第3話 何でもするぜ!

「おーい。おっさん。起きろよ」


 オレは揺さぶられて意識を取り戻した。

 村人服を着るカイルがオレの顔を覗き込んでいる。


「んなとこで寝ると風邪引くぜ」

「お、おう……」


 酔いに加えて、急に近い間合いの女弟子に混乱状態が加速する。

 何とか状況を判断できるまで脳を回復させてる間、カイルはクルスさんと夕食の片付けをしていた。


「……」


 仲良く談話するカイルは本当に良い女になった。オレが男としてカイルを鍛えた事もあって、口調は相変わらずだが……クランの奴らは何も指摘しなかったのかよ。


「帰るよ。ごちそうさん」

「カイル、ローハンさんを送ってあげなさい」

「いや、クルスさん。大丈夫ですよ」

「ふらふらで何言ってんだよおっさん!」


 ちなみにカイルは少し頬が赤くなってる程度で全く酔った様子がない。バケモノめ……コイツと飲み比べるのは止めよう。


「道端で倒れても困るからね。カイル、嫌と言っても送ってやりなさい」

「て、事だ! 観念しろよ!」


 カイルは逃がさない様にオレの腕にしがみつく。無論、巨峰が当たるのは言うまでもない。


「わかったから……ちょっと離れてくれ」


 酔ってると理性がヤバイんだよ。






 オレの寝るだけの家は村と森の境にある。オリバさんの寝泊まりしている武器庫とは別の所だ。


「うわー、何にも変わってねぇな!」


 室内は必要最低限の物だけ置いてある。ベッドに本棚や魔道具を置く棚と、簡単な薬草などを調合する道具だけ。壁にはバッグや武器を吊るしてある。


「変えるモンがねぇんだよ。水……水……」


 体内のアルコールを薄めねば。ちょっとずつ気持ち悪くなってきた。

 外に作った雨水の濾過装置から新鮮な水をコップに入れて飲む。

 その間、カイルは懐かしそうに部屋の中を徘徊していた。その腰には『霊剣ガラット』が異彩を放つ。


「……お前、ガラットは抜けたか?」


 オレの質問にカイルは自慢げに振り向いた。


「おう! 二回抜いたぜ! 一回目は『スカルワーム』を真っ二つにして、二回目は雪崩をぶった斬ったぞ!」


 自慢げに語るカイルが可愛らしくて思わず笑う。


「何笑ってんだよ! あ、そっか俺はもうおっさんを越えちまってたか!」

「貸してみろ」


 俺は“霊剣ガラット”を催促し、カイルから受けとる。


「まだ、たったの二回か?」

「え?」


 オレはガラットを抜くとカイルの身体を横に凪いだ。

 突然のオレの行動にカイルは反応できずに棒立ちしたままで、何が起こったのか理解出来ずにいた。


「“霊剣ガラット”は斬るモノを自在に選別できる。だが、ソレを成す為の実力が無ければ抜く事は出来ない」


 カイルへ放った一閃はすり抜ける様に通過した。結果として何も斬らなかったが、これはいつでも“霊剣ガラット”を抜けるオレだからこそ出来た芸当だ。

 すると、愛弟子の視線が刺さる。


「フッフッフ。これでもオレは本気じゃないぜ? オレを越えた、だの抜かすなら、まずは自在に抜けるようにする――」

「す、スゲー!」


 と、稽古時代に良く向けられていた弟子の眼差しを向けられる。“霊剣ガラット”を長く所持していた故に、その凄さを理解出来たのだろう。


「やっぱりおっさんはスゲーよ! 街やクランでさ、色んな剣士に会ったけど、おっさん以上の奴は誰も居なかった!」

「当たり前よ! 最初に言っただろ? オレを倒せるのはこの地上には存在しねぇ!」


 久しぶりに向けられる弟子からの羨望の眼差しは気分が良いわい。

 精進しろよ、とオレは“霊剣ガラット”をカイルに返した。

 そこでオレは吐き気を催す。体内に溜め込んだアルコールが体内処理しきれず外へ強制解放を促していた。


「う……おぇぇぇ」


 外に出ると、ゴミを燃やす用の穴にアルコールを吐き出す。飲んでから動く様なモンじゃねぇな……


「大丈夫かよ」


 カイルが優しく背中を叩いてくれた。地味に心地良いが……師匠としての威厳がぁ……


「大丈夫だ……お前はもう帰れ。うっろろろ……」

「ホントかよ」

「ああ……お前は経験無いかも知れないが……吐くとスッキリするんだよ」


 少し落ち着いた様子を見せると、不安ながらもカイルは帰る事にしてくれた。

 ふぃ……何とか師としての威厳は保てたか。


「それと、おっさん。ちょっと言い忘れてたんだけど――」

「なんだ?」


 オレは水で軽く口の中をゆすぎながら聞き返す。


「少しは俺の事もちゃんと見てくれよ?」

「…………」

「じゃ、じゃあ、明日。稽古に来るからな!」


 そう言ってカイルは走って去って行った。


「……やれやれ」


 頼むから意識させないでくれ。






 後日、カイルは宣言通りオレの所にやってきた。腕前は上げたが、やはり、まだまだ青い。


「やっぱ、おっさんは強えー」


 座り込んで肩で息をするカイルは程よく汗を掻き楽しそうだ。オレもあるべき師弟関係に満足していたりする。


「お前は少し動きが変わったな」

「え? どんな風に?」

「無駄が減って効率が良くなった。剣を振る回数を意識した動きだな」


 基本的にクランでの仕事は何でもアリだ。

 剣一つで生きていくにしても、効率を考えなければならない。


「何度も魔物の群れを相手をすると自然とそうなるんだ。頑張ってる証拠だな」

「何でもお見通しかよ!」


 そう言いつつもカイルは嬉しそうだ。

 呼吸を整えてカイルは立ち上がると、再び稽古を再開する。


「あのさ、おっさん」

「なんだ?」


 木剣で打ち合いながらカイルが会話を始めた。


「おっさんは何でクランを離れたんだ?」

「色々と疲れちまってな。お前も街にいたなら忙しさは身に染みてわかっただろ?」

「確かに忙しいけど……おっさんなら、こなせないレベルじゃないと思うよ?」

「それでもオレはゆったりした所が好きなんだよ」

「じゃあ何でクランに入ったんだ?」


 中々に核心をつく弟子。しかし、その目的は一つだった。


「まぁ、金だな」

「金かぁ~」


 カイルはその言葉に否定も肯定もすることも無くそんな声を返した。


「有名になりすぎると色々とうるせぇからな。こそこそ稼いで目標の金額に到達したから、抜けたってワケよ」

「でも、クロエさんはキレてたぞ」

「ワハハ! アイツは“霊剣ガラット”にご執心だったからな。所持者のオレを是が非でも眼の届く所に置いときたかったんだろ」


 今はその役目はカイルに移ったので、オレは完全にロックから外れた事だろう。

 すると、カイルの打ち込みが止まった。


「どうした? もう疲れたか?」

「おっさん。俺の頼みを聞いてくれない?」

「なんだなんだ? 畏まりやがって。師匠に言ってみなさい」


 そう言うとカイルは嬉しそうに、そして決意をしたように眼を向けてきた。


「今、クラン全体である仕事に挑戦してるんだ」

「ほー、そりゃ大事だな」

「おっさんも知ってるだろ? 『遺跡都市の願いを叶える珠』の事だ」


 カイルからの言葉を聞いて、オレは古い記憶が甦る。


「……クロエのヤツ……まだ踏ん切りがついてねぇのかよ」

「それで、遺跡内部に調査に入ったクロエさんと連絡がつかないんだ。だから……力を貸して欲しい!」


 アイツ……相当に入り込んだのか。


「クロエさんはおっさんには絶対に言うなって言ってたけど……俺……どうしたら良いのかわかんなくて……」


 不安そうに眼を伏せて涙ぐむ弟子を安心させるようにオレは頭を撫でる。


「お前にそこまで言われたんじゃ行くしかねぇな!」

「おっさん……」


 オレは不謹慎ながら心踊っていた。

 一人立ちをした弟子が帰省し、師匠を頼る。そのシチュエーションは、オレが望んだモノの一つ!


「色々と手続きがあるから、数日待て。一緒に行くぞ」

「うん!」


 嬉しそうなカイルの笑顔。オレも久しぶりにクランメンバーの顔でも拝むとするか。


「報酬の事は俺に言ってくれよ! 大した額は払えないけど……変わりに何でもするぜ!」


 意気揚々と告げるカイルの胸部に一瞬だけ眼が行くが、察される前に反らす。


「そ、そう言うのは、大切な時の為に取っておきなさい!」


 オレは煩悩に振り回されない様に何とか師匠としての威厳を保てたと思う。

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