第97話 鍋にするぞ!
『遺跡都市』にて、ローハン達が『バトルロワイヤル』を楽しんでいる真っ只中、晴天の空を照らす太陽がジパングの『港城下』へ光を落としていた。
「ふふ。どこから迷い込んだのですか?」
ジパングの『宵宮』境内に入り込んだ猫を見つけた
猫はゴロゴロと喉を鳴らして気持ち良さそうにアマテラスに身を委ねていた。
「今日はミナトが食事当番でしたね。貴方の分のまかないを作ってもらいましょう。おいで」
その言葉を理解したのか、猫は起き上がると歩き出すアマテラスへ続く。アマテラスは縁側から中へあがって猫の足を拭いてあげると共に廊下を通り、台所へ。
「あら?」
壁が通路を塞いでいた。いや、壁ではなく大柄の人間だ。筋骨隆々の体格故に通路を塞ぐように佇んでいる。顔は扉枠より高い為、見えなかった。
「むんっ!」
すると、塞いでいる者は少し身体を引くと、勢いをつけた頭突きにて、ばごんっ! と上枠を破壊。アマテラスの前に出てきた。
「ここにおりましたか姫様! 本日の空は光の空! お一人での日光浴は酔われますぞ! このジュウゾウ! 姫様の為ならば一日、日影に徹しましょうぞ!! ばっははは!!」
現れた巨漢の老人――ジュウゾウは、反射する程に綺麗なスキンヘッドに立派な髭を蓄える剛健な眷属だった。
「あら、ジュウゾウ。私はこれから猫さんとミナトの所へまかないを貰いに行くのです。邪魔をしてはダメですよー」
「ふっ……それはこのジュウゾウもお供してよろしいかっ!? 小腹が空いておりましてな! ばっははは!」
「ええ。良いですよ。猫さんも――」
と、アマテラスは猫を見ると猫はジュウゾウを見て硬直していた。
「ばっははは! 中々に巧妙! カグラが留守の隙を狙うとはな!」
猫は、タッ! と逃げ出すがジュウゾウは、遅いわ! と巨体に似合わぬ高速移動で回り込むと首根っこをつまみ上げた。猫は、フニャッ!? と鳴く。
「あらあら。ジュウゾウ、ダメよ。可哀想に」
「姫様を護る為にも規則は規則! 境内に存在できる生物は蟻一匹たりとも数が合わなければ排除! こやつは猫鍋となるでしょう! 飢餓の時代はひっ捕まえて良く食べておりましたからな! 美味ですぞ! ばっははは!」
「ちょっ! 冗談じゃないニャ!」
ぼうんっ! と猫が煙を出すとジュウゾウの首根っこを掴んでいた“猫”は猫耳に尾が二つある少女――『妖魔族』『猫又』に変化した。
「あら」
「ばっはっはっは! 日向ぼっこならば見逃したが、姫様に取り入ろうとするなど看過できん! 肉も増えたし、五人前くらいの猫鍋に――」
「んニャ!? ごめんなさいニャ! 殺さないでぇぇ!!」
首根っこで浮かされた状態で、じたばたする『猫又』であるが、シュウゾウの不動な様子に逃げられる気配はない。このままでは本当に猫鍋になってしまう。
「シュウゾウ」
「姫様とて、こればかりは変えられませんぞ! 例外を作れば次も次もと埒が開きませんからな! しかも『妖魔族』! 隙を見せればもっと面倒な事になりますぞ! ばっははは!」
『宵宮』の全てを管理するシュウゾウに例外は通じない。『猫又』の運命は決まった様なモノだった。
「カグラ様っ! カグラ様を呼んでぇ!!」
「あら、カグラのお友達?」
必死に叫ぶ『猫又』からカグラの名前が出る。
誰の事か即座に解ったアマテラスは、ジュウゾウ、お話しだけでも聞きましょう? と提案した。
ジュウゾウは手を離すと『猫又』は尻から落ちて、ニャフ!? と痛がった。
「ばっははは! よし、一度は許そう。逃げようとしたら猫鍋、嘘だったら更に猫鍋だ!」
「猫鍋は嫌ニャ……」
【
「わっちの名前はシロ。前に大森林にやって来たカグラ様に助けられて暫く色々と世話してもらったニャ」
『猫又』のシロはカグラとの関係から説明する。
「あら? いつの事かしら?」
「『空亡』のヤツが死んだ後に、カグラ様は大森林で『妖魔族』の様子を身に来たニャ。そんで、『宵宮』と兼用して【大妖怪】として今後は皆を見ていくって」
「ばっははは! 猫よ、敬語を使わんか! 鍋にするぞ!」
「ニャ!? そ、それで……ちょっとトラブルが起こったですから……カグラ様に助けてもらおうと……」
その言葉にアマテラスは眼を輝かせてジュウゾウを見上げる。
「ジュウゾウ、ジュウゾウ、トラブルですよ。良い“物語”の予感です」
「ばっははは! 姫様! “外にいる姫様”より毎晩、受け取っているではありませんか! 貪欲にも程がありますぞ!」
「? 天光様は目の前に……」
「猫っ! 鍋になりたくなかったら……今のは忘れるのだ!」
「! りょ、了解ニャ!」
なんの弾みで猫鍋にされるか解ったモノじゃない。シロは二人の判断を待つ。
「ジュウゾウ、私の感情を抜きにしてもシロさんの話は無視出来ません。『妖魔族』にとって『宵宮』は不可侵の場所。彼らが『宵宮』の壁を越える事の意味。重々理解しているハズです」
【始まりの火】の眷属との敵対は『妖魔族』にとって死を意味する。
【土蜘蛛】の一族が一方的に殲滅された事は『妖魔族』の中でも忘れてはならない事件であり、下手に的にされたら自分達も……と畏怖するべき事だった。
「それだけの危険を犯してでも伝えねばならぬ事があるのです。こちらから兵を送る事を検討するべきでは?」
「ふむ。それにしてはゴロゴロと喉を鳴らしておりましたな!」
「ね、猫はああされると、身を委ねるのニャ!」
「敬語っ!」
「身を委ねるですニャ!」
「ふふふ」
シロのリアクションにアマテラスは笑う。対するジュウゾウは少し悩む様子で、
「しかし今、カグラは姫様と共に『ジパング』を離れておられます。他の者では余計に拗れる可能性がありますぞ」
「え? カグラ様と天光様が……『ジパング』を離れてる?」
「猫っ! 今のは忘れるのだ! 鍋にするぞ!」
「ヒェッ!」
ちょいちょい口が滑るジュウゾウ。
下手に会話の意味を考えるとノータイムで鍋にされると察したシロは、勘弁してニャ……と萎えて縮こまる。
「ちなみに、何が起こったのですか?」
アマテラスの質問にシロは即座に答えた。
「……“空亡”を炎獄から引っ張り出そうとしてるヤツらいるですニャ。そのせいで、皆の妖力が吸われて苦しんでるですニャ」
“空亡”は過去最大最悪の『百鬼夜行』を形成した首魁だった。過去に死した『妖魔族』をも列に加えて『港城下』へ侵攻。
当時、ジパングに観光に来ていたゼウスとローハンが居なかったら【始まりの火】は“空亡”に奪われていたかもしれない。
「ジュウゾウ、私が行きます」
「天光様がですニャ!?」
本来なら姿を見ることさえも畏れ多いアマテラスが自ら出向くと告げる。
「ふむ……“空亡”関係ではソレが最適解ですな。ナギサ!」
ジュウゾウは『港城下』の視察に出ている眷属へ連絡を取る。
『どうされました? ジュウゾウ様』
「姫様が大森林へ向かう! ワシとお前も行くぞ!」
『わかりました、半日お待ちを。仕事を終わらせます』
「半日後に出発ですな。猫よ、案内を頼むぞ! ばっははは!」
何とか猫鍋は回避できたシロはほっと胸を撫で下ろす。そして、少し気配を探るがカグラの妖力は『宵宮』から感じられなかった。
「……カグラ様はやっぱり留守なのですかニャ?」
“カグラが、【大妖怪】。文句ある、妖怪、皆、黙った、ね。困ったら、頼って、ね”
本来なら異変があったら“糸分身”がすぐに現れて解決してくれるカグラの事は弱い立場の『妖魔族』程頼りにしていた。
「ええ。帰ってきたら最後に会った時よりもずっと立派になっていますよ」
「外で友達が出来ると良いですな! ばっははは!」
同時刻『バトルロワイヤル』にて――
「貴女、達が、先に、来て、くれた。嬉、しい」
「その仮面の下を……ぶん殴りに来たわよ。“眷属”カグラ!」
「お前、滅茶苦茶強いな。でも……おっさんの方がもっと強ぇ!」
戦意を強く向けてくるソーナとカイルにカグラは仮面の下で微笑んだ。
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