第253話 アリシアちゅわぁん!

 ナイト家の襲撃があった旨を、『コロッセオ』の件が改正される事の報告に向かった伝令から【夜王】スピルは知った。

 その後に多くの見舞金と屋敷を建て直す人員を送り、スピルも先代領主とエマを追悼すら為にナイト家を訪れる。


「陛下……」

「最も危険な境界を護り続け、これ程の事態にも関わらず『太陽の民』に対しての報復の為に握った拳を耐えるナイト家を私は誇りに思う」

「…………先代も陛下よりその言葉を頂ける事を嬉しく思うでしょう」


 墓標に黙祷するスピルと並ぶブラッドはそう言うが、口調のみで本心では別の事を考えている目付きだった。






 新たにナイト家の領主となったブラッドであったが、此度の一件で領民は更に減った。


「ブラッド様、他の領主様より三つの家柄を受け入れたいと通達が来ております」


 執事のルークは毎月の様にやってくる報告を此度も言いづらそうにブラッドへ告げる。


 『太陽の民』は自分達にとって存在するだけで驚異だ。敵意を持って相対すればほぼ勝ち目はない。

 それに加えて、ナイト家が直接襲われて領主を殺された言う事実から領民が不安に思うのも無理はなかった。

 唯でさえ『陽気』の強いこの地に居続けるだけでもリスクだと言うのに、いつ『昼夜の境界』から奴らが来るか分からない恐怖から離れたいと思うのは仕方なかった。


「構わん。承認していい」


 ブラッドは引き留めなかった。

 『太陽の民』はもうあの境界を越えて来ない。ライラックは口にした言葉を厳守する男であり、信頼に値する。

 しかし、ソレを領民に説明する程の説得力を持たせる事は出来なかった故に、ブラッドは領民が出て行きたいと言っても引き留める事はしなかった。


「ここは最も夜が遠い地だ」


 これまで自分達を支えてくれた領民に達へ、転領先で不自由しないように敷金を持たせる事だけは忘れなかった。






 領民の移動が落ち着いた数年後。

 ナイト家は貴族間では最早没落した貴族として認知され、誰もその動向を知る必要は無いと忘れさられ始めていた。

 ブラッド自身も外への関心は殆どなく、残った領民達の農業を手伝う日々を過ごした。


「ブラッド様! わざわざ貴方様がやらずとも……」

「いや、手伝わせてくれ。暇なんだ」


 時折、『昼夜の境界』を越えて現れる魔物の知らせを受けて、それの狩猟へと赴く事も少なくなかった。


「ありがとうございます! 本当に……もう終わりかと思いました……うぅ……」

「気にするな。不安なら屋敷の近くに住まいを移して良い。土地は余っているからな」


 少ない領民を気にかけるブラッドは良君主として見られる事も多かった。

 更に十数年後、出て行った領民の子供達が大人になり、ここで働かせて欲しいと戻ってきたのである。


「良い兆しですな」

「現状を知れば帰るだろう」


 そうは言うブラッドであったが、内心は嬉しく思っている様子を側に仕えるルークも感じ取り微笑みを浮かべた。

 そんな噂が広まってか、首都にて貴族を集めたパーティーの招待状がブラッドの元へ届く。


「初めてですな」

「無視は……出来んな」


 いくら国の端に居るとはいえ、貴族としての位を貰っている以上は出席せねばならない。

 ナイト領特有の『陽気』を使った野菜でも売り込むか。そんな気持ちで他の領主と多少の接点を持とうとルークと共に首都へ。


「首都は変わらんな」

「ですな」


 普段から軽い『陽気』にあたるブラッドとルークも『ナイトパレス』の住人。深い夜の中に居る事による安心感は本能的に感じられた。


「だが、俺が間に入る事は出来無さそうだ」


 スピルが主催と言う事もあり、国内のほぼ全ての貴族が参加していた。しかし、それらと接点のないブラッドは場に浮いている。

 聞き耳を立てても、高度な商業や政治の話をしており完全に蚊帳の外。

 野菜を売り込む間も無いか……。と時間を潰そうとテラスに出て領民たちへのお土産でも考えていると、


「本当っにっ! なんなのっ! 一体! ベトベトするっ!」

「…………」


 ぷんすか怒りながらドレス姿の淑女がテラスへ出てきた。白い手袋を取ると丸めて、テラスからポチッと汚物を捨てるかのように投げ捨てる。


「勝手に決めて……ホントに……もーぉぉぉ!!!」

「…………」


 と、彼女はブラッドに気づいたのか、ピタリと硬直すると、ふー、と息を吐いて、


「今晩は紳士の殿方。お見苦しい所をお見せしました」


 何事も無かったかのようにドレスの端を持ち上げて微笑む。幼さの残る彼女は大人と子供の境界のような容姿である。

 今のを無かった事にしようとしている彼女に、少し酔っていたブラッドは耐えきれず笑ってしまった。


「ブフッ」

「! 何が可笑しいのですか……」

「いや……すまん。酒が入ってしまっていてな。見なかった事にする」


 目くじらを立てる彼女はいつものパーティーでは見ないブラッドが気になった。


「…………貴方、見ない方ですね?」

「ブラッド・ナイト。ナイト領を管理している」

「アリシアです。アリシア・バードン」

「バードン……確か『ナイトパレス』全域の伝令組織だな」

「はい。ブラッド様……ナイト領は『昼夜の境界』を見守って下さっているのですよね? ありがとうございます。ブラッド様のおかげで私たちは安心して暮らせております」

「…………ああ。ありがとう」


 ブラッドはライラックが告げた不可侵の件は他の誰にも言っていなかった。


「アリシア! ここに居たのか!」

「! お父様!」


 すると、テラスへ中年で髭を蓄えたアリシアの父親が怒り顔で出てきた。


「先ほどの態度はなんだ!? ガルライド家のご子息に平手打ちをするなど!」

「お父様こそ! 人を見る眼を養ってください! あの方は私の身体ばかりを見ていましたし、二人きりになると迫ってきたのです! 私は夜の慰み物ではありません!」

「それが夫婦の営みと言うものだ! お前はまだ子供だから知らぬだけだ!」

「私はもう18の成人です! 自分の相手は自分で決めます!!」

「ならば、今すぐここにソイツを連れてこい!!」


 『ナイトパレス』ではバードン家とガルライド家は貢献度も高く貴族間でも高位に位置する両家。他に割り込む家柄があったとしてもいくらでも捩じ伏せる事が可能だった。

 つまり、アリシアはこの縁談からは絶対に逃れられないのである。


「この方です!!」


 アリシアは我関せずと景色を眺めていたブラッドが巻き込まれまいと去ろうとした所を腕にしがみつかれた。


「なっ!?」

「…………おい」

「話を合わせてください。お願いします……」


 ボソッ、とアリシアは告げてくる。この場を逃れたい一心で言っている事は誰の目にも明らかだった。


「すまんがソレは出来――」

「アリシアちゅわぁん! ここでしょぉ!?」


 すると、紳士服がはち切れんばかりの巨漢がテラス窓を破壊せん勢いで開くと場に現れた。

 そして、ずいっ、と場を見回すとブラッドの陰にヒュッと隠れたアリシアを見て、


「もうアリシアちゃんの匂いはさっきの平手打ちで覚えたからねぇ! ぼきゅからは逃げられないよぉ! 初夜! 初夜!」


 脂ぎった肥満顔でニチャァと笑った。

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