第112話 クリスマスナイト (3)

 ――クリスマスイブの夜


 幸子、ジュリア、ココア、キララの四人は、駿の部屋に泊まるべく、駿からの条件である「親から男の部屋での外泊許可を得る」ために、自分の親と連絡を取り始めた。



 ――【ジュリア】


「もしもし、ママ?」

『ジュリア?』

「うん、お店忙しいのにゴメンね」

『ううん、大丈夫よ。どうしたの?』

「ママにお願いがあるの」

『うん、何かしら?』

「今夜、友達のところに泊まっていい?」

『別にいいけど……キララちゃんのところ? それとも、ココアちゃん?』

「あのね……男の子のところなの」

『えっ!』

「ほら、私を助けてくれた高橋(駿)くんのところ」

『ジュリア、それは……』

「キララも、ココアも、あとね、さっちゃんも一緒なの」

『う~ん……』

「ママ、お願い……」

『…………』

「ママ……」

『わかったわ……』

「ホント!」

『ただし、その三人が一緒じゃなきゃダメよ』

「うん、わかった」

『せっかくのイブなんだから、楽しんでおいで』

「ありがとう、ママ……」

『じゃあね』

「あ! 待って、ママ! 駿が……高橋くんがママと話したいって。今、変わるね」


 駿にスマートフォンを渡すジュリア。


「もしもし、お電話変わりました。はじめまして、高橋と申します」

『ジュリアの母です。いつもジュリアがお世話になっておりまして……』

「いえ、こちらこそジュリアさんには、いつも仲良くしていただいて……」

『今、娘から話を聞きました』

「はい、ご心配をおかけすることになり、本当に申し訳ございません。ジュリアさんを泣かすようなことは絶対にいたしませんので」

『龍司さんからも高橋くんの話は聞いておりますので、大丈夫だとは思いますが、他の三人も一緒じゃなければ許可しないと言ってあります』

「はい、承知いたしました」

『娘のこと、よろしくお願いいたしますね』

「はい、信用していただいて、ありがとうございます。念のため、私の連絡先をお伝えしますので、何かございましたら、いつでもご連絡ください」

『…………はい、確かにメモしておいたわ』

「それでは、ジュリアさんに変わります」


 駿は、ジュリアにスマートフォンを返した。


「もしもし、電話変わったよ」

『高橋くんなら大丈夫そうね。でも、男の子なんだから、気をつけなきゃダメよ』

「うん、分かった」

『あ、ジュリアは、高橋くんに何かされたいんだっけ? セクシーに誘わなきゃダメよ?』

「ママ!」

『ふふふっ、じゃあね』

「うん、ママは忙しいのに、遊んでてゴメンね……」

『土産話を楽しみにしてるから。じゃあね』


 スマートフォンを置くジュリア。

 駿は笑顔でジュリアを見つめていた。


「ジュリアは、普段の行いがいいんだな。お母さんに信頼されてるし」

「駿……どうして駿が謝るのよ……あーしのワガママじゃない……」


 困ったような表情をするジュリア。

 駿は、そんなジュリアにそっと耳打ちした。


「オレだって、ジュリアともっと一緒にいたいんだよ……」


 バッと顔を上げるジュリア。

 顔は真っ赤だ。


「こ、この天然女たらしめ……」


 駿は、ぷっ、と軽く吹き出した。


「ちょっと意識して言ってみました」

「ア、アンタねぇ……」


 怒るジュリアを、ケラケラ笑う駿。


「いつもジュリアにはイジメられてるからな。たまには仕返ししないと」

「あとで、けちょんけちょんにやっつけてやるからね!」

「おー、望むところだ!」


 ジュリアと駿は、お互い楽しそうに笑い合った。


 ◇ ◇ ◇



 ――【ココア】


「もしもし、パパ?」

『おー、どうした。車か? 今なら迎えに行けるぞ』

「ううん、ちょっとパパにお願いがあって……」

『なんだ?』

「今日、お泊りしていい?」

『友達の家か?』

「高橋くんの家……」

『高橋くんって、あの高橋くんか』

「うん……あとね、ジュリアちゃんとかキララも一緒なの」

『ココア、それはダメだ。帰ってきなさい』

「なんで……」

『お前から高橋くんの話は散々聞いてる。でも、タガが外れて、何かあったらどうする?』

「そんなこと起きないよ……」

『それは分からないだろ。力付くで襲われでもしたら、どうするんだ』

「そんなことしないもん……」

『飲み物に薬でも混ぜられて――』

「駿はそんな男の子じゃない!」


 今まで誰も聞いたことのないような、怒りのこもったココアの大声に、その場にいる誰もが驚いた。

 ココアの目には涙が溜まっている。


 尋常ではない様子に、電話を代わってほしいと手を差し出す駿。

 ココアは、震える手でスマートフォンを手渡した。


「もしもし、お電話代わりました。はじめまして、高橋と申します。夜分遅くにお騒がせしまして、申し訳ございません」

『おぉ、キミが高橋くんか。ココアの父です。娘から高橋くんの話をよく聞いてるよ』

「私の……ですか?」

『ココアが苦しんでいる時に、手を差し伸べてくれて本当にありがとう。キミの動画も見させてもらった』

「高校生にもなって、やんちゃしてしまい、お恥ずかしい限りです……」

『いや、娘をどれだけ大切に思ってくれていたか、あの動画からひしひし伝わってきたよ』

「そう言っていただけると救われます」

『だが、今夜の件はそれとは別の話だ。大事な娘を、それも高校生が男の家に泊まるなど言語道断だ』

「はい、ごもっともです」

『であれば――』

「ひとつ提案があります」

『提案?』

「はい。私の連絡先と住所をお伝えします。いつでもお越しいただいて結構です」

『キミの住まいを公開すると……』

「はい、お越しいただいて、ご覧いただければ、安心していただけるかと……」

『ふむ……』

「先程までゲームで盛り上がっていましたので、よろしければ一緒に遊んでいっていただければ」

『それでウチの娘を傷付けない保証になるかね?』

「私の気持ちの話になってしまいますが……私は、もうココアさんが悲しむ姿を見たくありません……」

『ココアの……』

「はい。私は、いつもココアさんの笑顔から元気をもらっています。でも、ココアさんが悲しみに沈んでいる時期がありました。胸が締め付けられる思いでした」


 駿の胸にそっと飛び込むココア。


「私は、もうあんな思いをしたくありません」


 しばらく沈黙の空気が流れる。


『娘に代わってほしい……』

「はい、少々お待ちください」


 駿は、ココアにスマートフォンを差し出す。


「もしもし……」

『パパだ。ココアと高橋くんを信用しよう』

「パパ……」

『ただ、ココアは、自分の身は自分で守るということをきちんと理解しなさい』

「うん」

『嫌な言い方かもしれないが、高橋くんだって男だ。誰だから大丈夫ということはない』

「うん」

『ココアは、もう女の子じゃない。立派な女性だ。甘えてはいけない。痛い目に合うのは、女性のお前の方なんだ。女性としての危機意識をきちんともっておくこと。いいね?』

「うん、わかった」

『帰ってきたら、またゆっくり話そう……高橋くんにもう一度代わってくれ』


 駿にスマートフォンを差し出すココア。


「もしもし、お電話代わりました」

『高橋くん、今、娘に外泊の許可を与えた。私や娘を裏切るようなことはしないでくれ』

「はい、お約束します」

『例の一件以来、娘は男性不信なんだが、キミだけは違うようだな……娘をよろしく頼む』

「はい、承りました。それでは、私の連絡先と住所をお知らせします。お越しいただければ歓迎しますので、よろしければぜひ」

『高校生が楽しんでいるところに、こんなオジサンが行けないよ』

「来ていただければ、盛り上がると思うんですが……」


「オジサマのお越しをお待ちしております!」

「おじさんもいっしょにゲームやろう!」


『今の声は、キララちゃんとジュリアちゃんか、まいったな……ココアに代わってくれるか? 高橋くん、それじゃあ』

「はい、失礼いたします。今、ココアさんに代わります」


 駿は、笑顔でスマートフォンをココアに返した。


「もしもし、パパ……」

『もしも、帰りたくなったら、何時になってもいいから電話をしなさい。車で迎えに行くから』

「うん、わかった」

『じゃあな』

「パパ、ありがとう……大好き」

『まったく、こんな時ばっかり調子いいな。はい、はい、じゃあな』


 電話を切ったスマートフォンを両手に抱えるココア。


「駿……また助けてもらっちゃったね……」

「逆だろ」

「逆?」

「オレのために怒ってくれて、ありがとな、ココア」

「だって、駿は私を裏切るようなことしないもん……」

「それだけ、お父さんはココアのことを愛しているんだよ。だから心配なんだ。理解してあげな」


 ココアは笑顔で頷いた。


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