第79話 己の魂に問いかけるのだ!

「“知識”とは生まれてから今日こんにちまで、自分が作り上げてきた“自分”そのもの。眷属となれば、【原始の木】の膨大な“知識”に全て上書きされてしまう」


 自我や自己。

 それは自分自身で得てきた知識によって形成され唯一無二のモノとして己の中で“個性”となる。しかし、それら全てを上回る“知識”を手に入れてしまったら、その“個性”は無くなってしまうとマスターは説明した。


「要するに自分で考える事を止めちまうのさ」

「……でも、ローハンは平気そうじゃない」

「オレの場合は【オールデットワン】の事がある。それが精神的な柱になって、何とか考え続ける事が出来てるんだよ」


 まぁ、カイルを弟子として鍛える事も“知識”に依存しない生き方だったから、随分と助けられている。


「でも、マスターの前の眷属の人達は?」


 あー、先輩方の事か。確かに会ったときは個性まみれな三人だったな。


「前眷属である、わたくしの兄達は各々で確固たる信念があったの。それは“知識”ではどうすることも出来ない程に強い想いだった」


 マスターはどこか懐かしむ様に夜空を見上げる。そう言えば、先輩方全員の最期を看取ったんだっけか。


「サリア、貴女がわたくしの事を慕ってくれる事は解るわ。でも、それは“眷属”にならなくても十分に伝わってるの」


 すると、マスターは立ち上がり『反省中』の札をサリアから外した。


「貴女はわたくしの大切な家族で、唯一無二のサリア・バレットだから」

「――――うん……」






「……」

「……」

「……」

「……」

「……おい」

「……なによ」


 過去話を終えてマスターのテントにあるメディカルベッドへ、ボルックにお姫様抱っこで運んでもらったオレの男の尊厳が低迷した所へ、サリアがやってきた。


「なによ、じゃねぇよ。言いたい事があるならさっさと言えっつの」


 “眷属”を断られた件だろう。サリアの中で納得出来ているかどうかにもよるが、こうしてオレの所に現れた様子を見るに割り切れていないようだ。


「ローハン、マスターの眷属ってどんな感覚なの?」

「別に大したモンじゃない。と言いたいところだが、オレは他とはだいぶ事情が違うしな。さっきも言ったが【オールデットワン】も持ってるし」

「…………」


 マスターの話だとオレは一回死んでるっぽい。皆と聞くまで初耳だったので、ちょっと口が開きっぱなしだった。


「諦めろよ。マスターが迎えない限り、“眷属”には成れない。それに、これはお前を思って――」

「解ってるわよ」


 サリアは少し吹っ切れた様子で続けた。


「何となく、マスターがあんたを贔屓する理由が解ったわ」

「……オレの場合はソレしか方法がなかったんだよ」


 “眷属”になっていなければ『グリーズアッシュ砦』で身が滅びるまで戦い続けていただろう。


「結局はオレがマスターにおんぶされてるのさ。オレからすればお前らの方がずっと上等だぜ?」

「……そうは思えないけど」

「だってよ、お前らは自分達の力でマスターと肩を並べられるだろ? オレは違う。全部、他から与えられたモンだ」


 【オールデットワン】も【原始の木】の“知識”も、全部自分が努力や才能で得たモノじゃない。


「こんなボロボロの奴を、あの博愛ロリがほっとくと思うか?」

「……思わないわね」

「だろ?」


 オレ自身の存在は歪なのだ。故にマスターにはずっと心配をかけている。


「クランから離れた理由の一つがマスターの心労を減らす為さ。ずっとおんぶされたままなんて格好がつかねぇ」

「……情けないわね」

「男には譲れないモンもあるんだよ」


 故にあまり争いの無い片田舎へフェードインしたワケなのだが、縁ってヤツは中々にオレの人生を荒立てるらしい。


「だから、不安定なオレよりもお前達の方がマスターには必要なんだよ。そのままのサリア・バレットがな」

「…………マスターと『エンジェル教団』に行ったときにヤマトと会ったのよ」


 まぁ、アマテラスが歩き回るならアイツも必然と来るわな。


「正直、戦いになったら自分の命どころか、マスターでさえ斬られると思ったわ」


 ヤマトは眷属としての都合上、アマテラスからは離れられない。しかし、その実力は純粋な一対一ではアインの婆さんに刃が届くレベルだ。


「だから、あたしも“眷属”に成ればって思って」

「別に強くなれるワケじゃねぇぞ?」

「マスターの話を聞いてそれは理解してるわ。それに、もうそれに固執する事も止めたから」


 どういう解釈したのかわからんが、サリアの中で納得できるモノにはなった様だ。


「もしも、ヤマトがマスターの命を狙うなら最大射程から狙撃することにする」

「…………まぁ、お前らしい戦い方だな」


 それでヤマトを殺れるなら苦労しないが、サリアが良い笑顔なのでスルーしておこう。






「我が身の未熟を恥じねばならん」

「急にどうしたの? スメラギ」


 乾いた洗濯物(女性用)を取り込むクロエの後ろで『反省中』の札を首から下げるスメラギは腕を組んで直立不動だった。


主様マイスターの眷属……その話を聞き、まさにあるべき主従関係になれると心にたるみが出た。しかしっ! それは間違いだった!」


 ぐっと拳を握りしめてスメラギは力説する。


「主様より与えられた力で主様を護ったところで何の意味がある!? このスメラギ! 己の弱さに恥を感じられずにいられん!」

「スメラギ、何が言いたいの?」


 クロエはわざわざ自分の所に来た理由を問う。スメラギは半分に割れた月を見上げた。


「暫し、修行に出る。今の某では主様を護るには力不足を感じた。この『反省中』が主様の手で外されなかったのがその証! 故に……今一度、己の魂に問いかけるのだ!」


 クワッ! と眼を見開くスメラギ。クロエは積んだ洗濯物を、よいしょ、と持ち上げた。


「瞑想ならクランでも出来るでしょう?」

「忘れたかクロエよ。某の“魂”は並大抵ではない事を」

「そこまで言うなら止めないけど……私の元に来た理由は何?」

「お主には某の代わりに主様の付き人を頼みたい!」


 つまり、いつも通りでいいってことね。


「それでは、サラバ――」

「あ、スメラギ。ここに居たのね」


 その時、ひょこっとゼウスが現れる。スメラギは、バッ! と片膝で跪き、頭を垂れる。


「主様……止めないでくだされ! このスメラギ――」

「はい」


 ゼウスは屈んだスメラギから『反省中』の札を取った。


「ごめんなさい。忘れてたの。それで、わたくしに話があるの?」

「……このスメラギ、乾坤一擲に主様にお仕え致します!」

「クロエ?」


 会話の前後を即座に理解出来ないゼウスは事情を知ってそうなクロエに問うと、


「いつも通りです」


 いつもと変わらない『星の探索者』であると微笑んだ。

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