第2話 女となると扱いに困る弟子

「なるほど。どうりで皆の顔が明るいわけだ」


 オリバさんは実働をオレに譲り、今は武具の整備などを主にする先任の常駐戦士である。オレからすれば先輩であり、尊敬できる人格者だ。

 カイルが戻った事は狭い村では瞬時に広まる。巨乳美女になっていた事も含めて。


「聞いた話では、相当に可憐な容姿になっているとか」

「村の男どもは大半が目の色を変えてましたよ」


 特に強調の激しい胸部を見てたな。


「君はどうなんだい?」

「……どうって、何がです?」

「カイル君を見てだ」

「そりゃ、育ってると思いますけどね。でも……女だったとは」

「はっはっは」


 オリバさんは珍しく口を開けて笑う。いつも優しく微笑んでいる顔がデフォルトな人だが、大笑いはあまりしない人だ。


「時の流れは本当に早いね」

「そうですね」


 村に居た頃は将来に酒を飲み交わす事を楽しみにしていた愛弟子だったが……まさか扱いに困る日が来るとは……


「オリバのじっちゃん。いるー?」


 噂をすれば来た。


「久しいな、カイル君」

「おっさんも居たか」


 オレをオマケ扱いする愛弟子は長い間村を離れていたので、会えなかった知り合いを一通り回ってる様だ。


「随分と雰囲気が変わったね。村を出る前とは見違える様だよ」

「色んなヤツに揉まれたからな! 特に“キャプテン”と戦った時はヤバかったぜ!」

「お前……クライブと戦りあったのか?」

「めっちゃ強かったぜ! ありゃおっさんよりも強いな!」


 なぬ!? それは少々訂正せねば。


「言っておくがな。オレはお前に本気は一度も見せてねぇ!」

「へー、じゃあどんくらい強いんだよ」

「クライブとオレは互角だ。その意味を偉大であると知れい!」


 “キャプテン”クライブは、己が認めた者以外とは会話をしない。相当に偏屈なヤツで、基本的には攻撃を仕掛けてくるヤベー奴なのだ。


「あ、それでか」

「お? 何か言ってたか? あの半裸野郎」

「“霊剣ガラット”を見てさ、ローハンは死んだか? って聞いてきたから。死んだって言っといたよ」

「おい」

「そしたら、鼻で笑ってた」


 あの野郎。時間を見つけて一度、ぶん殴りに行くか。


「ローハン、そろそろ夕刻の見回りの時間だろう」

「あ、そうですね」


 建物の外にある日時計が程よい時刻を指している。オレは壁に立て掛けてある剣を取る。


「俺も行くよ」

「お前は帰ってきたばっかなんだから、他の所にも顔を出してやれよ」

「別に明日でもいいよ。村を歩いてると何かと視線が刺さるし」


 そのおっぱいにか。


「だから、おっさんと村の外歩く方が良さそうだって思ってね」


 昔みたいに歯を見せて笑う弟子。オレは当時のようにその頭に手を置いた。


「生意気な笑顔をしやがって」


 と、カイルが驚いた様な眼を向けてくる。その眼にオレも我に帰った。

 昔の癖で頭を撫でちまった! いや……何も落ち度は無いんだけどよ……でも、コイツは女だったワケで、昔みたいなスキンシップは拒絶される事も考えなければならない!


 オレの平穏で理想的な生活が弟子から軽蔑の眼差しを向けられたら一気に瓦解する! それだけは……絶対に避けなければ!


「い、いつまで子供扱いしてんだよっ!」


 そう言ってカイルは恥ずかしそうにオレの手を退ける。イカン……リカバリーせねば!


「お、おう。悪かった」

「急にびっくりするじゃんか……」


 そう言って背を向けるカイル。オレはいたたまれない気持ちを隠すように夕刻の見回りに歩き出す。


「あ、おっさん待ってよ!」


 慌てて背を追いかけてくる声と仕草は、昔と何一つ変わらなかった。






 見回りを終えて、オレはカイルの家で夕飯を馳走になっていた。


「いやー、オレも夕飯に呼ばれちゃって良いんですか?」

「別に構わないよ」


 カイルは祖母のクルスさんと二人暮らしだ。クルスさんはカイルのやることを全て尊重し、快く村から送り出した。

 オレはカイルが村を離れている間、クルスさんの事は特に気にかけていたのである。


「ばーちゃんの料理は相変わらずうめー」


 久しぶりに味わう家庭の味にカイルはご満悦の様だ。オレも夕食は良くご馳走になっているのでその心境は深く理解できる。


「ふふ。やっぱりカイルがいると賑やかね」

「でも、少々五月蝿すぎやしませんか? クルスさんからすればもっと穏やかな方が良いでしょう」

「なんだよ、おっさん。俺が居ないうちにばーちゃんを懐柔したのか?」

「お、懐柔なんて難しい言葉を使えるのか。成長したな」

「バカにしてんだろ!」


 からかうオレに目くじらを立てるカイル。そんなオレらを見てクルスさんは笑いっぱなしだ。


「へへん。俺はもう酒も飲めるぜ! いつまでも子供だと思うなよ!」


 そりゃ……立派に突出した胸部を見れば一発で子供じゃないとわかるわい。


「クランでも皆が俺に酒を勧めてくるんだ。でも50杯くらいで皆潰れるんだぜ!」

「お前、それ盛ってるだろ?」

「クロエさんがストップかけて、何故か俺に飲ませようとした奴らに説教しててよ。あれ何なんだ?」


 酔ってお持ち帰り狙いか。多分、ボルックかスメラギの奴だろう。しかし、カイルの様子を見るに返り討ちに合ってる様だ。ザマァ。


「まぁ、お前は酒に強い体質って事だよ。逆にどんだけで酔い潰れるかオレが試してやろうか?」

「いいぜぇ。酒買ってくるか!」

「ここにあるわよ」


 クルスさんが、バサァ、と部屋の隅にある布を取ると酒樽をさらけ出す。オレも知らなかったギミックだ。


「え? 何ですかこれ」

「ローハンさんがカイルと飲むのが夢だって言ってたから、買っておいたのよ」


 ふと言葉に出したオレの理想の一つをクルスさんは覚えていたらしい。ちょっと恥ずかしい。


「なんだよ、おっさん! 俺と飲みたかったのかよ!」


 なんだよそれー、とカイルが笑う。なんか、馬鹿にされたようでムッと来た。


「おーおー、言うじゃねぇかカイルちゃんよ~。お前の言った話が本当がどうかおっさんに検証させてくれよ」

「いいぜ」


 そこからは飲み比べが始まった。

 しかし、30杯を行った辺りでオレは意識を失う。恐ろしい事にカイルの奴はジュースみたいにゴクゴク飲んでやがった。

 コイツは……バケモンだ。ガクッ……

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