞いたよ! 姉ちゃん!」


 と、マスターとクロウが後ろ近くの岩影からひょこっと出てきて唐突に声を出す。

 その接近に気づかなかったクロエはビクっと驚いていた。


「こんな事もあろうと、全員分の水着は作って置いたから(キランッ)」

「サイズもバッチリだって! 僕のもほら!」


 マスターとクロウはいつの間にか水着に着替えている。てか――


「そっちは勉強会やるんじゃないの?」

「冷静に考えてみたの。明後日にはここを去るのなら、今しか出来ない事を全力で楽しもう、って」

「ドンと来いですよ!」


 同じ様に、ぐっと拳を握りしめるマスターとクロウ。良い師弟だよ、あんたら。






「…………」


 ゼウス達からニキロ離れた地点の山中からサリアは双眼鏡にて四人を見ていた。

 完全に無防備。襲われる事など微塵も考えていない。狙いどころは――


「海から上がった瞬間……」






 泳ぎはマスターの教育では必修科目だったし、オレも水の中に入る苦手意識はなかったから水中には最初から普通に順応出来た。


『それじゃ、手分けして水中散策しましょー』

『はい!』

『うーす』

『…………』


 海中の世界は上から射し込む太陽の光で明るい。

 『水魔法』で大きめの気泡を作り顔周りの空気確保。クロウはクロエの弟なだけあって『水魔法』は標準以上に使えている。会話は全員『音魔法』を使えるので無問題。

 問題があるとすればクロウの義足だが、『星の金属』で作られているからか、沈まずに魔力付与にも問題なく対応していた。


『ゼウス先生! 魚の群れです! 何ですか? あれ!』

『『クリーンシャーク』の群よ。彼らは他の海獣が残した肉や骨を食べて海を綺麗にしてるの。木や布も食べるから難破船なんかも綺麗に解体するわ。その変わりに貴金属なんかは食べないからその場に残すの。ついて行けばお宝があるかもしれないわね』

『お宝! 行きましょう!』


 クロウは『水域』を発生させてマスターと『クリーンシャーク』の群を追いかけて行っちまった。


『…………』


 そんでもって問題はオレの近くで浮くクロエさんですよ。いやー、服を来ててもスタイル良いのに脱ぐと更にスゲーのな。エロ。このパイをオレは鷲掴みしたワケね。

 しかし、クロエ本人は水中に入ってから慣れない環境下なのか余裕が無さげだ。初めて入る様な事を言ってたし、本来なら水は支配する側だもんな。

 去っていくクロウにちょっと慌てた感じが面白い――


『ローハン』

『あ、さーて。晩飯確保しないとなー』


 おっと……クロエが向けられる視線に敏感なのを忘れてたぜ。オレは死にたくないので視線を外すと近くに道具を入れた籠を持つ。

 マスターは海産物が苦手だがウニだけは好きなんだよな。ジパングでも白米にウニ乗せてパクパク食ってたし。なのでウニを探す。ウニはどこだー?


『ローハン待って』


 うぉ!? クロエのパイの感覚が背中にぃ!? お前ってそんなキャラだったか!?


『まだ水中に慣れないの。しばらく捕まってて良いかしら?』

『……いきなり水中よりも、まずは泳ぐところから始めた方が良かったんじゃねぇの?』

『もう少しで感覚が掴めそうだから』


 『水魔法』はクロエの領域だ。水中は地上に比べて魔力の濃度が高いので掌握するのに苦労しているのだろう。

 オレは背中で潰れるクロエのパイの感覚にちょっと前屈み。


『…………うん』


 するとクロエが離れる。自身の周りに『水域』を作っている様子から状況の更新は完了したようだ。


『もう大丈夫か?』

『ええ』


 合法パイは惜しいが、煩悩を悟られて陸に上がったらオレのオレをチョン切られるかもしれん。忘れるなよオレ。クロエは殺ると決めたら殺る女だ。さーてと。ウニを探すかな。


『ローハン』


 籠を背負ってオレが、ウニウニ、と海底の珊瑚や岩の隙間を探し始めるとクロエが寄って来た。


『クロウと一緒に遊んどけよ。マスターも言ってたが、当分は海に入る機会は無いぞ』


 次に行く所はガリアの爺さんのトコだ。ここから内陸部を通って北上するのでしばらくは地続きとなる。お、ウニ発見。


『貴方、何か隠しているでしょう?』

『え? どゆこと?』


 一匹目のウニを背中の籠に入れつつクロエに振り返る。


『【死霊王】と戦ってる時、貴方から別の気配を感じたわ。アレは何?』


 クロエの奴【オールデットワン】の気配を察知したのか?

 結果としては根倉ヤロウとの決戦では『霊剣ガラット』のおかげで成らずに済んだが……【オールデットワン】はマスターの魔力感知でさえ捉える事が出来ないのだ。

 恐らく、クロエは研ぎ澄まされた戦闘勘から強者の気配=【オールデットワン】として感じ取ったのだろう。

 【牙王】シルバーファングの弟子なら相手の戦闘力を測る事は出来るだろうしな。


『おいおい。教えると思うか? 手の内ってのは明かさないから機能するんだよ』

『……マスターはその事を知ってるの?』

『そりゃな。あの人に隠し事は出来ないし、する気もない』

『…………』

『別にお前達の事を信用してないワケじゃない。けど、別に知らなくても良い事だってある』

『……貴方は戦争従事者だったわね』

『察してくれると助かるぜ』


 いずれ話す事があるだろうが、説明するならその時に見せた方が良い。まぁ、マスターが居るならそんなピンチにもならないと思うが。ウニ、二匹目っと。


『……ローハン』

『なんだよ、さっきから』


 オレはウニを採るので忙しいんだが、クロエは『水域』にて海底に立つと少し口淀んでいる様子だった。


『貴方は……誰にでも言ってるの?』

『何を?』

『……私を庇って【死霊王】に言った言葉よ』


 眉間に手を当てて思い出す。当時は何かさ……あの根倉ヤロウに何て言ったら悔しがるがしか考えてなかったんだよなぁ。

 うーむ。解らん!


『……クロエ、悪い。覚えてない』

『……覚えてない?』

『ああ。覚えて――ゴボボォ!!?』


 うぉ!? この女ぁ! オレの『水魔法』の支配権を奪って気泡を割りやがった!?


『……呆れた』


 そう言ってクロエは、スィーとマスター達を追いかけて行った。オレは気泡を再構築。

 ゼー……ゼー……危ねぇ……死ぬ所だった。


『クソ……何なんだよ、もう……』


 何て言ったのか覚えてないオレもオレだが、殺しにくるのは違うだろがい!


『ローハン』

『うぉ!? なんだぁ!?』


 クロエから『音魔法』が飛んでくる。さっきまで殺しかけた奴によく声をかけれるな。痛て。ウニが足下に居たわ。三匹目っと。


『マスターとクロウを助けるのに手を貸して』

『あん?』


 マスターが居て助けがいるだと? 何の冗談だよ。

 オレはクロエが居る場所へ『水域』を作って移動すると、


『あ、ローね。捕まっちゃったわ』

『すごい、真っ暗だ! 姉ちゃーん!』

『……何やってんのさ』






 カモメの鳴き声が近く聞こえる高所。

 標的の居るビーチを一望できる山中にて保護色の服を着て、あたしは狙撃銃本体を組み立てるとスコープを取り付け、微調整を行う。


「…………」


 高い木の高所に実っている果実に標準を合わせる。距離は……約800。指先の僅かな力で引き金を動かすと――


「……少し上にブレたわね」


 弾丸は果実本体でなく、少し上にブレた。

 移動の際の振動や部品の固定具合で毎回、銃身に遊びが生まれる。ボルトアクションで排莢すると少し調整し、もう一度同じ果実を撃つ。


「…………」


 今度は果実の真ん中を撃ち抜いた。構えたまま、ボルトアクションで薬莢を出し、コッキングで次弾を薬室へ。更に同じ箇所を狙い撃ち、穴を通過させる。染み付いた動作で更に同じ箇所を弾丸が通過する。


「問題は無さそうね」


 狙撃銃の装填弾数は五発。微調整も済んだ。証拠をなるべく残さぬ様、薬莢を回収。弾を際装填し、伏せる姿勢を取ると本命の帰ってくるビーチへスコープを向ける。


「…………」


 いつ帰ってくるか解らないが、問題はない。時には3日近く同じ姿勢で構えていた事もある。

 すると海が盛り上がり、海水を操る様にクロエ・ヴォンガルフが飛び出してきた。しかし、彼女はある物に乗っている。


「…………? 貝」






「ホントにさ。どうやったらこんな事になるわけ?」


 オレはクロエと共に高さ三メートル程の巨大なアコヤ貝を『水域』にて浜辺に打ち上げた。中にマスターとクロウが閉じ込められているのである。


『綺麗な真珠を見つけたの。良い純度よ。『魔道車輪車』のパーツに使えそうだったの』

『姉ちゃん、開けられる?』

「大丈夫よ、クロウ。もうちょっと待っててね」

「中に貝柱があるでしょ? それも切っててくださいよー」


 クロエは巨大なアコヤ貝に手を添えて集中する。口の部分は獲物を逃さぬようにピッチリ閉まっているが――


「――『水刃』」


 口の接合部にピシッと『水刃』が走る。そして、グワッと貝が開いた。相変わらず精度がハンパない女だぜ。


「助かったわ、クロエ」

「いえ。クロウ、大丈夫? 怪我はない?」

「大丈夫だよ。次からは気を付ける!」

「そうしてくれ。て言うか真珠デカ」


 マスターが抱えられるくらいにバカデカイ真珠だ。これいくらになるんだろう。


「これくらいなら金貨100枚は行くわね」

「え? それホント?」

「ホントよ。天然物は特に魔力を感応しやすいからもっと価値は上がるわ」

「これで、『魔道車輪車』の機関部の回りの魔力循環をサポートするんですよ!」

「なんてこった……海にこんな宝の山が……」


 ウニなんて採ってる場合じゃねぇ!


「あら、ロー。ウニを採ってくれたの?」

「全部あげる! クロエ、お前の『音魔法』が必要だ! 力を貸してくれ!」

「え、ええ……良い……けど……」

「ローハンさん! 僕も行っても良いですか?!」

「よっしゃー! お前も来い!」

「ドンと来いです!」


 オレの止まらない勢いにクロエもYesしてくれたので、オレはその手を取り、いざ行かん! 金の眠る大海原へ!

 水中では『雷魔法』による索敵は貝を脅かして閉じてしまう可能性がある。しかし『音魔法』で索敵出来るクロエが居ればウハウハだぜ!


わたくしは昼食に皆のウニ丼を作って――」


 その時、クロウが何かに殴られる様に倒れた。






「――被ったか」


 あたしはゼウス・オリンをスコープに捉え、呼吸を合わせて完璧な一射を放った。

 弾丸は間違いなくゼウスの頭部を撃ち抜く未来となるハズだったが……唐突にクロウ・ヴォンガルフが重なった。


 一射目が最も成功率が高かったが、稀にこう言う事が起こる。しかし、何ら問題はない。

 ボルトアクションによる排莢。コッキングにて次弾を装填。スコープを覗く。

 見るとクロエ・ヴォンガルフが倒れた弟へ駆け寄っていた。ゼウスも共に駆け寄り、射線がまたもや被――


 すると、ゼウス達を護る様に砂が一時的な小山となって盛り上がった。その時、パリッ……と静電気が通り抜ける感覚――


「今のは――」


 スコープを動かすと、ローハン・ハインラッドと目が合った・・・・・


「……」


 捕捉された? いや、あり得ない直線距離で1キロ以上離れ、『消命』に擬態も完璧――


 すると、ローハンの手にはいつの間にか1本の剣が握られていた。鞘から抜き放たれた紫の刃をその場でこちらに向かってヒュッと振り下ろす。

 本能と経験則が咄嗟に身体を起して横へ身を退かせた。


「――――馬鹿な……」


 先程まで伏せて居た場所を通過した斬撃は山を割っていた。


 なんだコレは……

 その時、ヴォンと『雷経路』の発動を感じ取る。間違いない。奴はこっちを捕捉して――


「ここはオレ達を一望できるのか。覚えとくぜ」


 『雷経路』を移動してきたローハンは納刀した剣を構えて真後ろの空中に現れた。凍るような冷淡な視線があたしに刺すように向けられる。


「片手片足を貰う」


 ピンを抜く――



 



「クロウ!!」

「クロウ!」


 唐突に殴られる様に倒れたクロウへマスターとクロエが駆け寄った。

 何が起こったのかオレは即座に理解する。


 今のは……狙撃か!? 魔力反応が無く、周囲の被害も殆んど生まない遠隔攻撃となれば――


狙撃銃スナイパーライフルか」


 クロウの倒れ方からして、横からではなく斜め上から撃たれた。『土壁』を発動。砂浜の砂はキメが細かい為、盛り上げる様に山の形状を形成。マスター達を保護する。


「う、ううん……」


 すると、倒れたクロウが頭を押さえながら起き上がった。


「! クロウ!」

「姉ちゃん……頭がガンガンする……」

「あぁぁ……良かった……」


 クロエはクロウを抱きしめる。

 非戦闘員のクロウは義足に『防護陣』を刻んである。命を脅かす攻撃が飛来した際に発動し、あらゆる攻撃からクロウを護るのだ。

 膨大な魔力を内包する『星の金属』だからこそ、防御上限値は未だに底が無い。


「アインに感謝ね。クロウ、気分は? 気持ち悪くない?」

「姉ちゃんの腕が極ってます……」

「クロエ、クロウを診るから一旦放してあげて」

「……はい」


 クロウは二人に任せてれば大丈夫そうだな。

 オレは『雷魔法』『広域感知』を発動し、半径ニキロ範囲にに飛ばした。

 狙撃銃。随分と骨董品を持ち出しやがる。だが……ソレの知識を持つ奴と殺り合った事はあるか?


 『広域感知』の結果を感じ取るがノーヒット。しかし、逆にソレが情報となる。

 『消命』は使ってるな。狙撃手からすれば音も立てずに山の中に潜んでてこの距離から目視で見つける事は不可能――と、思ってるだろ?


「“知識”はお前を捉える」


 クロウの倒れ方、撃たれたタイミングからマスターを狙った一射だった。

 マスターの体格は子供サイズ。狙うにはかなりの角度が必要で更にビーチ全体を俯瞰する必要がある。となれば狙える場所は自ずと――


「来い」


 オレが『霊剣ガラット』を喚ぶと、即座に手に現れた。そして、マスターを狙える高確率の位置に視線を送ると、遠近法を無視した一閃を振り下ろす。


「――やっぱり、そこか」


 その一閃は山を通過する斬線を作ったが、的にした地点で動く影があった。即座に『雷経路エレキライン』を敷き、対象の居る地点へ移動する。


「―――ここはオレ達を一望できるのか。覚えとくぜ」


 移動先には案の定、狙撃銃を持った『エルフ』の女が居た。見た目は若い。だが、銃を持つ手は素人ではなく、慣れ親しんだ様子を感じる。何にせよ、


「片手片足を貰う」


 オレは納刀した『霊剣ガラット』を『エルフ』の女に抜き放った。






 ローハンの判断は合理的だった。

 ゼウスを狙い、弟分クロウへ被害を及ぼした存在は生半可ではない。

 実質、ローハンでも狙撃銃による“狙撃の知識”が無ければサリアを捉える事は出来なかっただろう。


 現代では弾さえも貴重とされる狙撃銃スナイパーライフルは、古代兵器と呼ばれる失われた兵器。ソレをこれ程までに使いこなす存在は絶対に一個人ではない。

 間違いなく……組織的な行動か裏で糸を引く奴が居る。ソレを炙り出す為にも、サリアを殺さずに生かして捕らえる事を選んだのだ。


「――――」


 ピンが抜けていた。

 サリアは『雷経路』が敷かれた瞬間にソレを手に取り、ローハンが背後に現れると同時にピンを抜いたソレを後ろ手で投げる。


閃光手榴弾スタングレード――」


 閃光は流石に斬れない。咄嗟の閉眼が間に合わなかったローハンの放つ『霊剣ガラット』の一閃をサリアは避ける。そして、ライフルを持ち視界から消えるように茂みの中へ離脱した。

 ローハンは着地すると、即座に自身を『土壁』で囲い、視力が戻るまでサリアの銃撃に備える。


「…………」


 撃ってこない。気配は『消命』で消え、動く音は『音魔法』で消しているだろう。ローハンは『広域感知』を発動。サリアが潜伏を選んだのなら引っ掛からないだろうが、それならそれで近くに潜む事になる。


「クロエ、クロウを撃った奴が移動した。お前が捕まえろ」


 ローハンは射線を確保しようとサリアが移動した旨を『音魔法』でクロエに伝える。






 索敵には引っ掛からなかった。

 だと言うのに、こちらの位置が見えているかのように捕捉された……


「ローハン……ハインラッド。奴は――」


 いや、余計な疑問は必要ない。

 ゼウスを仕留める。それさえ達成すれば“弾丸”は意味を成就するのだ。山の中には魔物や動物が多く居る。『広域感知』であたしをピンポイントで捉える事は不可能。


「…………ふー」


 よし、移動しながらも思考は冷静になれた。いつも通りだ。

 しかし、もう狙撃は不可能。ならば……確実に殺せる距離まで近づいて殺す。

 資料のデータではクロエは何よりも弟の事を優先に考えている。故にその死で動きは止めているハズだ。


 あたしは可能な限り、魔物や動物を刺激しながら移動し、追い付いてくる可能性のあるローハンの索敵を少しでも鈍らせる。

 そして、ギリギリまで木々の間を走る事で『雷経路』による最短距離での追走を阻害する。


 森を抜け、ビーチに足を踏み入れると『土壁』の側面に出た。そこには座るクロウに語りかける標的ゼウスが居る。

 この距離なら外さない。狙撃銃を構え――


「解りやすかったわ」


 引き金に力が入らなかった。そして、ズルっと切断された狙撃銃ごと肘から先が砂浜に落ちる。あたしの出てくる所を的確に待ち構えていたクロエが切り落としたのだ。

 銃と肘から先は砂浜に落ちて血に染まる。


「心臓の音」


 クロエの冷ややかな声が両腕切断の痛みに叫びそうになる声を抑え込む。


「どれだけ音を隠しても、それだけは抑えられないわ」


 見誤った……あたしの『消命』を捕捉するレベルまでクロエの能力は秀でていたとは……

 失敗……あたしは……死ぬ……


 出血から力が抜けて膝立ちになると、クロエが剣を振り上げて次の呼吸には首を跳ねる――


「! クロエ!」

「姉ちゃん!」


 ソレを阻止する様な叫びに標的ゼウスとクロウが駆けてきた。

 意識が朦朧とし始める……このままでは間違いなく死ぬだろう。しかし……『叡智』と称されるゼウスの事だ。蘇生される可能性は十分にある。


 故にあたしの“命”だけは決して渡してはならない。外れた“弾丸あたし”に価値は無いのだから――






「クロエ、待て。そいつは生け捕りにしろ」


 視力が回復したオレは『広域感知』で『エルフ』の女が動く様を確認し、『雷経路』でビーチへに戻る。すると、クロエが的確に刺客を無力化していた。両腕を即断。寒気がする位に躊躇いの無い女だぜ。


「ローハン、クロウを狙ったのよ?」

「狙いはマスターだ。結果としてクロウに当たったが……それでも裏で糸を引いてる奴らを確認する為にも生かしとく必要があるんだよ」


 オレは、肩で息をしつつ額に汗を掻いて両腕切断の痛みに耐える『エルフ』の女を見る。クロエに斬首される一秒前だ。


「こいつは尖兵だ。今後の為にも黒幕を肉薄する必要が――」


 すると『エルフ』の女は事切れた様子で力無く横倒れになった。口からは血が流れ出ている。こいつ……口の中に毒を仕込んでやがったのか!?


「! クロエ! ロー! どいて!」


 マスターがオレらを押し退けて『エルフ』の女に駆け寄る。


「『バジリスクの溶解毒』……なんて事を……ロー! 彼女をメディカルベッドに運んで! クロエ! クロウ! 医療具をテントに全部持ってきて!!」

「は、はい!」

「……わかりました」


 クロエはクロウに言われて渋々と言った様子で道具を取りに『魔道車輪車』の貨物車輌へ向かう。

 オレは両腕の断面を縛って止血し、マスターが『エルフ』の女を仮死状態にしたのを確認してから抱え上げる。


「すぐに手術するわ。ロー、手伝って」

「……解った。けど母さん・・・これだけは言わせて貰う」


 母さんの博愛主義は尊敬している。ソレを成す力や知識がある事も知っているし多くを救って来た事実も知ってる。しかし――


「次にコイツがオレ達の誰かを傷つける様な真似や兆候が見えたら……オレの采配で喋る以外の機能を全て奪う」


 襲撃に失敗したら自死を選ぶヤツだ。簡単には口は割らないだろうし、その様に教育されたのなら絶対に喋らないかもしれない。

 それでも、どんな手段を使ってでもこの件の黒幕を燻り出す。この『エルフ』の女の脊髄と脳ミソを無理やり開いてでも、だ。


「……ええ。それでも構わない。この子の殺意与奪は貴方に託すわ、ロー」


 やれやれ。これくらいは約束させないと、元気になったら無条件で逃がしてしまうのが母さんだ。

 『エルフ』となれば……今回ばかりはその博愛主義で全てが丸く収まるとは思えないからな。


 オレは母さんの後に続く様に『エルフ』の女を『メディカルベッド』へ運んだ。

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