第163話 卒業生謝恩会 (6)

 前生徒会長の山辺による説得と調整により、一度は危ぶまれた音楽研究部のステージイベントが実現する運びとなった。


『それでは、最後のステージイベント、音楽研究部、お願いします』


 現生徒会長の澪のアナウンスに、卒業生たちから悲鳴のような歓声と大きな拍手があがる。


 謝恩会での大トリ五分間。

 音楽研究部、たった一曲のステージが始まる。


 ステージ脇の待機スペースで円陣を組んだ音楽研究部。


「よーし! 音楽研究部、いくぞ!」

「おーっ!」


 全員が笑顔で声を上げる。


 メンバーたちがステージ上に姿を現すと、さらに大きな歓声と拍手が湧いた。


「男性陣、アンプの設置をよろしく! 女性陣は電源の配線を頼む!」


 駿の指示で、それぞれが準備を進めていく。

 ステージには、マイクスタンドが五本並べられた。

 その真ん中のマイクスタンドの前に立つ駿。


「マイク、OK?」


 駿の問いに、キララがOKサインを出した。


『卒業生の皆様、大変お待たせいたしました。音楽研究部です』


 アンプから駿の声が流れると、卒業生から大きな拍手と歓声が飛ぶ。


『改めてになりますが、三年生の皆様、ご卒業おめでとうございます』


 駿が頭を深々と下げると、卒業生たちも頭を下げ、体育館の中は静かな空気に包まれた。


『これまでの様々な部のステージイベントで、楽しかった高校生活の思い出を振り返り、そして、希望に満ちたご自身の未来に思いを馳せたものと思います』


 卒業生たちは、真剣な眼差しで駿を見つめている。


『だから……だから私たちは、皆さんを送り出す側の本当の気持ちを、卒業生の皆様へ最後にお伝えしたい。そう思っています』


 駿の背中をポンポンと叩いた幸子。

 準備完了の合図だ。


『私たちは、この一曲にすべての想いを乗せて、お祝いの言葉に変えさせていただきます』


 駿がステージ上に目を配る。

 ステージ最前列には、マイクスタンドが五本並んでいた。

 また、アンプも何台か置かれている。


 ステージ向かって右手のマイクスタンドには、ジュリアとココアが、左手内側のマイクスタンドには、キララが待機していた。

 残ったマイクスタンドは、誰も立っていない。


 幸子は、駿の後ろで待機している状態だ。


 ステージの後方の右手には太、左手には達彦が、アンプに接続されたアコースティックギターを抱え、立っている。

 中央には、駿が使うことになっているアコースティックギターが一台置かれた。


 ステージ備え付けのグランドピアノには、亜由美がおり、駿にOKマークを出している。


 駿が手を上げると、亜由美はゆっくりとピアノを弾き始めた。

 それに呼応して、達彦もギターを優しく弾き始める。


 駿は、マイクスタンドの高さを下げて、幸子とバトンタッチ。

 幸子が中央のマイクスタンドに立った。


 駿は、後方中央のアコースティックギターを抱える。


 幸子が、卒業生たちに語り掛けるように、別れの歌を優しく歌い始めた。


 感情豊かに歌い上げる幸子の歌声は、体育館の外で深々と降る雪と共に、卒業生の心に高校生活と、そして少年少女時代との別れが間近に迫っていることを実感させる。


 Bメロから、ジュリア、ココア、キララが、幸子の歌声にハモっていく。そして、サビは四人が力強く歌った。


 幸子の歌声に、三人のコーラスも負けておらず、しっかりハモっている。その美しいハーモニーに、卒業生、そしてその親も魅了されていた。


 そして一番を歌い終えると、亜由美のピアノの間奏の間に幸子はマイクスタンドの高さを少し高くして、ステージ左手の空いているマイクスタンドの前に立つ。幸子は、以降コーラスとして加わるのだ。


「わああぁぁぁ!」


 卒業生から歓声が上がる。

 ステージの前に、三年生とつながりの深い教員たちが一列に並んだのだ。

 そして、ステージ中央のマイクスタンドの前に立ったのは、音楽研究部とコーラス部の顧問であり、音楽教諭である大谷だった。


 わざと長めの間奏を弾いていた亜由美と達彦。

 そして、もう一度一番を歌い始める。


 これは、駿のアイデアだった。

 教員たちの気持ちをきちんと卒業生に伝えようという考えだ。


 メインのメロディーラインを教員たちが歌っていく。

 卒業生たちも、半ば冷やかしの声を上げながら聞いていた。


 しかし、途中で大谷の歌が途切れる。

 大谷は、ステージの上で手を口元にあて、身体を震わせていた。

 それでも、曲は進んでいく。


「大谷先生!」

「がんばって!」

「おばちゃん先生、がんばれ!」


 卒業生から涙混じりの声援が飛ぶ。


『ごめんね……ごめんね……』


 音楽をバックに、アンプから大谷の声が漏れる。


「大谷先生!」

「大谷先生、がんばれ!」


 その優しさで多くの生徒に人気のある大谷。

 止まない声援は、卒業生たちの間でも親しまれていたことを示していた。

 大谷は涙を拭わず、前を向いて再度歌い始める。


 そして、二番へ。

 大谷と教員たちの歌で、誰もが別れの情景を思い起こす。


 そして、卒業生たちの後ろに座っていた親たちが、卒業生を取り囲むように移動していった。卒業生は、その理由をすぐに理解することになる。

 親たちは、皆手に紙を持っていた。


 そして、Bメロ。

 親たちが自分の子どもに向かって歌い始める。

 手に持っていたのは、歌詞カードだった。


 子どもが大人へ成長していく喜びと、そして近づく別れ。

 複雑で切ない親の気持ちを歌声に乗せていく。


 そして、曲の最後へ。

 体育館が震えるほどの歌声に包まれていく。

 卒業生の多くは涙をこぼし、別れの辛さに両手で顔を覆っているものも多くいた。


 最後のフレーズを、卒業生に囁くように大谷が歌い上げる。


 そこに拍手や歓声はなかった。

 卒業生たちは、ステージを降りた大谷や教員たち、自分の親の元で涙を流している。


 駿は、メンバーたちに目配せをした。

 メンバーたちも理解しているのだろう。

 皆、笑顔でステージから静かに撤収した。


 バタンッ


 待機スペースにある裏口から体育館の外に出た音楽研究部の面々。

 楽器や機材は、一旦待機スペースに置いてある。


「みんな、お疲れ様」


 駿がメンバーを労った。

 全員、やり遂げた達成感で満足そうだ。


「三人とも、すごく良かったよ」

「マジ⁉ あーし、勘違いしちゃうよ!」

「おぅ、しちゃえ、しちゃえ!」


 嬉しそうなジュリア。


「うまくいってホッとしたよ……」

「満点だ、キララ」


 キララは安堵の笑みを浮かべた。

 そして、幸子の胸で泣いているココア。


「私の歌の邪魔にならなかったかって……だから、最高でした! って答えたら……」


 ココアを抱きしめながら、幸子は少しだけ困ったように笑った。


「そっか……ココア、よく頑張った。最高だったぞ」


 ココアの頭を撫でる駿。


「さっちゃんもすっかり歌姫が板についてきたな」

「いえ、まだまだ満足していません……」


 幸子は、頬を赤らめた。


「ここで満足したら、一生駿くんには追いつけないですから」


 笑みを浮かべ、駿を見つめる幸子。


「追いつく? 追い越してもらわなきゃな」

「はい! きっと……きっと追い越してみせます!」

「頼むね、音楽研究部の看板ボーカルさん!」

「はい!」


 幸子は駿とハイタッチを交わした。


 そして、オリジナルメンバーに向き合う駿。


「太、無理にギターやらせちゃって悪かったな」

「駿がカバーしてくれたし、タッツンと姉御がいたからね、どうにかなったよ」


 恥ずかしげに笑う太。


「そうだな、亜由美とタッツン様々だな」

「俺じゃねぇよ。前回もそうだが、ピアノ弾ける亜由美がいなかったら、ヤバかったかもしれねぇぜ、ウチの部」

「あーら、下僕ども、もっと褒めてもいいのよ? オホホホホホ」


 フフンとふんぞり返った亜由美。

 男性陣三人は、揃って頭を抱える。


「な、なによ! たまには褒めてちょうだいよ! 褒められて伸びるタイプなんだから!」

「伸びるのは、天狗の鼻なんじゃねぇのか?」


 達彦の言葉に、みんなが笑い出した。


「なにおーっ!」


 達彦に絡み出す亜由美。


「はい、はい、落ち着きなさいって」

「だって、タッツンが……! もう!」


 駿は、亜由美の耳元で囁いた。


「亜由美、本当にありがとう……」


 囁き返す亜由美。


「何だってするから、遠慮しないで言いなさいよね……」

「サンキューな……」


 亜由美は、呆れたように言い放った。


「あぁー、駿ちゃんは手がかかるんだから、まったく!」


 そういいながらも、笑顔で駿とハグする亜由美。


 メンバーたちは、その光景を微笑ましく見守っていた。


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