第113話 温泉館

「皆様は初めてですので、施設のご説明をさせて頂きます」

「? 何でアタシ達が初めてってわかるのよ」


 確かに初めてだが、絶え間ない人の往来のある『温泉館』だ。初入りと言う事を断言できる様子に警戒心の強いサリアは聞き返した。


「私は“優秀”ですので、来場した者の中で、“出禁者”、“警戒者”は全て覚えております」

「へー、すげー」

屋敷精霊ハウスメイドとして当然の嗜みでございます、銀髪巨乳のお嬢さん」

「カイルでいいよ! 俺もアネックスさんって呼ぶから!」

「よろしくお願い致します、カイル様」


 アネックスは手の平を上に向けると、簡易の見取図を魔法陣の様に四人の前に展開する。魔力の流れから盲目のクロエでも形を知覚出来る様に考慮されていた。


「こちらが脱衣所。こちらが室内大浴場、数多の湯と水張りを用意しております。こちらがサウナ。こちらが露天風呂でございます」


 部分部分を強調的に光らせて分かりやすく説明を始めた。


「武器はどこに置けば良いのかしら?」

「脱衣所は各々の武器を保全する棚がございますクロエ様。入浴場内ではタオル以外の私物の持ち込みは原則禁止です。セキュリティに関しましてはこの“優秀”な私が一任していますので気兼ね無くお預けください」

「サウナがあるのね」

「ご利用の際は自己責任でお願いしますゼウス様。当館では死体を取り扱っては居ませんので、ほどほどに」

「アネックス、二つ聞きたいんだけど良い?」

「何でしょうか? サリア様」


 アネックスの説明にサリアは二つの疑問を尋ねる。


「まず、アタシ達はカイル以外は名乗ってないわよね? 何で名前を知ってるの?」

「『星の探索者』は有名でございます。特に我がマスターよりゼウス様とその身内の方々が来館なされた時は特に気にかけるようにと」

「あら、光栄ね。貴女のマスターは誰かしら?」

「テンペスト様です」


 その言葉にクロエとサリアは驚く。カイルは、誰だ? と首を傾げた。

 ゼウスは『千夜の湯』のマスターは教え子の一人かと思っていたが、旧友の名前が出されて優しく微笑む。


「そう。テンペストにもありがとうって伝えて頂戴」

「かしこまりました」

「でも俺の名前は知らなかったよな?」

「カイル様は我がマスターと面識が無かったみたいなので。後もう一人、ウサ耳ネクラ僕っ子男子の方も名前は存じません」

「レイモンドの事か……」

「サリア様。もう一つのご質問を」


 テンペストの名には驚いたが、今はソレを言及する必要は無い。それよりも――


「これ、入浴場は男女に別れて無いんだけど……」


 見取図は温泉館全体のモノだ。食堂や自分達の居る位置も表示されている為、間違いない。

 肝心の男湯と女湯が分かれていなかった。


「それに関しましては当館の限界でございます」

「限界?」

「我がマスターの“大いなる計画”により、この『温泉館』は建てられたのですが、遺跡都市は記録の残らない最古より文明が残る地。新たな建物を建造する為の自由な敷地はこの範囲が限界だったのです」


 それは、テンペストの更に上の存在が何よりも“眷属”に厳守させている事だ。開拓と文明の選定は自分達が干渉する事ではないと言う勅命である。


「故に当館は男女に湯を分けた場合、十分なサービスを提供できないと判断し混浴となっておられます。しかし、性行や過度なボディタッチに関しましては“優秀”な私が眼を光らせております故」


 その分、入浴場は大きく、窮屈には感じない造りになっている。


「うーん……でも混浴は……」

「サリアは嫌なの?」

「クロエはどうなのよ?」

「私はあまり気にはしないわ。そう言うのが仕方の無い場だもの」


 ある程度の注目を引き付けるのは仕方ない、とクロエは割り切っていた。


「俺は皆で固まれば大丈夫だと思う!」


 温泉館の内部にある数多の湯に興味を示すカイルはすぐにでも入りたい様だ。

 純真無垢なカイルはあんまりそう言う事に疎いし真剣には考えていないか……


「サリア様の仰る事は理解しております。しかし、より多くの方にリラクゼーションをお届けしたいと言うのが我がマスターの意向です」

「言いたいことは解るけどね……」


 これがルールなら仕方ないが……うーん……


「大丈夫よ、サリア。わたくしに任せて」


 ゼウスは自信満々にそう言うと、ロビー全体に声を届けるように身体を向ける。


「みんなー、これからわたくし達はお風呂に入るわ! 一緒に入りたい子はいらっしゃーい!」


 『音魔法』でその声を館全体に飛ばした。






「……ホントに居なくなった」

「これってどう言う事だ?」

「マスターの人柄の成せる現象って事かしら?」

「あらあら。残念ね」


 ゼウスが声を飛ばし脱衣所に入ると、男客はそそくさと大入浴場を後にし始めた。

 そして、結果として僅かな女客が数名残った程度となり、四人はタオルを身体に巻いてその様を確認している。


「皆様のネーム効果も大きいと思われます」

「わっ!?」


 いつの間にか横に立つメイド服のアネックスにカイルは驚く。


「【千年公】【水面剣士】【魔弾】。今後、眼をつけられて得のある方々では御座いませんので」

「俺は?」

「カイル様は普通ですね」

「くっそー! 俺もいつか、名前だけで震え上がらせてやる!」

「まさか、過去の所業に感謝する日が来るなんてね……」

「サリアに眼をつけられたくない人の方が世間では多いと思うわ」

「ふふ。はーい、余計な事は考えずに今日はリラックスしましょう」


 三人は、はーい、と返事を返す。引率するのが一番幼い見た目のゼウスと言うのは違和感がある面子だが、年功序列なのだから仕方ない。


「あ、カイル。湯槽に入るときはタオルを取って。後、こっちにいらっしゃい。長い髪は纏めてあげるわ。クロエ、反響する分、距離感を誤らない様にね。サリア、慣れるまで側に居てあげて」

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