第26話 キョウダイ

 ゼウス・オリンがマスターを務めるクラン『星の探索者』へ参入を認められた僕は自分のテントを買う前の仮宿として、余っていたテントを使用していた。


“あばよ、キョウダイ共”


 そして、テントの内側に見つけた一つの文字は深い意味を感じさせるモノだった。


「……マスター、このテント。昔誰か使ってました?」

「ん? あら。ローったらこんな所に落書きして」

「ロー?」

「ローハンってヤツが前にいたのよ。このクランの最古参で何かといけ好かないヤツ」


 サリアさんが自分のテントの前で銃を整備しながら僕とマスターの話を聞いていた。


「本当にサリアはローと仲悪いのね」

「別に。実力は認めてるわ。ただムカつくだけ」

「そう。それなら良かったわ」


 マスターのズレた価値観を理解するのは難しそうだ。ローハン……有名な人なのかな?


「そのローハンって人、強かったんですか?」

「【霊剣】って言えば一部の界隈だと有名だけどね。知らない?」

「知りません」

「ローはとても聡いのよ。戦闘から支援まで何でも出来たわ」


 思い出す様にマスターは首をかしげる。


「どのくらいです?」

「メンバー全員がもう一組いるようなモノよ」

わたくしの“眷属”です」


 胸を張って、ふんす、と自慢げにマスターは顎を上げた。いかんせん、見た目が幼女である為に可愛いとしか感じない。


「マスターの眷属なのに、理性の欠片もないじゃない。脳筋に育てたカイルを見れば自ずと知れるわ」

「カイルは良い子じゃない。ローの事をとても慕っているし、『霊剣ガラッド』を手放しても良いってくらいにローもカイルを認めてる。これって結構凄い事よ?」


 『霊剣ガラッド』は七界剣の中でも異端とされている一振。認めた者しか所持する事が出来ず、その者を越えたと剣が認識しない限りいくら手元に置いても前の所持者の元へ戻ってしまう。

 故に代々所持者の器は上がり続けており『死霊王』を越えてローハンが所持者になったと、ゼウスは語る。


「でも、そんな凄い人が何でクランを抜けたんです?」

「金よ金よ。あのクズ」

「金……ですか」


 サリアさんがローハンと言う人を嫌う理由が少し分かった気がする。


「フフ。このクランは皆同じ方向に進むけど、下車する場所は各々違うわ。ローは他の子たちよりも早く降りただけ」

「マスターは甘過ぎ。どう考えてもローハンはクランから手放す様な人材じゃなかったわよ」

「いいのよ。そのつもりでローと『星の探索者』を立ち上げたんだから」


 『星の探索者』は他に明確な目的を持つクランとは違い、世界中の神秘を調べる為に各地を転々と移動する。

 それはまるで列車の様なモノだった。


「サリアもレイモンドもスメラギもボルックもクロエもカイルも、始まりや終わりは違っても今だけは皆と同じ瞬間を共有してる。それってとても素敵な事じゃないかしら?」

「私はマスターが綺麗過ぎて逆に不安。詐欺なんかに引っ掛かりそうで」

「そうかしら?」


 コロン、と首をかしげるマスターは幼い見た目とは裏腹に底が見えない程に達観していた。そんな彼女が取りまとめるから『星の探索者』は居心地が良いのだろう。

 だからこそ、ローハンと言う人物は何故、このクランを去ったのだろうか?


「フフ。レイモンド、その内ローはまたここに来るわ。会えば彼がどんな人間なのかわかるわよ」

「マスターとサリアさんの評価が正反対過ぎて、有能なのかクズなのかわからないですけど」

「後は自分の眼で判断しなさい。貴方もローの事は好きになるし、ローも貴方をキョウダイの様に接してくれるわ」


 ローハンと言う人物の事を話すマスターは本当に嬉しそうだった。


「ローとの出会いは誰にとっても掛け替えのない瞬間になる。わたくしもそうだったから」






「お前ら、オレから離れるなよ!」


 爆音と無数の破壊が広がる中層にて、ローハンさんは下層の階段のある塔を見て不敵に笑うと先行で駆け出した。

 その後ろからカイルも続き、最後尾にボルックさんの身体を背負う僕が続く。

 ローハンさんの実力は【炎剣イフリート】との戦いを得て理解している。しかし、現状は個の実力よりも判断能力が必要となる状況だ。


 先ほども未知の爆発にやられそうになった。今も目の前で起こる爆音や、何故地面が弾けるのかはわからない。

 全てが未知。『星の探索者』はいつもそればかりを探している。それでも安心感を感じられるのはマスターが居たからだ。


「おっさん! ボルックはどうしたんだよ!?」

「アイツは中身を別の個体に飛ばして戦線を撹乱してる! オレらが塔に入れば戻ってくるから急ぐぞ!」

「……」


 カイルは疑わない。彼を師と慕うのだから当然か。そして僕も――


「レイモンド! 遅れるなよ!」

「カイル、君よりは速く走れるよ?」

「若い奴らは良いねぇ」


 先を走るその背にはマスターと同じ安心感を感じた。

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