第113話 クリスマスナイト (4)

 ――クリスマスイブの夜


 幸子、ジュリア、ココア、キララの四人は、駿の部屋に泊まるべく、駿からの条件である「親から男の部屋での外泊許可を得る」ために、自分の親と連絡を取り始めた。

 そして、ジュリアとココアは、親からの外泊許可を得たのだった。



 ――【幸子】


「もしもし、お母さん?」

『さっちゃん? まだ帰り遅くなりそう?』

「あのね、お願いがあるの……」

『なに、どうしたの?』

「友達のところに泊まっていい……?」

『あらあら、連絡先とか教えてくれる?』

「お母さん、知ってると思う……」

『えっ?』

「駿くんのお家に泊まりたいの……」

『さっちゃん……』

「あっ! 私ひとりじゃないよ! いつも話してるキララさんとかもいっしょだよ!」

『でも、男性の家に泊まるのは……』

「駿くんは、そういう男の子じゃないって、お母さんも知ってるでしょ?」

『でもねぇ……』

「お母さん、お願い……」

『高橋(駿)くんなら間違いは犯さないと思うけど、それでも男の子だから……』

「私がひとりだったら、駿くん、絶対に泊めてくれないよ。今ね、キララさんとジュリアさん、ココアさんといるの。四人一緒なら大丈夫だよ」

『う~ん……』

「ダメかな……?」


 幸子に手を伸ばす駿。


「あ、お母さん。今、駿くんに代わるね」


 駿は、幸子からスマートフォンを受け取った。


「もしもし、夜分遅くに申し訳ございません、高橋です。お久しぶりです」

『高橋くん、こんばんは、澄子です。お久しぶりですね』

「今、幸子さんから話があったと思いますが……」

『うん、聞いたわ。高橋くんを信用していないわけじゃないんだけど……』

「あの……澄子さんは私のことをよくご存知かと思いますが、ご心配されているようなことは……」


 駿が不能であることを思い出し、ハッとする幸子。

 幸子は、苦笑いしている駿の手をそっと握った。


『あっ……ごめんなさいね、変なこと言わせてしまって……』

「いえ、澄子さんが心配されるのは、当たり前のことですので」

『今、幸子以外のお友達もそこにいるの?』

「はい。先程、幸子さんが言っていた三人がいますよ」


 三人に目配せした駿。


「さっちゃんのママさーん、こんばんわー!」


 ジュリアの無理矢理な挨拶に、その場で笑いが巻き起こる。


「えーと……聞こえましたでしょうか?」

『ええ、随分楽しそうね。ふふふっ』

「す、すみません、今の元気印がジュリアです」


 駿と幸子に向かって、ドヤ顔でピースサインをしているジュリア。


『高橋くん……』

「はい」

『幸子をお任せしていいかしら?』

「はい、大切にお預かりいたします」

『色々幸子に気を使ってくれて、本当にありがとう。高橋くんたちと出会ってから、幸子は本当に変わったわ。文化祭でのステージを見た時は、私、泣いちゃった』

「私も幸子さんと出会えて良かったです。ここにいるジュリアたちとも、幸子さんがいなければ友達にはなれなかったと思います」

『高橋くん、幸子は私の宝物なの。傷付けたりしないでね』

「はい、お約束します。幸子さんは、私にとっても大切な女の子ですので」

『うん、わかった。幸子に代わってくれる?』

「はい、それでは失礼いたします」


 駿は、笑顔で幸子にスマートフォンを返した。


「もしもし」

『さっちゃん? 今、高橋くんとお話ししました』

「うん……」

『外泊、許可してあげる』

「ホント⁉」

『でも、正直言えば心配……高橋くんとはいえ……』

「そうだよね……わがまま言ってごめんなさい……」

『ううん、お母さんの気持ちを知ってもらえただけでも嬉しいわ。高橋くんに迷惑をかけないようにね』

「うん、わかってる」

『そうじゃないと、高橋くんに嫌われちゃうぞ』

「お、お母さん、何言ってるの……!」

『ふふふっ。あっ、いつでも連絡だけはつけられるようにしておいてね』

「うん、わかった。あとで充電させてもらう」

『じゃあ、お友達と楽しい夜を。メリークリスマス、さっちゃん』

「ありがとう……メリークリスマス、お母さん」


 スマートフォンを置く幸子。


「駿くん、さっきはゴメ――」


 駿は、幸子の言葉に被せるように、何も言わず笑顔で幸子の頭を撫でた。


「結果オーライだよ、さっちゃん。良かったな」

「駿くんは、優しすぎだよ……」

「優しい? オレは欲望に忠実なだけだぜ」

「えっ」

「さっちゃんとイブの夜を過ごせるなんて最高じゃん! 男はオオカミなんだぜ! げっへっへっへ」


 両手を頬の横に上げて、獣の真似をする駿。

 それを見た幸子は、それを受け止めるかのように、駿に向けて笑顔で両腕を広げる。


「はい、オオカミさん。どうぞ」


 怯む駿。


「うっ……最近、さっちゃん、こういう返しをしてくるんだよな……」


 ジュリアは、そんな駿の姿を見て呆れた。


「チキン」

「うっ……」


 ココアも、じーっと駿を見ている。


「根性無し~」

「あぅ……」


 キララは、駿を見ようともしない。


「意気地がないわねぇ」

「わ、わかったよ! 悪かったよ! もうっ!」


 慌てる駿に、大笑いする四人。


「キララ、早く電話しろって!」

「はいはーい」


 キララは、スマートフォンを取り出した。


 ◇ ◇ ◇



 ――【キララ】


「もしもし」

『キララか、どうした』

「お父さんか。お母さん、いる?」

『なんだ、お父さんじゃダメなのか』

「いや、ダメってことは無いけど……」


 焦りの表情を見せるキララ。


『なんだ、母さんには言っておいてやるぞ』

「あー……あのさぁ、今夜友達のところに泊まりたいんだ」

『あぁ、クリスマスイブだもんな。誰のウチに泊まるんだ?』


 キララは、諦めの表情をのぞかせた。


「えーと……高橋くんの家なんだ」


『高橋くんって、お前がよく口にしている男子か!』

「そう。もちろん、私だけじゃなくて、ジュ――」

『ダメに決まってるだろ! すぐに帰ってきなさい!』

「最後まで話聞いてってば! 他の友達も――」

『ダーメーだ! お父さん、許さないぞ!』

「チッ……これだから……」

『親に舌打ちするとは何事だ!』

「だって、お父さん、最後まで話聞いてくれないじゃん!」


 言い合いに発展してしまい、幸子、ジュリア、ココアは、どうしたら良いのか、恐れおののいている。

 駿が、キララに電話を代わるように手を伸ばした。

 申し訳無さそうにスマートフォンを駿に手渡すキララ。

 駿は、キララに耳打ちした。


「火に油だったらゴメンな……」


 キララも、両手を合わせて謝罪するポーズを取る。


「もしもし、お電話代わりました。私、高橋と申します。夜分遅くに失礼いたします」

『キミが高橋くんか。娘からよく話は聞いている。だが、クリスマスだからといって、ウチの娘を雰囲気に飲み込ませて、誑かすのはやめてくれないか!』

「キララさんは、誰よりも理知的、理性的です。私がそんな風に誘ったら、絶対に断ります」

『なぜウチの娘を誑かすような真似をするんだ!』

「今ここには、お父様もご存知かと思いますが、山口ジュリアさん、竹中ココアさん、それに、山田幸子さんがいらっしゃいます。キララさんはおひとりでいるわけではありません」

『ったく、どういうつもりなんだ……』

「私の方からもきちんと説明して、それぞれの親御さんから外泊の承諾をいただいています」

『頭おかしいんじゃないか、その子らの親は!』

「私も、ご心配されているようなことはしないとお約束します」

『そんな約束を信用できるか!』

「先程、他の親御さんにもお話ししましたが、私の連絡先と住所もお教えしますので、いつでもお越しいただければ……」

『わざわざキミの家に行けというのか! そもそも、私がいない間に何をしているか、分からないじゃないか!』


 さすがに困った様子を見せる駿。


『高橋くん、この通話、スピーカーに切り替えてくれないか』

「わかりました」


 駿は、スマートフォンをスピーカー設定にした。


『もしもし、みんな聞こえてるのか?』

「お父さん、聞こえてるよ」

「おじさん、こんばんは。ジュリアです」

「ココアもいま~す」

「はじめまして、山田(幸子)と申します」

『みんないるんだな。よし、高橋くん』

「はい」

『これからする質問に正直に答えてくれ。ウソは絶対に無しだ』

「はい、わかりました」

『キミも男だ、そこにいる女の子たちはキミにとって魅力的だろ?』

「はい」

『じゃあ、そこにいる山口(ジュリア)さんと最後までしたいと思ったことは?』


 父の発言内容に驚き、声を上げるキララ。


「お父さん! 何を……」

『お前は黙っていなさい。竹中(ココア)さんとはどうだ? 山田(幸子)さんは? 最後までしたいと思ったことがあるんじゃないのかね。高橋くん、正直に言いたまえ』


 文化祭の前、逃げ出した幸子とのやり取りを思い出す駿。


「はい、あります……」


 駿は、正直に答えた。


『見ろ! みんなが泊まろうとしているのは、こんな男の家なんだぞ! みんなも早く帰りなさい!』


 父親の蛮行に、頭を抱えるキララ。


「あの~……ココアですけど~……それって普通のことですよね~……?」

「あーしもそう思う」

『なんだと!』

「そういうのに興味のない男子なんていないですよね~」

『そういう男子が、そういう目でみんなを見ているんだぞ!』

「私は、そんな目で高橋くんに見られたことないです~」

『内心はそういう目で見ているんだ!』

「心の中であれば別に~……それに、女子だって同じですよ~」

『同じ⁉』

「はい~、女子だって、普通に興味はありますよ~。でも、だからといって、すぐに何かしちゃうようなことはないです~」

『キミはまだ高校生だろ!』

「高校生がそういうことに興味を持つのは普通ですよ~」

『高橋くん、こんな女の子に迫られたら、キミだってことに及ぶだろう!』

「それはあり得ません」

『なぜだ⁉』

「ここにいる女の子は、全員理性的です。私に迫ることなどあり得ません」

『女子も興味があると、今、竹中(ココア)さんが言ってたじゃないか! 娘が迫れば、ことに及ぶということだろ!』

「えっ、キララさんが私に迫るとおっしゃるんですか?」

『雰囲気に流されて、そういうこともあるかもしれないじゃないか!』


 唖然とする五人。


「い、いや、いくらなんでも――」

「もういい!」


 キララは叫んだ。


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