第19話 花壇 (5)

 生徒会長の山辺と会い、花壇荒らしや環境委員を取り巻く状況を説明した幸子と駿。

 この後、生徒会の動きは早かった。


 山辺は今回の件を資料にまとめ、校長に直訴し、緊急の生徒総会の開催と学校側との対話の場を設けるよう要求。

 その翌日、緊急の生徒総会と、学校側との対話の場とが同時に設けられたが、ここでは生徒会と学校側とが一触即発の様相を見せた。


 まず、生徒会は、花壇荒らしを全校生徒へ報告すると共に、学校のセキュリティの向上を緊急で対応するように学校へ要求。学校側は、保護者から寄せられるプライバシー保護の意見を盾にしたが、それによって思考を停止させていると、学校側を一刀両断。生徒側でカメラ設置可否に関する投票を行うことを発表した。

 なお、後日実施された投票の結果は、設置賛成が九十三パーセントに達し、様々な学校での事件が報道される中、学校の安全性向上を求める生徒の意識が明らかになった。


 そして生徒会は、その花壇の管理を管轄している環境委員の担当教員である木戸を糾弾。

 委員会を開催していない、連日行われている早朝の活動に担当教員として参加していないなど、木戸の怠慢振りをぶち上げた。

 学校側は、木戸本人の意見も含めながら、原因は日々の業務が多忙であったことであり、怠慢ではないと主張。この学校側の姿勢に、多くの生徒が不満の意を表し、ブーイングが飛び交うなど、場が紛糾。これも生徒会は、委員活動中に起こり得る生徒が負う事故・怪我などを無視してまで優先する業務とは何かを問い詰め、自分の業務のマネジメントが出来ていない責任を生徒に追わせる行為だと、同じく一刀両断にした。


 また、花壇荒らしに関しても、用務員の菅谷が木戸に報告したにも関わらず、それを木戸が揉み消していたことがこの場で明らかになった。何と校長は、生徒会からの資料に目を通すまで、花壇荒らしのことを認識していなかったのだ。

 さらに、用務員の菅谷の証言により、木戸への報告時「余計なことをするな」と立場の弱い菅谷に対して恫喝、さらには雇用打ち切りを匂わす発言があったことも明らかになった。


 生徒会は、用務員の菅谷がどれだけ学校へ、そして生徒たちへ貢献してきたかを教員や全校生徒に向けてこの場で説明。木戸の行為は、生徒や学校に貢献している者を裏切る背信行為だとして、木戸を強く糾弾。生徒会名義で所轄の教育委員会へ報告することを学校側に示した。


 今回のこの生徒総会と学校側との対話、生徒によるカメラ設置可否投票の結果によって、後日、最終的に学校側が生徒会へ提示した内容は、次の通り。



一) 学校内へのカメラ設置を積極的に進める。ただし、プライバシー保護に考慮し、カメラの稼働時間に制限を設ける。


二) 環境委員については、新しい担当教員により、状況改善に努める。


三) 木戸教諭の行動は許されるものでなく、所轄の教育委員会へ懲戒事案として報告、懲戒処分とし三ヶ月の停職とした。また、本人から依願退職の申し出があったため、それを受理した。


四) これらの事柄について、学校は真摯に受け止め、心から反省すると共に全校生徒に対して深く謝罪する。



 生徒会側の全面的な勝利であった。


 その後、会長は、再度校長の元を訪れ、教員たちに対して無礼な発言があったことを謝罪。校長は理解を示し、謝罪を受け入れ、ここに生徒会と学校側が和解。さらに、教師と生徒とでより良い学校を作っていくという「優良学校宣言」を、学校側と生徒会との共同で、全校生徒に向けて発表した。


 ◇ ◇ ◇


 梅雨入りして、朝からジメジメとする季節。

 幸子は、教室の自分の席で、駿と達彦の三人で談笑していた。


「山田さん、高橋くん、谷くん、おはよう」

「おはようございます」「おはよー」「うぃっす」


「うぃーっす、いつもの三人組は今朝も仲いいな」

「ふふふ、おはようございます」「ったりめーだろ」「うぃっす」


 幸子の席は一番前の一番廊下側、つまり教室の入口のすぐ近く。多くのクラスメイトが行き交う場所だ。以前は、誰も幸子の事を気に留める様子もなかったが、先日の一件以来、多くのクラスメイトたちが幸子に挨拶をしていくようになった。


「あれから友達増えたな、さっちゃん」

「はい、タッツンさん、ありがとうございます」

「あのしおりの計画もうまくいったしな。ホントすげぇよ、さっちゃん」


 腕を組んだまま、満足そうな笑みを浮かべる達彦。


「いえ、あれも駿くんのおかげで……」

「えっ? こいつ横で座ってただけだろ?」


 あの時、教卓の影で言葉の出なかった幸子の手をそっと握った駿。ふたりはそれを思い出していた。


「あー、まー、何となく分かったわ……」


 達彦の言葉に、少し顔を赤くするふたり。


「胸焼けするから、朝からラブコメの空気出すんじゃねぇよ、おふたりさん」


「出してない!」「出してないです!」


 達彦は、ふたりをニヤニヤ笑いながら見ていた。


「と、ところで、生徒会の件、怒涛の勢いですごかったな」


 話題を変える駿。


「本当ですね、あれよあれよという間に……」

「あぁ、LIMEで話してたヤツか」

「それそれ、あの山辺会長、マジでヤベェ」

「できる人! って感じですね」


 問題が一段落した後、幸子と駿は会長へ御礼を言いに行った。

 生徒会室ではふたりの知っている優しい会長だったのでホッとしたが、体育館で校長や教員たちを相手に一歩も引かず、理論武装して戦っていた会長は鬼神のように見えたのだ。

 しかし実際は、あの総会以来、色々な生徒から声をかけてもらうことが多くなったらしく、より生徒に寄り添った生徒会を目指してがんばっていこうと決意を新たにした、と笑っていた。


「環境委員の方も随分変わったらしいな」

「まだまだ改善途上ですが、随分変わりました」

「オレとさっちゃんは、花壇専門でやらせてもらうことになったよ」

「で、お前は『特別環境委員』とかいう、ワケのわからん委員になったと」

「まぁ、オレはそもそも環境委員じゃなかったからな……」


 ふっ、と笑う達彦。


 環境委員には新しい担当教員がつき、本来のかたちに戻ろうとしているが、やはり人の集まりが悪く、仕事の分担に苦労している。

 そんな中、生徒総会でも話のあった花壇荒らしの事情を汲んで、幸子と駿が花壇専任となった。

 また、駿は環境委員ではないため、担当教員が無理矢理「特別環境委員」の枠を作り、そこへ収まることになる。今後は、環境委員の仕事を有志で手伝ってくれる人員を収める枠にするらしい。

 そんな状況のため、用務員の菅谷の負担も減り、最近は環境委員たちのサポート役に徹しており、空いた時間をすべて花壇の世話に割いてくれている。さらに、菅谷の学校や生徒への貢献を生徒総会で会長が説明したため、あれ以来多くの生徒達から挨拶されたり、声を掛けられたりしている。

 菅谷は現状に大変喜び、現在はコスモス畑の準備に余念が無い。


「まぁ、花壇の世話も大事だろうけどよ、終わったらさっさと朝練来いよ? なぁ」


 駿にズズイッと迫る達彦。


「何だよ、遅れることあるけどちゃんと行ってるじゃん」


 駿は、達彦の意見に不満気だ。


「花壇の世話が終わった後、さっちゃんとイチャコラしてっから遅れんだろ」


「し、してねぇって!」


 顔を赤くして否定する駿。


「し、してないです!」


 同じく顔を赤くして否定した幸子。


「まったく、人目をはばからねぇで朝からイッチャイッチャしやがって。なぁ、さっちゃん」


 達彦は、ニヤニヤして幸子の顔を覗き込む。


「してないです! タッツンさん、だいっきらいです!」


 クククッと笑った達彦。


 ◇ ◇ ◇


 ホームルーム前に自分の席へ戻る駿と達彦。


「おい、駿」

「ん?」

「うかうかしてると、さっちゃん誰かに取られちまうぞ」

「おま!」


 駿は、顔を真っ赤にした。


「さっちゃんだって、選ぶ権利はあんだろうが」


 顔色が戻り、どこか諦めた表情になる駿。


「オレには無理だよ……タッツンだって分かってんだろ」

「分かってっけど、分かんねぇよ」

「…………」


 駿は言葉が出ない。


「お前のことは分かってるよ。でもよ、それでさっちゃんがお前を拒絶すると思うか?」


 達彦から目を逸し、うつむいてしまう駿。


「じゃあ、はっきり言ってやるよ」


 駿は、うつむいたままだ。


「お前にその気が無いなら、これ以上さっちゃんに優しくすんな。さっちゃんが可哀想だ」

「…………」


 言葉の出ない駿。


「俺はお前をいじめようと思って言ってるわけじゃねぇぞ」


 達彦の方を向く駿。


「あぁ、分かってる……」


 駿の肩をバンバンッと叩き、自分の席につく達彦。


「どうしたの、ケンカでもしたの、ふたりとも」


 様子がおかしいことに気がついたキララが、心配してふたりに声をかけた。


「いや、何でもねぇ、大丈夫だ」


 キララに目を向けず、達彦が答える。


「高橋、顔色悪いけど大丈夫なの?」


 駿の顔を覗き込んだキララ。


「あぁ、大丈夫だ……」

「なら、いいけどさ……」


 朝のホームルームが始まった。委員長が何か説明している。

 しかし、駿の頭には何も入ってこなかった。


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