第18話 花壇 (4)
押し花のしおりをクラスで配布した翌日の放課後。幸子と駿は、余ったしおりを持って、生徒会室へと向かっていた。
「さっちゃんは、生徒会の人、誰か知ってるの?」
「いいえ、どなたも……」
「オレも知らないんだよなぁ……」
悩んだ様子を見せる駿。
「あの……入学式の時に挨拶されていた会長さんなら覚えています」
「あぁ、いたねぇ」
「確か、ヤマベさんだったかと……」
「じゃあ、とりあえず会長のヤマベさん宛に行ってみよう!」
「そうですね! ……あの、付き合ってもらってしまって、申し訳ございません……」
むむっと、駿は少し不満そうな顔を見せた。
「あー、さっちゃん、オレが欲しいセリフは……」
ハッとする幸子。
「付き合ってもらって、ありがとうございます!」
ニコリとサムズアップする駿に、笑顔で答える幸子だった。
◇ ◇ ◇
プレートに[生徒会室]と書かれた部屋の前に着く。
「ここですね、どなたかいらっしゃればいいのですが……」
コンコン
扉をノックした幸子。
「はい、どうぞ」
扉の奥から返事が聞こえる。
幸子と駿は、扉をそぉっと開け、中を伺った。
部屋の中には、折りたたみの長テーブルが二台並んでおり、そこにひとりの真面目そうな男子生徒が座っている。幸子は、その男子生徒に見覚えがあった。
「あの……ヤマベ会長でしょうか……?」
男子生徒は、にっこり笑いながら立ち上がる。
「はい、生徒会長をやっている山辺直嗣と申します」
高校三年生の生徒会長。身長一七五センチメートル弱、標準体型、黒縁のメガネをかけている。黒髪をビシッと七三分けでセットして、生徒会長然とした雰囲気。実際、非常に真面目で、生徒の立場を重んじながら、学校・教師側と交渉している。
「どうぞ、おふたりともこちらへ」
長テーブル二台を挟んで、自分の向いにある折りたたみの椅子に誘導する会長。
「ありがとうございます」
「失礼します」
椅子に座り、会長と対面した幸子と駿。
「突然お伺いして申し訳ございません」
駿の一言に、幸子も駿と一緒に会長へ頭を下げる。
「全然問題ないですよ。生徒会は、生徒の訪問をいつでも歓迎します」
笑顔で答えた会長。幸子と駿は、会長の様子にホッする。
「今日はどうされましたか? 何か困りごとですか?」
「あの、このしおりを生徒会で活用していただけないかと……」
押し花のしおりが入った箱を開けた幸子。
「綺麗なしおりだね。ふたりで作ったのかい?」
「いえ、私は今日付き添いで、彼女がひとりで作りました」
駿が笑顔で幸子を見つめる。
頬を赤く染めて、照れた幸子。
「へぇ、とても上手に出来てるね。うん、使わせてもらうよ。希望者に配ったりしてもいいかな?」
「はい、ぜひそうしていただけると」
活用に前向きな姿勢を見せる会長に幸子も安堵した。
「わかった、じゃあこれは大切に預かるね」
「ありがとうございます」
ふたりは会長に頭を下げる。
「ところで、この押し花のしおりは趣味で作ってるの?」
思わずうつむいてしまった幸子。
「いえ、実は……」
駿は、会長に事のあらましを説明する。
――幸子が環境委員であること。
――環境委員として世話していた花壇を荒らされたこと。
――状態の良かった花を集め、今回の押し花のしおりにしたこと。
「――というのが、事のあらましです」
話を聞いて、顔付きが変わる会長。右手を顎にあて、何か考えているようだ。
「山田さん、高橋くん、その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかい?」
頷く駿。
下を向いたままの幸子に会長が優しく話しかけた。
「山田さん、大変だったね。もしも、辛いようだったら、大丈夫だよ。高橋くんから話を聞くから。無理はしないで、席を外していいからね」
幸子は会長の言葉に顔を上げる。
(ここでも駿くんに頼っている……こんなんじゃダメだ!)
「いいえ、ぜひご協力させてください!」
強い意志をもって会長に答えた幸子。
「うん、わかった。それではふたりとも協力してほしい」
幸子と駿は顔を見合わせた後、会長に力強く頷く。
そこからは事情聴取のような形になり、より詳しい説明を会長にした。
――環境委員の活動は、幸子と用務員の菅谷の2名で行うことが常態化していること。
――それを見かねた駿が、そのふたりを連日手伝っていること。
――駿の友人も環境委員の活動を手伝っていること。
――担当教員の姿を一度も見ていないこと。
――環境委員が集まる会議や会合などもないこと。
――花壇が荒らされたとき、用務員の菅谷が学校に報告しているにも関わらず、学校は警察に被害届を出そうとしなかったこと。
ふたりはそれらを会長に包み隠さず伝える。
伝え終わった時、会長は顔を真っ赤にして激怒していた。
「あの野郎〜!」
その様子にビビる幸子。
「あ、ごめんね、ふたりに怒っているわけじゃないんだ。環境委員の担当教員である木戸の野郎に怒ってるんだ!」
環境委員の担当教員である
とにかくやる気がなく、授業を通じて、本人のやる気の無さが生徒にも伝わってしまっている。また、教師の間でも評判はあまり芳しくないらしいことが、生徒の間でも知られている。
「山田さん、高橋くん、おふたりにお願いがある」
改めてふたりに向き合った会長。
「この件、生徒会に一任してもらいたい」
「それは……どういうことですか?」
駿が会長に尋ねる。
「この件、学校にとって非常に大きな問題だとボクは考えている。今回の件をきっかけに、学校を動かそうと思う」
「それは、今回の花壇の件を利用する、ということですか?」
「すまないが、その通りだ」
顔を見合わせた駿と幸子。
「学校のセキュリティ強化、不良教師の糾弾、どちらも生徒側から動く必要があると思っている。それは、おふたりにとっても、決して悪い話ではないと思う」
駿は不安そうな表情を浮かべ、悩む仕草を見せる。
「もちろん、おふたりの名前は出さない。学校と交渉し、戦うのは我々生徒会だ」
口を開いた幸子。
「私は会長の意向に異論ございません。私に戦う力はありませんが、あんな思いは二度としたくありません」
幸子の力強い発言に驚く駿。
そして、駿も続いた。
「私も彼女に同意します。ただし、私はともかく、彼女の名前は絶対に出さないことを約束してください。おかしなことに彼女を巻き込みたくありません」
幸子は、駿を見つめる。
「ありがとう、駿くん……」
「気楽に行こうぜ、さっちゃん」
そんなふたりの様子を見て、微笑んだ会長。
「わかった、約束しよう。絶対に名前は出さない、安心してくれ」
会長は、右手を差し出し、握手を求める。
それに答えた駿。
そして、握手するふたりの手の上に、自分の手を乗せる幸子。
「よし、我々生徒会はすぐに動く! 我々の動きに注目していてくれ!」
「はい、よろしくお願いいたします!」
ふたりは会長に頭を下げ、生徒会室を後にした。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時、学校の廊下を歩くふたり。
「何だか大変なことになっちゃいましたね……」
幸子がポツリとつぶやいた。
「いや、会長の言う通り、元々が大変なことだったんだよ」
「言われてみれば、そうかもしれませんね……」
「生徒会が学校相手にどこまでできるのか分かんないけど、とりあえずは様子見かな」
「はい、会長さんのがんばりに期待しましょう……」
この後、生徒会の動きは早かった。
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