第30話 じゃじゃ馬だぜ

『……』


 前に一人出たカイルを見て『機人』のヤツは分析している様だった。

 ボルックと違い、ヤツに理性は無い。求めるのは常に最適解であり、場の面子の排除が目的だろう。

 故に、一人だけ前に出るカイルとオレらを観察して罠じゃないかを分析しているのだ。


「かかって来いよ。ビビってんのか?」


 剣を鞘から出し、切っ先を『機人』に向けて挑発する。

 理性の無い相手に挑発など何の意味も為さないが、まぁビビってる様なモンか。オレは思わず、フフ、と笑ってしまう。


『……』


 フッ、と『機人』が消えた。

 その瞬間、カイルは側面に剣を跳ね上げると、現れた『機人』の腕を払い上げた。


『……』


 再び『機人』が消える。

 カイルはその場にしゃがむと、剣を持ち変えて切っ先を反対の側面に突き出す。すると、そちらへ現れた『機人』の身体を大きく弾いた。


「お、やるな。捉えたか」


 この世界に存在する魔法は外と内に作用する二つに分けられる。

 前者は基本的に“見える”又は“感じられる”エネルギーで構成された魔法だ。

 後者は己の内に作用して自身だけに恩恵をもたらす魔法である。

 代表的なのは『身体強化』。『加速』はレアな部類なのだが使用者に多大な負荷をかける事でも知られる。


「全然見えない……」


 レイモンドは『機人』の動きを眼では追えない様子。正直言って、肉眼で『加速』を捉える事は不可能に近い。

 魔力反応で動きを先読みするのが基本的な対処になる。


「お前やボルックと違ってカイルは感覚型だからな。相手の動き、魔力……そして、誘導が上手い」

「誘導ですか?」

「一から十まで相手の動きを読み続ける事は出来ない。常に集中力を維持する必要があるし、今回の相手は疲労が無さそうだからな」


 『機人』の優位点は感情による駆け引きが皆無な事に加えて、燃料が続く限り攻撃が止まない。しかし、動きを効率化するからこそ、単純な誘導に乗せられしまうのだ。

 まぁクロエ程の誘導と先読みがあれば、一、二手の接触で即座に斬り捨てられるだろうが。


「カイルの“誘導”は、まだまだ中級者って所だがヤツは上手くハマッてるな」


 その証拠にカイルはその場を一歩も動かずに『機人』の攻撃をいなしている。

 『加速』で攻めても届かない。それなら次は――


『…………』


 『機人』の形状が変化する。装甲が僅かに開き、フェイスの一部が開放。コフゥ……と空気が吐き出る。


「――――!」


 カイルが咄嗟に場を飛び退くと元居た位置が球状に抉れた。

 ヤツは戦闘スタイルを『圧縮』に切り替えた。空間ごと読み合いを拒否する攻撃。しかし、欠点も一つ見えたな。さて、カイルは気づいているのか?


「――――」

『…………』


 距離を開けるカイルへ『機人』は間合いを詰める。ヤツからすれば適正距離に入るだけで勝てるのだから当然か。

 しかし、それは凶。カイルはその動きを読み、逆に踏み込んだ。


 両者の間合いが潰れる。『圧縮』は――距離が近すぎて自身を巻き込む可能性から発動出来ない。


「お前の目的は侵入者の排除だもんな」


 相討ちは負け。しかし、それは『機人』にも言える事だ。

 カイルの剣が跳ね上がる。形状の変形で開いた装甲の隙間は実に狙いやすい。


『…………』


 すると『機人』はカイルの太刀筋を瞬時に読み、装甲に角度をつけると表層を滑らせる様に剣線を凌ぐ。金属を滑る音と僅かな切り傷が刻まれるが無傷と言っても良いだろう。

 『機人』は一歩後ろへ下がる。『圧縮』の適正距離にカイルを捉えた。


「カイル!」

「いや、行ける」


 レイモンドは叫ぶが、オレはカイルが掴まったとは思っていない。

 『圧縮』。空間がカイルを飲み込む様に縮む――


「うぉらぁ!」


 『圧縮』が二つに分かれた。

 カイルの背にあった『霊剣ガラット』が抜き放たれ、『圧縮』を斬ったのである。


「そこで抜けなきゃ『霊剣ガラット』はオレの手元から離れねぇ」


 紫色の刀身を世界に見せつける『霊剣ガラット』は圧倒的な異彩を放つ。

 その異様性に『機人』は装甲を閉じて『加速』へとスタイルを戻した。


「に、が、す、かぁ!!」


 『霊剣ガラッド』を持つカイルが踏み込む。『機人』が『加速』する。フッ、と離脱する様に消えた瞬間、カイルもフッと消えた。


「!?」

「! やべえ!」


 レイモンドはカイルが消えた事に驚いているがオレは別だ。


 『加速』が魔法界隈で覇権を取れない理由は二つ。

 一つは習得が難しい事。二つ目は使用した際の負荷に生物では耐えられないことにある。

 停止した瞬間にかかる負荷に肉塊になったと言う事例もある程だ。『加速』時間が長ければ長いほどに停止した時の負荷は計り知れない。


 カイルが『加速』を使えると言うことは全く知らなかった。恐らく『機人』の魔法を見て感覚で会得したのだろう。

 センスではオレを越える逸材であるが、今回は完全に裏目に出た。

 残り魔力でオレも追おう――としたところで横の壁に『機人』が叩きつけられた。


「逃がすワケねぇだろ! この野郎!」


 カイルが『霊剣ガラッド』で『機人』を貫き、勝負を決している所だった。服は『加速』の負荷でボロボロになっているが、本人は無傷だ。

 『機人』の目から光が消える。


「無事……ですね」


 『加速』はきちんと教えるまで使用は禁止だな。本当に――


「目の離せないじゃじゃ馬だぜ」


 それでも、将来を楽しみにさせてくれる愛弟子には飽きない事ばかりだと、笑みがこぼれた。

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