第17話 花壇 (3)

 幸子は、花壇を荒らされてしまったことをロングホームルームで報告し、環境委員の責任だとしてクラスメイトへ頭を下げ、謝罪した。


「ちょっと待ってよ! おかしいよ! なんでさっちゃんが頭下げんのさ!」


 声を上げたのは、ギャル軍団のジュリアだった。


「さっちゃん、一生懸命やってたじゃん! おかしくない⁉ あーし、納得いかない!」

「実際のところ、ちゃんと対策をしていなかったから……これは環境委員の責任だと思っています……」

「だとしてもさ! だとしても!」

「ジュリア!」


 ジュリアを諌めるキララ。


「だって! だって、くやしいじゃん! なんでさっちゃんが……! なんでずっと頑張ってたさっちゃんが……! なんで……」


 ジュリアは涙をボロボロこぼしながら、机に突っ伏してしまった。

 慌てて背中をさするココア。

 キララは、困ったような笑顔を浮かべて、幸子に目配せした。

 幸子もちょっと困ったような笑顔で応える。


 教壇に戻り、教卓の上に置いた箱へ手を乗せた幸子。


「ただ、どうしても美しい花々を皆さんにお見せしたい、雰囲気だけでも皆さんにお届けしたいと考え、潰されてしまった花の中から比較的状態の良かった花を集め、押し花のしおりを作ってきました」


 幸子が持ってきた箱を開けると、たくさんの押し花のしおりが入っていた。


「稚拙な出来で恥ずかしいのですが、もしよろしければ、本が好きな方にもらっていただきたく……いかがでしょうか……?」


 シンとする教室。


(ダメかな……私なんかの作ったしおりじゃ……)


 ガガガッ


 椅子を引く音がした。

 キララが前に進み出てくる。


 ガガガガガッ


 ジュリアとココアもそれに続いた。


「へぇ、可愛いじゃない」


 大きな声で感想を口にするキララ。まるでクラスメイトたちに説明するかのように。


「これ手作りなの?」

「はい。電子レンジ使うと、結構かんたんに花弁の水分を飛ばせるんですよ」

「あ、色んなデザインがあるね! 上に巻いてあるのは和紙かな? 可愛いし、渋いし、いいね!」

「はい、気がついてくれて嬉しいです」


 キララの言葉に笑顔で答える幸子。


「ちょっとあーしにも見せて!」

「私も見たい~」


 涙で化粧が崩れたジュリアと、ニコニコ顔のココアもしおりを物色し始めた。


「あー、すっげぇ可愛いじゃん! あーし、この赤いのにしよっかな」

「ジュリアちゃん、ずるい~、もう、じゃあ私この黄色いのがいいな~」


 キララの思惑が伝わったのか、ジュリアとココアも大きな声で喋っている。


 ガガガッ ガタガタ ガタンッ


 三人の様子を見て、次々幸子の元へやってくるクラスメイトたち。


「山田さん、どれもらってもいいの?」

「はい、どれでもお持ちください」


「山田さん、ばあちゃんに持って帰ってもいいかな」

「はい、ぜひお持ち帰りください」


「山田さん、これ……」

「山田さん、あの……」

「ねぇ、山田さん……」


 大勢のクラスメイトに囲まれる経験など今まで無かった。いつもの幸子であれば、そばかすだらけの顔を隠すようにうつむいてしまっていただろう。しかし、今の幸子はクラスメイトのひとりひとりと目を合わせ、会話をしている。他の人にしてみれば、何てことのないこんな会話のひとつひとつにさえ、幸子は喜びと幸せを感じていた。それは言うなれば、『他人に必要とされているという実感』が、少しずつではあるが、確かな自信を幸子に与えているのだった。


 クラスメイトたちの対応をしながら、ふと教室を見渡すと、幸子に向かってジュリアとココアが笑顔で手を振り、その後ろではOKマークを作ったキララがウインクをしている。

 席に座ったままの達彦に目を向けると、口元に笑みを浮かべながら、サムズアップを幸子に送ってくれた。

 隣に座っていた駿も立ち上がり、笑顔で幸子の肩をポンポンと叩く。

 幸子は、全員に満面の笑みで応えたのだった。


 しおりの配布は、ロングホームルームの時間いっぱいまで続き、無事クラスメイトのほぼ全員に行き渡る。

 幸子が改めて挨拶した。


「皆さん、しおりを受け取っていただいて、ありがとうございました。余ったしおりは、生徒会にお渡しして、有効活用してもらおうと思います」


 ニコニコ顔で幸子を見つめるクラスメイトたち。


「今回のことにへこたれず、今後も環境委員をがんばっていきたいと思います。皆さん、ありがとうございました」


 教壇の上からクラスメイトたちに頭を下げる幸子。

 その瞬間。


 パチパチパチパチパチパチパチパチ


 クラスメイトからの割れんばかりの大きな拍手が湧き上がった。

 驚いて顔を上げる幸子。横を見ると駿も笑顔で拍手をしていた。


「いいぞ、さっちゃん!」


 達彦が大声で叫んでいる。


「さっちゃん、がんばれー!」


 ギャル軍団の声もした。

 涙を目に浮かばせながら、もう一度頭を下げる幸子。

 その涙は、悲しみでも、絶望でもない。歓喜の涙だ。

 幸子への拍手は、その後しばらく続いた。


 この日を境に<声>は徐々に鳴りを潜めていくことになる。


 ◇ ◇ ◇


 隣のクラスから聞こえる大きな拍手と歓声。

 亜由美は、太と視線を合わせ、サムズアップを送り合った。ふたりとも満面の笑みを浮かべている。


 ――ねぇ、隣のクラス、何やってんの?

 ――隣、何か盛り上がってんな。

 ――今、隣ってロングホームルームの時間じゃなかったっけ。


(さっちゃん、うまくいったみたいだね、おめでとう!)


 鳴り止まない拍手の音を聞きながら、亜由美は優しい笑顔を浮かべた。


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