第114話 クリスマスナイト (5)

 ――クリスマスイブの夜


 幸子、ジュリア、ココア、キララの四人は、駿の部屋に泊まるべく、駿からの条件である「親から男の部屋での外泊許可を得る」ために、自分の親と連絡を取り始めた。

 そして、ジュリアとココア、幸子は、親からの外泊許可を得たのだが、キララの父親が強硬的に外泊を許可せず、事態は混沌としていた。


 キララのスマートフォンによるスピーカー通話で、今もキララの父親と駿との交渉が続く。


「えっ、キララさんが私に迫るとおっしゃるんですか?」

『雰囲気に流されて、そういうこともあるかもしれないじゃないか!』


 唖然とする五人。


「い、いや、いくらなんでも――」

「もういい!」


 キララは叫んだ。


「お父さんは……私が雰囲気にのまれて、かんたんに身体を許す女だと思っているみたいだから……しょうがないよ……」


 必死で言葉を紡ぎ出すキララ。


「キララ、それは違う。お父さんはキララのことを心配して――」


 駿の言葉を最後まで聞かず、キララは声を震わせた。


「いつも駿は優しいね。でも、親の本音も聞けたし、もういいよ……」


 キララは、諦めの笑みを浮かべ、頬にそっと涙を流した。

 そんな様子を見て、キララの元に駆けつけ、抱きしめる幸子。


「横からすみません……山田と申します」

『なんだね』

「キララさんは、私が身体を張ってでもお守りします。お約束します」

『キミが娘の犠牲になると言うのかね』

「はい。それであれば、何かあってもキララさんは逃げ出すことができます」

『ふん、そんな口約束が何になるんだね。案外、単にキミが高橋くんとそういうことをしたいだけじゃないのか?』


 キララは目を剥き、父親の暴言に怒りをあらわにする。


 「こ、このクソジ……もがっ!」


 そんなキララの頭を胸に抱く幸子。


「どのように取っていただいても結構です。それでいかがでしょうか」

『ダメだな、何の保証にもならん』

「では、どのようにすれば外泊をお許しいただけますか?」

『外泊など許さん! まぁ強いて言うなら、常に監視させなさい。録画もできた方がいいな。それができるのであれば許してやる』

「か、監視……ここは普通の家です。監視なんて……」

『なら、許さん! キララ! すぐに帰ってきなさい!』


 キララは、幸子の胸の中で静かに涙をこぼした。

 そんなふたりを制止するように手を伸ばす駿。


「わかりました。監視できればいいのですね?」

『なんだね、高橋くんの部屋には防犯カメラでもあるのかね? あったとして、私はどうやってそれを見るんだね』


 キララの父親は、鼻で笑った。


「このまま電話を切らず、五分だけお待ちください」


 立ち上がった駿は、何やら自分のノートパソコンをいじり始める。


 そして――


 ポコン


 通話中のキララのスマートフォンにLIMEのメッセージが届いた。


「キララ、今送ったインターネットのアドレスをお父さんに送ってあげて」

「う、うん……」


 スマートフォンを操作するキララ。


「送った……」

「お父様、たいへんお待たせしました。『ラズゴバ』というアプリはお持ちでしょうか?」

『なんだね、それは』

「お持ちでないようであれば、今、キララさんが送ったアドレスに、パソコンでアクセスしてください」

『待ちたまえ……』


 電話の向こうで、パソコンを操作する音がする。

 駿は、再度自分のパソコンの前に移動する。


「接続できたようですね。はじめまして、高橋と申します」


 パソコンと通話中のスマートフォンから二重で音声が聞こえる。


「キララ、電話切って。大丈夫だから」


 電話を切るキララ。


「すみません、失礼いたしました。改めまして、高橋です。見えますでしょうか?」

『あ、あぁ……』


 キララの父親は、音声のみの接続だ。


「今、部屋の様子を映しますね」


 駿は、ノートパソコンのカメラをキララたちに向ける。

 呆然とするキララたち。


「キララさんたちが見えましたでしょうか?」

『あぁ、見えた……』

「このように、キララさんたちがお帰りになるまで、私の部屋を常時ライブ中継します」

『中継?』

「はい、映像と音声は双方向で送受信可能ですので、このように会話もできます」

『ろ、録画ができないじゃないか!』

「画面右下の赤い丸いボタンをクリックすると、動画データとしてこの映像と音声が記録できます。念のため、私も記録を取っておくようにしますので、うまく録画出来なかった時はお声掛けください。編集無しでデータをお渡しいたします」

『何か問題が起こったら、間に合わないだろ!』

「もしも監視されていて、私がおかしな行動を取っていると思われたら、先程お話ししました通り、ここの住所をお伝えしますので警察を呼んでください」

「駿!」


 警察という言葉に反応するキララ。


「警察を呼ばれるようなことはしないんだから、問題ないよ、キララ」


 駿はキララに笑顔で答えた。


「それと、後ほどそちらからの音声は一旦切らせていただきます。画面左下のベルのボタンをクリックしていただければ、それが呼び鈴になっていますので。これでいかがでしょうか?」


 しばらく応答が無くなる。


『キララ、本当は帰りたいんじゃないのか……?』

「外泊のお願いの連絡をしたのに、なんでそんな話になるのよ……」

『男のところに泊まりたいなんて言うから……お父さんは、きっとキララが正直に言えないような状況で、実は助けを求めているのかと……』


 大きくため息をついたキララ。


「高橋くんのところに泊まりたいって言ったのは、私!」

『えっ?』

「高橋くん、最初は絶対ダメだって断った! 男の家に女の子を泊められないって! だから、私、親の承諾得るからって言ったら、ちゃんと男子の家に泊まるって言えって! 親にウソをつくなって! 高橋くんがそう言ったの!」

『彼が泊まることを強要……』

「そんなわけないでしょ! 他の子も同じ! 彼が私たちの親と直接話をするっていうのも、彼自身が出した条件なの!」

『高橋くんは、なぜそんなことを……』


 静かに答える駿。


「大切な娘さんをお預かりするわけですから、私としても覚悟を示す必要があると考えました。それが親御さんとの直接の対話です」

『そうか……』

「お父さん、お願い……私、みんなとクリスマスイブを過ごしたいの……」

『わかった……許すと言ってしまったからな……』


 その言葉に四人から、わぁっと歓声が上がった。


「ご承諾いただき、ありがとうございます」


 カメラの前で頭を下げる駿。


『ウチの娘を……キララを傷つけるようなことがあったら……貴様、分かってるだろうな』

「はい、大切にお預かりいたします」

「お父さん、ありがとう……」

『仕方ない……』


 ここでキララの表情が厳しいものに変わった。


「ところで、お父さん」

『なんだ』

「さっきまでの電話での会話、全部録音してあるから」

『それがどうしたんだ?』

「お母さんに全部言うからね」

『ちょ、ちょっと待て!』

「お母さんなら、ちゃんと最後まで話を聞いてくれた」

『お父さんは、お前が心配で――』

「お母さんなら、私の友達を傷付けるようなことは言わなかった!」

『いや、だから、それは――』

「駿、向こうの音声切って」

「え……いいのか……?」

「うん、もう切っちゃって」

『キララ、待ちなさい!』

「す、すみません、娘さんの意向で……何かございましたら、呼び鈴ボタンをクリックしてください……」

『ま、待…………』

「えーと、切りました……」


 苦笑いする駿。


「まぁ、これで全員外泊の許可は取れたな。みんなお疲れ様」


 ジュリアとココア、幸子は、顔を合わせあって大喜びした。

 そんな中、ふぅ、っと大きく息を吐くキララ。


「みんな、ゴメンね……ウチのお父さんが……恥ずかしい……」


 キララは、両手で顔を覆い、うなだれてしまった。


「キララがどれだけ大事に育てられてきたか、よくわかったよ」


 笑顔で明るく答える駿。


「駿やさっちゃんのこと、バカにしたりして……もうヤダ……」

「でも、お父さんの言っていたことももっともでさ、オレも男だから、みんなと一緒にいると正直ドキドキすることが多いよ」


 駿は、苦笑いした。


「じゃあ、オオカミさん、私たちを襲いますか?」


 笑顔で両手を広げる幸子。


「さっちゃん、あんまりイジメんでくれ……」


 ジュリアとココア、幸子は、大笑いした。


「駿がチキンなのを親が知ってたら、すぐに外泊許可下りたかもねー」


 イシシッと笑うジュリア。


「や~い、根性無し~」


 ココアはケタケタ笑っている。


「バ、バッカ、オマエら、オレだってやるときゃ……!」

「んじゃ、ほら、あーしんところへおいで」


 駿に向けて両手を広げたジュリア。


「駿~、私のおっきな胸で抱きしめてあげるよ~」


 同じく両手を広げるココア。


「私もいますよ、どうぞ」


 笑顔で両手を広げた幸子。


「うっ……」


 駿は、やはり怯んでしまう。


「キララのお父さーん。ご覧の通り、高橋くんはチキンですので、ご安心くださーい」


 ジュリアの言葉に、女性陣は大笑いした。

 キララも笑っている。


「そうそう、やっぱりキララは笑顔が一番! な!」


 駿の言葉に、笑顔で大きく頷いたジュリアたち。


「まぁ、その笑いのネタがオレってのが気に食わんが……」

「しょうがないね、駿は意気地なしだから」


 キララは、しらっと駿をディスり、四人は大笑いしている。

 顔を真っ赤にして、頭を抱えた駿。


「くっそ~……オマエら、後で覚えてろよ! まったく……」


 駿は涙目になりながら、棚を部屋の隅に移動させている。


「駿、何やってんの~?」

「棚を部屋の隅に置いて、その上にパソコンを置こうかと思って。その方が部屋の中を見渡せるだろ」


 棚の上にパソコンを置いた駿。


「うん、こんなもんかな。それと……」


 ポコン ポコン ポコン


「今、みんなにここを見られるインターネットのアドレスを送ったから、それぞれお父さんやお母さんに送って。スマホだったら『ラズゴバ』っていうアプリから見られるし、パソコンからでも見られるから」

「な、何、あーしたち、これから親にガッツリ監視されんの……?」

「アイウォント、フリ~ダム~」

「見られて困ることはしてないんだから。それで安心してもらえるでしょ、ね」

「駿くん、送りました」

「OK、さっちゃん!」


 ジュリアとココアは、微妙に不満気だ。


「ふたりとも早く送れっての」

「は~い……」


 渋々親にアドレスを送るふたり。


 その時――


 ピンポ~ン♪


 ――パソコンからチャイムの音がした。


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