第164話 卒業生謝恩会 (7)
音楽研究部は、卒業生に向けた謝恩会でのステージイベントを無事成功させ、体育館の裏口でお互いを労りあっていた。
ガチャッ
「皆さん、お集まりだね」
裏口にやってきたのは、前生徒会長の山辺だった。
皆、背筋を正す。
「山辺先輩、最後までご面倒をおかけしました。ありがとうございました」
駿が頭を下げると、メンバーたちも全員山辺に頭を下げた。
「おいおい、やめてくれ。私は、みんなの演奏を聞きたかっただけなんだ」
慌てる山辺。
「今回も山辺先輩のお力で歌うことができました。本当にありがとうございました」
目を潤ませる幸子に、山辺は微笑んだ。
「山田(幸子)さんの歌、また一段と上手くなってたね。もっと聞いていたかったよ」
幸子も笑顔で応える。
「山辺先輩は、ご卒業後どうされるんですか?」
駿が尋ねた。
「うん、大学に進学するので、この地を離れることになる。そして、弁護士を目指して頑張ってみようと思う」
「素晴らしい目標です! でも、寂しくなりますね……」
「何かを大きなことを成し遂げようと思ったら、何かを犠牲にしなければいけない。でも、その犠牲は、きっと取り返せるものだと信じている」
「遠く離れたって、オレたちの絆は切れませんよ。絶対に」
「ありがとう、高橋くん。そう言ってもらえて、本当に嬉しいよ」
「弁護士になられたら、ウチの店の顧問弁護士をお願いしますね」
「おっ、顧問契約第一号の予約だな。承ったよ」
山辺とメンバーたちとの間で笑いが起こる。
ガチャッ
「あっ……」
裏口の扉を開けたのは、現生徒会長の澪だった。
「すみません、失礼しました……」
慌てて扉を閉めようとする澪。
「中山(澪)くん、待ちなさい」
そんな澪に、山辺が声をかけた。
扉のところで困惑する澪。
「中山くん、さぁ、こっちへ」
優しい笑顔を浮かべた山辺。
そして、駿も笑顔で手招きする。
「し、失礼します……」
恐る恐る体育館から出てきた澪。
「中山くん、私たち卒業生のために、ステキな謝恩会を開いてくれて本当にありがとう。大変だっただろう」
握手を求める山辺に、澪も恐る恐る応える。
「とんでもございません……」
「私のわがままも聞いてくれて、ありがとう。あとで近隣の家を回るスケジュールを決めよう。みんないい方ばかりだから安心してほしい」
「はい……ありがとうございます……あの、私はこれで……」
居心地が悪いのであろう。
すぐさまこの場から去ろうする澪。
しかし、そんな澪の腕を掴むものがいた。
ココアだ。
「ねぇ、会長さん……戻ったらダメ……ここにいなよ……」
「わ、私は……」
「戻っちゃダメだよ……またぶたれたりするよ……会長さんに痛い思いさせたくないよ……」
澪は動揺した。
「ここなら駿が守ってくれるよ……私たちもいるよ……みんなで会長さん守るよ……」
ふとココアに目を向ける澪。
「!」
ココアは泣いていた。
自分のために涙を流すココアを見ていられず、澪は目をそらす。
「もういいよ……十分だよ……ここにいなよ、ね、ね」
「う、うるさい!」
ココアの手を力付くで振り払った澪。
「アンタみたいな可愛い子が、私みたいなブスの何が分かるっていうの!」
「会長さん……」
「お願いだから、放っておいて!」
ガチャッ バタンッ
澪は、体育館の中に消えてしまう。
「なんで……どうしてなの……分かんないよ……」
涙をこぼすココアに女性陣が集まり、皆で慰めている。
「中山くん……ちょっとマズいな……」
渋い表情を浮かべた山辺。
「はい……何とかしたいのですが、無理矢理というわけにもいかず……」
駿も悔しそうな顔をしている。
「そうだな……無理にとなれば、余計意固地になってしまうだろう……」
「そばについていたいのですが、学年が違うので……」
「そうか……」
「今は、コーラス部と吹奏楽部の部長と懇意にさせてもらっているので、彼女の様子を見るようにお願いしています」
「さすがだな、高橋くん」
「ただ、これ以上は……手遅れになる前に気が付けばいいのですが……」
音楽研究部のメンバーたちも、事情をある程度知っているだけに、心配そうな表情を浮かべていた。
駿も落ち込んでしまう。
そんな駿の背中をバンバンッと叩く山辺。
「ここで音楽研究部のみんなが落ち込んでいてはいけないな」
「そうですね……うん、山辺先輩、ありがとうございます。みんなも、ステージはうまくいったんだから、元気出そう!」
泣いていたココアも顔を上げ、微笑んだ。
「ほら、ココア」
ココアにハンカチを差し出す駿。
「駿、ゴメンね~、ありがとう~」
駿は、ココアの頭をポンポンと笑顔で叩いた。
「よし、撤収しよう」
裏口から体育館に戻り、待機スペースに置いておいたエレアコやアンプを手にする駿たち。
そのまま山辺の先導で体育館の中へ。
「わあああぁぁ!」
突如巻き起こる歓声。
卒業生たちが、音楽研究部を待っていたのだ。
山辺が語る。
「急遽、私たち卒業生も歌いたいって話になってね」
「えっ?」
驚いた駿。
「音楽研究部への返礼だよ」
ステージ上のグランドピアノには音楽教諭が座り、先程亜由美が弾いていた旋律が流れ始める。
ステージ中央では、同じく音楽教諭の大谷が卒業生に向かってタクトを振るっていた。
体育館に響く卒業生全員で歌う別れの歌。
全員が音楽研究部を見つめている。
そして、駿も歌い始めた。
駿の声が響くと、卒業生の間からも喜びの声が上がる。
それに負けじと、幸子が、そしてキララたちも。
バックバンドを務めた達彦や太、亜由美も一緒に歌い始めた。
卒業生と音楽研究部とが一体となって歌う別れの歌。
それは寂しくもあるが、皆が笑顔で歌っている。
卒業生にとって、一生の思い出となる謝恩会になったのだった。
その一方で、音楽研究部のメンバーたちの心の中にも変化が生まれる。
『自分たちも二年後には送られる側になる』
それは別れを予感させるものであり、いつまでも子どもでいられないという現実を突き付けられるものでもあった。
『このままずっとみんなと一緒にいたい』
『大人になんてなりたくない』
そんな少し後ろ向きな気持ちをどこかで抱えながら、少年少女たちは成長し、大人になっていく。
時間を巻き戻すことはできない。
だからこそ強く思うのだ。
『今という時を、精一杯全力で生きて楽しもう』と。
この日、駿たちは、本当の意味で大人への階段を登り始めたのだった。
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